第56話


 そこから俺とルーナは日々訓練を繰り返し、ついにトーナメントの朝がやってきた。


「ふぅ、今朝はこれくらいにしておくか」

「はい、司様」


 本番を控え、俺とルーナは日課のトレーニングは早目に切り上げる事にした。


「調子は良さそうですね?」

「ああ、アナスタシア。悪いが今日はローズにも勝たせて貰うよ」

「それは、どうでしょうか・・・」


 無表情で応えるアナスタシア。

 彼女は朝の仕事を一部行なってからトレーニングをしているのに、毎朝俺よりも先に演習場に着いていた。

 彼女は俺とローズが別のチームを組んでからも、剣技の訓練は日々施してくれた。


「俺は本当に強くなれてるのかな?」

「当然ですよ、日々の積み重ねが感じられます」

「う〜ん、アナスタシアに言われるとなぁ・・・」

「何か不満でも?」

「いや、不満なんて無いんだっ」


 少しムッとした顔を見せるアナスタシア。

 アナスタシアの評価は勿論嬉しいのだが、そのアナスタシアとの乱取り稽古では全く敵わなかった。

 でもアナスタシアからすれば、その差は日々詰まってきているそうだ。


(まあ、今は日々鍛錬を重ねていくしかないかぁ・・・)


「そう言えば、アナスタシア・・・」

「はい、何でしょうか?」

「アッテンテーター帝国って、どんな所なんだ?」

「アッテンテーター、ですか・・・」

「ああ」


 フェルトの故郷だと言うアッテンテーター帝国。

 授業では地図上で位置しか習っておらず、先日の空気からローズに聞くのも気が引けた。

 ただ、俺にはローズの反応が何か引っかかっていた。


「そうですね、私も実際に行った事は無いですし、何とも言えないのですが・・・」

「そうかぁ・・・」

「ただ」

「ん?」

「アッテンテーター帝国を語る上で、一つ避けて通れ無い話題がありますね」

「何だ?」

「それは人工魔石です」

「人工魔石・・・」

「ええ、現在唯一の生産国です」

「・・・」


 そう言えばローズに初めて魔石の事を教えて貰った時に、人工魔石の事を危険な物と言っていた事を思い出した。

 そこら辺もローズとフェルトが上手くいかない事に関係あるのかと、ふと思った。

 そう言えば・・・。

 フェルトは結局今まで、ルーナに搭載している魔石について教えてくれて無い。


(もしかすると人工魔石なのか?)


 ただ、フェルトの事をまだ完全に理解した訳では無いが、ルーナへの日々の態度を見ると、かなり可愛がっている様に見えた。

 そのルーナに危険と言われる人工魔石を搭載したりするのだろうか?

 まだ今の俺には答えが出なかった・・・。

 俺達が演習場から屋敷に戻ると、頭の上に猫のケモ耳を持つ小柄な背中が廊下を進んでいた。


「あれ、アン今日はやけに早いな?」

「・・・っ‼︎」


 ケモ耳がピクリと反応したが、アンはそのまま歩いて行こうとした。


「お〜い、アンどうかしたのか?」

「・・・」


 少し早足になったアンに、俺は聞こえなかったのかと思い、そのままにしておいた。


(でも、確かに反応したんだけどなぁ?)


 ただ流そうとした俺に、アナスタシアはアンの後を追う様に進みつつ呼び止めた。


「アン、止まりなさい」

「・・・」

「聞こえてるのは分かっていますよ。それにこの後私は調理場に行く予定です」

「・・・」

「そこで今日の昼食用のお弁当の、確認をしなければいけないですから」

「・・・っ‼︎」


 アナスタシアの言葉に立ち止まるアン。

 俺はどう言う事か理解し、ルーナと共に食卓へと移動した。

 背後からアンが俺に助けを求めていたが、それは自業自得と言うものだ。


「おはよう司君、ルーナちゃん」

「おはよう司・・・」

「おはようございます」

「おはようございます、リール様、婚約者様」

「・・・」


 食卓にはいつも通り、リールとローズが着いていた。


「あれぇ、アンちゃんはぁ?」

「ああ、アナスタシアと一緒に居ます。今日は間に合わないと思いますよ」

「そぉ、残念だわぁ」

「ふぅ、仕方ない娘なんだから」

「ははは」


 リールは残念がっていたが、ローズはアナスタシアと居ると聞いて大体状況を把握した様だった。

 待っていても仕方ないので俺達は先に朝食を済ませて、学院への出発の準備をした。

 後から荷物を持って来ると言うリール達に見送られ、今日はアナスタシアと学院に出発した。

 そう言えばアンの姿は見なかったが・・・。


(まあ、アナスタシアに任せておけば大丈夫だろう)


 そうしてついにトーナメントが始まった。

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