第55話


 足下に停止する、フェルトが用意してくれた人形。

 それを呆れた様に眺めながらフェルトは呟いた。


「貴方って本当に・・・」

「ん?どうした?」

「はぁ、何でも無いわ」


 溜息を吐きながら何でも無いも無いと思うのだが、フェルトの初めて見る複雑な表情は新鮮な感じがして意外に嫌な気分にはならなかった。


「でも、良くそんな魔法思いついたわね?」

「ああ、最近ちょっと命の危機を感じる事があってな」

「ダンジョンでの事件の事?」

「その時にちょっとな」


 ダンジョンでの事、その通りである。

 新魔法はあの時ブラートと言う名のダークエルフから喰らった、魔封の術から思いついたものだった。

 でも単純に相手の魔法を封じるでは無く、魔法を使えない者にも効果のある魔法。

 ある意味今回のトーナメントの秘密兵器となる魔法だった。


「私は絶対に喰らいたくないわね」

「そうか、そこまで危険な魔法でもないぞ?」

「危険度の話をしてる訳じゃ無いわよ」

「そう言うもんか?」

「そもそも、無詠唱の中級魔法を使った魔空間だって、そこまで居たくないのに」


 そう言えばフェルトは魔流脈が弱いって言ってたが、そんな素振りを全く見せなかった。

 俺がその事を問いかけると、フェルトはメガネに指で触れた。


「眼鏡がどうかしたのか?」

「これが防魔套と同じ効果があるのよ」

「へぇ、そうだったのか」

「ふふ、特別製なのよ」


 初めて会った時に伊達眼鏡の話になったが、伊達所かかなり実を伴った物だったんだと知った。


「ルーナも少しは見直したんじゃない?」

「はい、マスターもですか?」

「いえ、私はこの人の力を見た事があるから」

「ん?そうだったのか?」

「ええ、八連無詠唱は見逃したのだけど、この間のペルダンとの模擬戦の時にね」

「ああ、あれをか・・・」


 俺はルーナからの少し毒のある発言は流し、今回のトーナメントの事に話題を移した。


「そう言えば、今回のトーナメントにミニョン達は出て来るのかな?」

「まあ、出るんではないのかしら」

「そうなると、注意すべきはローズ達とミニョン達、他はどうだろう?」

「さあ、私は技術科だからあまり詳しく無いわよ」

「それもそうかぁ・・・」

「ただ、貴方は使用禁止魔法が多いからかなり面倒ね」

「やはり、そうなるかぁ」

「並みのチームなら、ルーナの遠距離攻撃で完封も可能でしょうけど、ペルダンは土魔法による防御も有るし、ポーヴルテの支援魔法からの弓攻撃はかなり危険よ」

「う〜ん・・・」


 やはり現在の力では確実に勝てると言える相手では無いかぁ・・・。

 俺は剣技などの近距離戦闘と、今使用可能な狩人達の狂想曲の強化を進める事にした。

 そうして、今日の訓練はお開きとなった。

 屋敷に戻ると既に食卓にリール、ローズ、アン、そして週末ローズとの訓練に来ていたルチルが待っていた。


「ご主人様遅いにゃ」

「ああ、悪かった」

「今日はぁ、フェルトちゃんと一緒だったのぉ?」

「ええ、ルーナの武器のテストに行ってました」

「あらぁ、成果はどうだったのかしらぁ?」

「そうですね、良い感じでしたよ」

「それは良かったわぁ」


 リールは深く考えずに喜んでいるが、俺達が順調だとローズが負ける事になると解っているのだろうか?


(まあ、リールの事だから単純に喜んでくれてそうだけど)


「トーナメントも迫ってるしぃ、当日は応援に行きましょうねぇ、アンちゃん?」

「にゃっ」


 アンは冷奴が見えなくなる程、鰹節をかけて頬張っていた。


「まあ、みんな頑張るにゃっ」

「そうねぇ〜」

「・・・」

「にゃ、にゃ〜・・・」


 アンはそう言いつつも、ローズの無言に気圧されて、でも今回はローズ様達を応援するかにゃと言った。

 俺はアンの様な契約奴隷を持って幸せ者だと言ってやったら、本気で照れていた。

 いや、俺が恥ずかしいよ・・・。


「そう言えば、ルーナはご飯食べるんだね?」

「はい、必要は無いのですがマスターの指示があるので」

「フェルトからの?」

「はい、マスターに人としての営みを大事にする様に言われています」

「へぇ、そうなんだ」


 ルチルの疑問は当然の事だが、ルーナからの返答に納得した様だった。

 フェルトから聞いた話だと、制御装置により体内で気体まで分解し放出するとの事だ。

 だがローズは面白く無さそうに、この日の食事中初めて口を開いた。


「人としての営みねぇ」

「はい」

「あのザックシールの言葉とは思えないわねぇ」

「そうですか?」

「ええ、とても本心からのものとは思えないわ」

「司様の婚約者様はそう思いますか?」

「っ‼︎」

「ローズちゃん」


 ルーナに鋭い視線を向けたローズは、リールからの絶妙な制止にご馳走さまとだけ言って食卓から去って行った。

 俺はどうにかしなければとは思ったが、何も手は思い浮かばなかった。

 そんな悩む俺の肩にアンがポンポンと手を置いたのに、少しイラッときたのだった。

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