第33話

ローズ視点の話です。


 初めての経験だけに不安が大きかった。

 ただこのダンジョンは既に探索の進んでいるし、ワーウルフも全てエアショット一撃で倒せた。

 最初に思ったより魔石集めは順調だった。

 それが不味かったのか、狩り終えたワーウルフから魔石を取り出している時、急な脱力感に襲われた。

 それは身体の中に流れる全ての血が体外に流れ出る様な、熱と気力を奪い取られる様な感覚だった。

 私は背後に感じた気配に振り返ろうとしたが、首どころか顎ですら動かせなかった。

 刹那、首の付け根に衝撃が走り地面を転げた私は、しかし丁度仰向けになった事で、犯人達の顔を見る事になった。


(え?あれは・・・)


 薄れ行く意識の中でその異様さに私は驚いた。

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 ・

 ・

 そして今・・・。

 人族の女?

 歳は二十後半か?長身を防魔套で包み、鋭く切れ長の瞳には紅の長めの前髪が掛かっているが、後ろはワンサイドアップで束ねている。

 そんな風に観察しながらも後ろ手で縛られている私は拘束が解けないか、女に気づかれない様に手を動かす。


(痛っ、・・・無理そうかな?)


 動かす程に増していく痛みに、取り敢えず拘束から抜け出すのは後回しにし、脱出する為の通路を確認する。

 此処はダンジョンの開けた箇所だろうか?

 私の視線の先、女の背後には細い通路が見えた。

 果たしてあれが外への道なのか、それとも底へと向かう道なのか?

 背後はどうだろう?

 そんな風に思い、だが振り返るのは不自然だと考えて私は後ろ手の拘束を動かし音を鳴らし、顔を歪めて痛みを確認する振りをし後ろを見た。


「ふんっ」


 其処には大木の幹の身体を持ちその四肢には大木の枝を持つ、しかし上背は自らよりもかなり小柄な立派な髭を蓄えた男、・・・ドワーフが居た。


(さっきの奴だ・・・)


 気を失っていた為、つい先程と錯覚しているのかもしれないが、私を落とした二人の内の一人だ、そう思いもう一人を探しつつも脱出経路が無いか探したが、此方には通路は無かった。


(まあいいか、とにかく背後には一人ドワーフが居ると・・・)


 期待していたものは無かったが、取り敢えず敵を一人確認出来た事に納得し、私は通路のある方に向き直した。


「おいっ、あんまり変な動きをするんじゃ無いよ」

「・・・」

「ちっ、黙りかい」

「・・・」


(さて、どうやって逃げ出すそう?)


 私は必死に考えた。

 私はルチルの様に身体能力に優れる方では無いし、お母様の様な経験も無い。


(奥の手は有るのだけど、これは本当に最後の手段だ)


 一度しか使えない手が頭を過ぎったが、まだその段階では無かった。

 そうなると私には魔法しか無かった。

 下級魔法は色々な属性を使え、中級は風とギリギリ雷が達しているといった所だった。

 ただ其のどれもが攻撃魔法だけだった。

 今更嘆いても仕方ないので、せめて拘束を解く魔法を考えた。


(エアショットを出力を弱めて撃てば破壊出来るかな)


 そう思っている間に身体に少しずつ力が戻っているのを確認した。

 コイツらの仲間は最低でもあと一人居る。

 其奴が戻れば私の魔力では敵わないだろう。

 通路の先に其奴が居る可能性は勿論あるのだが、取り敢えずコイツらは私を殺しては無い。

 それは即ち脱出に失敗しても殺される可能性は低い事を意味していた。


(試すには今しか無い)


 そう思い私はエアショットの詠唱を始めようとした。

 だが・・・。


「・・・あ、・・・っ⁈」


 詠唱が出来ない?

 今日まで何千何万と繰り返してきた其れが、何度試みても成形する事が出来なかった。

 私が鳩尾を殴られた時の様な苦しみに涙が出そうになっていると、通路の方から足音が聞こえて来た。


(司っ⁈)


 私は有り得ない期待を抱き其方に視線を縋らせたが、そこには・・・。


「・・・っ‼︎」

「ああ、戻ったのかい、ブラート」

「・・・ああ、頭」


 ブラートそう呼ばれたのは一人のダークエルフだった。


(くっ‼︎戻って来た‼︎)


 コイツが戻る前に逃げたかった。

 ダークエルフ、エルフ族のはぐれ者で然し其の魔力はエルフの其れと変わらぬ存在。


(私がコイツに魔法で勝つ事は不可能だわ)


 そう思い頭の中を絶望感が包んだ。


「様子はどうだったんだい?このお嬢ちゃんを運び出せそうかい?」

「無理だな」

「ん、どうしたんだい?」

「二人、子供が侵入していた」

「子供?ヒヨッコ冒険者か何かかい?」

「一人は短めの髪をした武闘家で腕は、中級冒険者に相当するだろう」

「あん?」

「ふんっ、中級程度なら儂が其奴の頭砕いてやろう」

「アルティザン・・・、かもな」

「ふんっ」


 そう言って鼻で笑った、アルティザンと呼ばれたドワーフの腕には其の腕に見合ったハンマーが握られていた。


(でも、髪の短い武闘家?まさかね・・・)


 私は親友の顔が浮かんだが、あの娘をこんな危険に巻き込む訳にはいかない、そう思い首を振った。


「もう一人は?」

「・・・」

「ブラート?」

「中級の魔法を無詠唱で使う子供」

「中級無詠唱だって?見間違いだろっ⁈」


 まさか・・・。


「其の子供は黒髪に黒い瞳を持っていた」

「・・・っ‼︎」


 悲しみか喜びかは解らない。

 私の頰を涙が伝った。

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