第34話


 俺はルチルにもう一度確認する様頼んだが間違いなくローズの物だと言う事だ。

 俺は中身を確認しようと、ごめんと心の中で呟いてボタンを外し覗いてみたが中には何も入っていなかった。


「あ、司ったら」

「いや、悪いとは思ったけど緊急事態だし、手掛かりでもあればと・・・」

「もうっ、でもローズのは高級品だから登録した人間しか使用できないはずだよ」

「そういう事かぁ」


 悪気は無かったのだが俺はルチルに非難の態度をとられ少し落ち込んだ。

 だがそういう仕様になっているとは、便利なポーチを俺は欲しくなった。

 ここまで来た道すがらローズが魔石を集めにダンジョンに潜ったのは確定として問題無いだろう。

 にも関わらず、その目的の品の入っているであろうポーチをローズが落としたまま進むとは考えにくい。

 そこまでは解るのだが、その状況になる理由が俺には想定出来なかった。


「とにかく警戒を怠らず進むしか無いのかな」

「そうだね、さあ行こう」

「・・・」


 俺は軽く言ってローズのポーチも腰にかけ進んで行くルチルに不安が増してしまった。

 そこから暫く進むと通路の先に開けた場所が見えて来た。


「ルチル、少しスピードを落とそう」

「どうしたの、司?」

「さっきみたいに、ワーウルフが居る可能性もあるだろ?」

「そうかぁ」


 そう言って俺はルチルとスピードを緩め、その先の様子を確認した。


「何か気配がするね?」

「ああ」


 これも、魔力が循環している影響なのか俺にも複数の存在が感じられた。

 中の様子を探ろうとギリギリまで近付く途中、向こうから声が掛かった。


「おい‼︎ガキ二人組だろ、入っておいで‼︎」

「・・・」

「司?」


 俺とルチルは顔を見合わせ、対応を考えようとしたが、相手は俺達にその余裕を与えてくれなかった。


「妙な事考えずに面を出しな‼︎さも無いとリアタフテのお嬢ちゃんの身の安全は保証出来ないよ‼︎」

「リアタフテって、ローズの事?」

「仕方ない、出て行こう」


 俺とルチルは無策のまま敵の前に出て行く事になった。

 そこにはローズが両手を後ろで縛られ、口枷を付けられた状態で地面に転がされていた。


「・・・っ」

「ローズ‼︎おいっ、ローズを離せ‼︎」


 そう言ってルチルが駆け出そうとしたが、ローズを拘束していた女から制止された。


「動くんじゃ無いよ‼︎」

「クソッ」

「おい、やめろ‼︎」


 俺はそう言いつつ、敵を確認した。

 相手はローズを拘束している長身の女と、あれは・・・ドワーフだろうか?

 女はナイフを構えドワーフの方は巨大なハンマーを携えていた。


「おいっ、坊主‼︎」

「・・・」

「黒髪の坊主、アンタだよ‼︎」

「・・・、何だ?」

「腰の剣を寄越しな‼︎」


 抵抗の意思を見せるなという事か、女は俺に武器を渡す様に言って来た。

 俺は剣を手に持ち差し出す仕草を見せながら言った。


「ほら、取りに来いよ?」

「っ‼︎」


 ローズは苦しそうにジタバタ藻搔いている。


(待っていろよローズ、今助けてやる‼︎)


 俺は相手のどちらかが取りに来たタイミングで、もう一方に魔法を決めるつもりで相手を呼んだ。


「早くしろよ?」


(決めてやるっ・・・)


 ドワーフの方が此方に近づく素振りを見せたので、標的は女の方に決まった。

 だが・・・。


「ふふ」

「?何が可笑しい?」

「いやぁ・・・。その剣は後ろの男に渡しな」

「えっ?」


 振り返ると其処には黒い肌の長い耳と灰色の髪を持つ男がいた。

 男は俺の方に手を翳し短縮詠唱で魔法陣を成形した。


(な、何だこの感覚はっ?)

 魂だけが大地に帰る様なとでも言えば良いのか、俺は初めて味わう感覚に襲われた。


「クソッ‼︎」


 俺は男に斬りかかろうと剣を抜こうとした・・・、刹那背中に衝撃が走った。


「ぐぇっ‼︎」

「司っ、クソッ‼︎」


 俺ドワーフの男にハンマーで背中を殴られ地面に倒れると、ルチルはドワーフの男に向かって行こうとしたのだが・・・。


「サンダーウィップ」

「がぁぁっ」


 黒い肌の男が今度は無詠唱で魔法を放ち、ルチルの身体に撓る雷が絡まった。

 ルチルは衝撃にやられ、崩れ落ちた。


(くそっ、どうする、先に女を狙いローズを解放するか、そうすればローズも戦力になる)


 俺はもう先程までの冷静な対応など出来なくなっていた。

 とにかく暗闇を駆る狩人を使おうと、未だ苦しい中声を出そうとした。


「あ、あ、あ・・・?」


(何でだ?声は出るのに呪文が唱えられ無い?)


 自身に何が起こっているのか解らず、俺は余計に頭の中が混乱し、より冷静さを欠いた。


「クソォー‼︎何でっ‼︎」

「っ‼︎」


 そんな俺を見てローズは目に涙を溜め、何とか此方を助けようとしていた。


「ローズ‼︎待ってろ今助ける‼︎」

「・・・っ」


 ローズに向かいそう叫び、俺はもう一度魔法を使おうとした。


「クソッ、何で?」

「無駄だ」

「?」

「お前の魔法は封じた」

「あっ」


 先程のがそういう魔法だったと解り、俺は一気に全身の熱が下がり冷えていくのを感じた。


(そういう事か、考えて然るべきだった。)


 RPG等で力・体力・速さ全ての面で前衛職に劣る魔法使いにとっての天敵は魔法封じの技だった。

 魔法さえ封じてしまえば魔法使いはお荷物でしかない、それは今の俺にも言える事だった。

 今朝のアナスタシアからのレクチャーを思い出し、俺は悔しさに声だけを張り上げた。


「ちくしょぉーーー‼︎」


 俺は震える足に力を込め、立ち上がりローズの方へ駆け出した。


(せめて、ローズだけでも)


 だがそんな俺に側面からドワーフの男の放ったハンマーの一撃が入った。


「ぐぅっ」

「妙な真似をするなと頭が言ったろう」

「・・・っ、クソッ」


 俺は再び地面に転がされ、手に持っていた剣も落としてしまった。


「司ぁーーー‼︎」

「ロ、ロー・・・」

「司ぁ、もうやめてっ」


 ローズは口枷が外れた様で、此方に泣きながら震える声で懇願してきた。


「へへ、悪いなローズ、まだ諦められ無い」

「司?」


 俺は何とか声を絞り出し応えた。

 そうだまだ諦めらめる訳にはいかないんだ。

 だが・・・。


「そうかい?」

「お、おごぅっ・・・」

「司ぁーーー‼︎」


 酷く冷たい声と共に、ドワーフの男がその短いが筋肉隆々の足で俺の鳩尾に一撃を放った。

 俺は全身の臓器が背中を突き破り飛び出そうな衝撃を喰らった。

 その一撃により吹き飛ばされた俺はローズが手に届きそうな位置へと運ばれていた。


「ふっ、助けに来たぞ、ローズ?」

「ぐ、ぐすっ、司ぁ」


 カッコがつかないと自分で思いながらも、俺はついそう口にしてしまった。

 ローズは涙を流し、だが一瞬ハッとした表情をした。


「大丈夫?司、もうやめて、お願い‼︎」

「無理だよ、ローズ」

「何でなのっ‼︎そんなにボロボロなのに‼︎」

「ローズ、・・・お前だって俺の為に此処まで一人で来ただろ?」

「っ、何で?」


(不思議だな、解ってしまったんだ、何でかな?)


「でも、それは司は私の婚約者だから、だから私が何とか・・・」

「なら、俺もだ」

「え?」

「俺もローズの婚約者だから、俺がローズを助けるんだ‼︎」

「司っ」

「ねぇ、お二人さん?熱々の所悪いんだけど・・・」

「何だ?」

「あたしはそういうのが大嫌いなんだよ‼︎」


 女がそう言うと俺の背後まで来ていた黒い肌の男からは魔法で、ドワーフからはハンマーによる攻撃が俺に加えられた。


「あがぁぁぁ‼︎」

「司ぁ‼︎」

「ふんっ‼︎」


 女は鼻を鳴らし此方を見下ろしてきた。

 俺は痺れ力の抜け切った身体で、脳だけは働かせ何か手は無いか考えた。

 ローズを解放しても魔法は封じられているだろう・・・。

 そう考えるとローズも戦力にはならない、ルチルはどうだ?

 そちらに視線だけ向けて見るとルチルは何とか腰を上げていたが、その足はまだ震えていた。

 俺は言うまでも無い。

 魔法は封じられ、アームから借りた剣は手の届かない所に落とした。


(せめて武器でもあれば・・・)


 俺が予備の武器でも持って来ていればと悔やみ、顔を歪めているとローズが語りかけてきた。


「ごめんね、司」

「ローズ?」

「こんな事になって」

「気にすんなよ」

「私ね、司と冒険者になって沢山冒険したかった」

「出来るさ」


 何でそんな事言うんだよ?

 ローズのまるで今生の別れの様な言葉に、俺はローズの目を見てそれを制そうとしたが、ローズは構わず続けた。


「きっと司はもっと強くなれたわ」


(ああ、なるさっ、だから・・・)


「魔法はもう私よりずっと上なんだもん。・・・剣はアナスタシアに教わって・・・」

「・・・」

「楽しかっただろうなぁ・・・」


 アナスタシア・・・、そうだな。

 今朝受けた指導はアナスタシアの強さを物語っていた。

 今朝。

 アナスタシアは。

 俺の・・・。

 

「そうだな、ローズ」

「・・・」

「なろう、冒険者に。行こう、冒険に」

「っ、うんっ、司‼︎」


 ローズのルビーの瞳は、その輝きを失っていなかった・・・。

 俺は胸元に手を当て、念じた。


(来いっ‼︎)


 俺は立ち上がり、ローズを拘束する女に一撃を加えた。

 その右手に握られた細身の剣で・・・。


「な、どこに武器を持っていたんだいっ⁈」

「ちっ‼︎仕留められなかったか‼︎」

「頭ぁ、クソガキめ‼︎」

「っ・・・」


 俺の背後から二人の男達が此方に来ようとしていた。

 だが・・・。


「司っ‼︎」

「ああ‼︎」

「⁈」


 俺は女への追撃はせず、ローズを抱き抱えた。


「横に‼︎目一杯跳んで‼︎」

「おう‼︎」


 言葉通り俺はそのまま、全身の残る力を足だけに集め横っ跳びをした。

 三人組は一瞬唖然としたが、その間が命取りになった。


「ガァァァーーー‼︎」


 空間全てに響き渡る咆哮だった。

 刹那。

 アナスタシアの放った渾身の斬撃が三人組に襲いかかった。

 それは此処がダンジョンの中で無ければ、大地を破り、空に広がる雲を引き裂き、その先にある太陽すらも真っ二つにしそうな一撃だった。


「なんだい⁈」

「・・・、っ」


 驚き戸惑う女、固まっているドワーフの男、然し黒い肌の男は斬撃に対し、両手を突き出した。


「ロックウォール‼︎」


 男は自らの前方に岩の壁を作り出した。

 だが、斬撃はその岩の壁を砂場の山でも壊す様にアッサリと切り裂いた。

 そして・・・。


「っ‼︎」

「クソッ‼︎」

「チィ‼︎」


 三人組を吹き飛ばした。

 女は死んでしまったのか?倒れ動かなかった。

 ドワーフは膝をつき顔を上げられないでいた。

 そして黒い肌の男は・・・、何とか立ってはいたが全身が自ら作り出した岩の壁の破片で傷だらけになっていた。


「ふぅ」

「司?」

「悪いローズ、後ろ手はルチルかアナスタシアに頼んでくれ」

「え?」

「もう、・・・今日は、くたびれ・・・」

「司ぁーーー」


 先程のダイブで意識を保つ体力すら使い終わっていた俺は大人しく気絶させて貰う事にした。

 何故ならその視界の端には大剣を携えメイド服に身を包んだ、ケモ耳の鬼神が捉えられていた。

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