第18話


 屋敷から出発し、今日は俺、ローズ、アナスタシア、アンの四人が馬車に乗っていた。

 その中でローズから学院についての簡単な説明を受けていた。

 まず俺とローズが通う学院の名は『スタージュ学院』といい、一、二年生は約三百名、三年生は約四百名で全校生徒約千名が通っているという。

 学院のレベルから国内の別都市や、他国から入学して来る者も多く、より名門校としての名を轟かせているそうだ。

 入学自体は10歳を過ぎ、入試に合格すれば可能だが、多くの学生が合格する時には10代中頃が多い為、他学生とのコミュニケーションも考えその年齢まで、入学を待つ者も多い。


「そういえばローズは戦闘科って言ってたけど、もうコースは決めているのか?」


 俺は昨日のリールとの会話を思い出し、ローズに聞いてみた。


「ええ、冒険者コースを選択するつもりよ」


 そうか、ローズは冒険者になりたいって事だったな。


「あれ、でも冒険者って、13歳になれば誰でもなれるんじゃなかったか?ローズならわざわざ学ぶ必要無いんじゃないか?」

「え、そうかしら?」


 ローズは褒められたのが嬉しかったのか、満更でもない様子だった。

 だが、いつもの様に自分の世界には入らず、直ぐに表情を引き締めた。


「でも、まだまだ学ばないといけない事が多いわ。そして、私も司と一緒にいつかお父様とお母様みたいに・・・」

「ん?どうかしたのか?」

「う、ううん、なんでもないわっ」

「そうかぁ?」


 ローズは何かしら呟いていたがよく聞こえなかった。


「そういえば司も冒険者志望なのよね?」

「いや、冒険者登録はしようと思っているけど、冒険者を志望してるという事は無いぞ」

「そうなんだぁ、で、でも、学院では冒険者コースを選択するわよね?」

「う〜ん、どうするかなぁ?」


 ローズは俺に冒険者コースを選ばせたい様だが、俺は取り敢えず学院に通いつつ考える事にした。

 そうしていると、街を過ぎた後丘が見えてきてその上に、かなり大きな建物が見えてきた。


「ほら、あれが学院よ」

「うにゃ〜、大きいですね〜」


 アンはローズが、学院と示した建物を馬車の窓を開け、身を乗り出して眺めた。

 そういえば、アンも学院に通える年齢だがと思い聞いてみると、パランペールも促したそうだがアンが固辞したそうだ。

 理由を聞くと、机にずっと座っとくのが無理だという納得の返事が返ってきた。


「さあ、着いたわよ」


 ローズがそう言い馬車から跳ぶ様に降りた。

 俺とローズを降ろした後、アナスタシアとアンは夕方に迎えに来ますと、屋敷へと帰って行った。

 俺はローズの後について学院長室に向かったのだが、その道中はあまり気分の良いものではなかった。


「おい」

「ああ」

「あれが噂の」

「貴族のヒモって」

「クスクス」


 う〜ん、なるほどな。

 ある意味こういう反応なのは当たり前なのだろうが・・・。

 領主家の一人娘の婚約者で、学院にも試験パスで入学し、その実態は秘匿された召喚の儀によるものという怪しさだ。

 他の学生達にとって俺は、非常に面白く無い存在なのだろう。


「・・・っ」


 ローズはそんな周りの反応が気に入らないのか、俺の前を拳を握り締めその手を真っ赤にしながら進んで行った。

 そして学院長室の前に着き、ローズがそのドアをノックすると、中から呼び込む声がした。

 部屋に入ると長机3台連ねた程の大きさの机があり、その上に大量の書類が重ねて置かれていた。

 その隙間から白髪交じりの髪が見えていた。

 俺達が部屋の中央まで進むと、その持ち主が立ち上がり、そこには痩せ型の体型の一人の男性がいた。


「初めまして、儂はデリジャンという、この学院の長をやっておる」

「初めまして、自分はリアタフテ家にお世話になっています、真田司といいます」

「ほぉ〜?」


 デリジャン、そう名乗った学院長はたっぷりと蓄えられたその髪と同じ様に白い髭を撫でながら俺の事を観察してきた。


「どうかしましたか?」

「うむ?」


 居心地の悪くなった俺は、問いかけ観察を中断してもらう事にした。


「いやぁ、懐かしいと思ってのぉ」

「懐かしいですか?」

「ああ、ケンイチ=リアタフテ、その頃はまだ、『山本健一』と名乗っていたがな」


 リール=リアタフテの旦那じゃとデリジャンは続けた。

 山本健一、やはりリールの旦那にして、ローズの父親は日本人だったんだな。

 だが、その人もこの学院に通っていたのか。


「あの当時はまだ、儂は一教師に過ぎなかったが、彼も決してリールの婿を名乗る事は無かったよ」

「そうなのですか?」

「ああ、リールそしてローズも、その美貌に家柄、魔力どれ一つ取っても申し分ない女性じゃと言うのにのぉ」

「・・・」

「日本人といったか?随分慎み深い人種じゃの」

「いえ・・・」

「ほっほっほっ」


 デリジャンは笑っていたが、そう言うものでも無いと思うんだがな。


「それで、学院長、司の入学の件ですが」

「おお、そうじゃったのぉ、昨日リールからの手紙を読ませて貰った」


 そう言ってデリジャンは、書類の上に置いてあった封書を手に取った。


「リールの推薦じゃて、儂は勿論構わんと思ってる・・・」

「そうですか・・・」


 儂はかぁ・・・。

 デリジャンの物言いに、此処に来るまでの事を思い出した。


「やはり、納得してない人達も居るのですね?」

「ん?ああ、まあのぉ」

「っ・・・」


 デリジャンは静かに応えたが、ローズはその綺麗な瞳を激情に染め、怒りを吐き出した。


「気にする事無いわよ司っ‼︎何の権利があって、学院長の決定に異を唱えるって言うのっ‼︎不満があると言うなら今すぐに、ローズ=リアタフテの前に連れて来なさい‼︎」

「まあ、ローズ落ち着くんじゃ」

「落ち着くですって、そんな事出来る筈無いでしょ」

「ふ〜む」


 ローズは冷静さを失い、デリジャンに詰め寄っていた。

 だが、デリジャンは俺の入学を許可してる訳でその行為に意味は無いのだが。


「これを見てくれ」

「?何ですかそれは?」


 デリジャンは机の上に重ねられた書類の山から、一掴みの書類を手に取り言った。


(見てくれと言われても、仕事の書類じゃないのか?)


 だが、その答えは驚愕のものだった。


「お主の入学に反対する、学生そして教師からの入学拒否を求める嘆願書じゃ」

「えっ?」


 いやいや、生徒千人程の学院でデリジャンの手にある書類は数百枚に及んでいる。


(俺は極秘の召喚の儀でこの世界に来て、リールは昨日推薦状を送った筈なのに・・・)


 それについて、デリジャンに聞いてみると召喚については公然の秘密で寧ろ知らなかった者の方が珍しいと言われた。

 まあ、そんなものなのかなぁ・・・。

 入学についても、昨日の朝には推薦状の受け取り決めており、教師、生徒達も知る所だったという。

 そして、ローズ親衛隊が中心となり嘆願書の準備に入ったとの事だ。


「ローズ親衛隊?」

「うっ・・・」


 ローズの方を見ると、バツが悪そうに目を逸らした。

 話を聞いてみると、ローズに一方的に好意を寄せ、王都からわざわざこの学院に入学してきた貴族の息子が設立した組織だと言う。

 父親の権力を笠に切て、威張り散らしているらしくローズは嫌悪に満ちた表情をした。

 ローズは俺に謝ってきた。


(そもそも、ローズが謝る必要は無いのだが・・・)


 やはりここはこれしか手はないか・・・。


「学院長、一つお願いがあります」

「ん?なんじゃ?」

「自分に試験を受けさせて下さい」

「え?」


 ローズは驚いたが俺は唯一の手段に出るのだった。

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