第17話


 夢を見ていた。

 14の頃の事だ。

 その時俺は初めて恋をし、初めて失恋を経験した。

 何もやる気力が無くなり、学校に通うのが怖くなった俺は引きこもり、恋愛ゲームに没頭した。

 やがてあるメーカーのファンになり、そのメーカーの学園恋愛物のヒロイン募集のコンテストが開催された。

 そこに俺は自分で考えた設定のヒロインで応募した。

 大賞は取れなかったが、俺の応募したヒロインは特別賞を受賞するし、ゲームにも登場した。

 そのヒロインは、学園物にはあり得ないトンデモ設定だったのだが、それを面白がったのだろう。

 ただそのキャラは攻略しようとすると必ずバッドエンドになり、一部ではバグだと罵られたが俺は気にしなかった。

 まだガキだった俺は、初めて誰かに認められた様な気がしたのだ・・・、勘違いだろうが。


(こいつの事は必ず俺が救ってみせる‼︎)


 何度も、あくる日も、年を経ても俺は延々とそのキャラのバッドエンドを見続けた。

 そんな夢を見ていた・・・。


「ん、ぅん、・・・朝かぁ」


 つい先日までの寝床であった、ソファとは違う目覚めた時の爽快感。やはり体の疲れを取る為には、睡眠環境を整え眠りの質を上げる必要がある様だ。

 俺はベッドから起き上がり軽く伸びをした。


(若返った事も大きいのかな)


 自身の肩周りや、腰が自在に動かせる状況に未だに違和感が拭えなかった。

 そんな風に思い、俺が朝の準備道具を貰いに行こうかとドアの方に向かうと、丁度ノックの音がした。


「すいません、司様?」

「ああ、アナスタシアか、入ってくれ」

「・・・、失礼します」


 部屋に入って来たアナスタシアは、昨日と同じカーゴを引き、しかし違いは目を閉じたアンの首襟を掴み運んで来た。

 そんな状況で目を開けないアンがかなりホラーな光景だったが、かろうじてイビキで息がある事が解った。


「申し訳ありません、遅くなりました」

「いや、俺も今起きた所だよ」

「そうなのですか、良かったです」


 アナスタシアに話を聞くと、昨晩アンに主従関係の基本は朝の挨拶から夜の挨拶までと何処かの百獣の王のキャッチコピーの様な指導をしたらしい。

 その為、朝は屋敷の人間が動き出す一時間前には起きる様に伝えて、自らはローズの準備を洗面道具置き場で進めていたが、いつになっても来る様子の無いアンに、部屋まで見に行ってみると、そこにはだらし無くお腹を出して眠るアンがいたらしい。

 仕方なくローズの部屋に行った後、手早く俺の準備も済ませ、俺の部屋に来たとの事だ。


「本当に、申し訳ありません」


 未だに、ヨダレを垂らしながら眠るアンの首を下げ俺に謝罪するアナスタシア。


「いや、アンは俺と契約しているのだし、俺の責任だよ」

「はぁ・・・」


 そうなんだ、アナスタシアが謝る必要など無いのである。

 俺はアナスタシアに頭を下げて、アンの事を頼むのだった。


「これからも、アンに色々教えてあげてくれ」

「はい、勿論です」

「くか〜、うにゃにゃ、・・・」

「「・・・」」


 俺とアナスタシアは見つめ合い、同時に深い溜息を吐くのだった。

 洗面を済ませ、食堂に移動すると、今朝もリールとローズの親子は席に着いていて、挨拶をしてきた。


(意外とこの二人って朝早いよなぁ・・・)


 そんな事を考えいると、急に隣から叫び声が聞こえた。


「お味噌汁にゃ〜‼︎」

「お、おぉっ」


 見ると先程まで全く目を覚ます気配の無かったアンが、味噌汁の香りに誘われて起きていた。


「あらぁ、アンおはよぅ」

「いただきま〜すっ」

「ふふふ、いただきま〜すぅ」


 何なのだろうこの二人は・・・。

 全く会話が噛み合ってないし、この二人でなければイライラさせられそうなのだが、不思議と嫌な気分にはさせない空気感。

 アナスタシアは何か言いたそうだったが、俺は二人に続く事にした。


「「いただきます」」


 俺とローズは今朝も気が合った様だ。

 ただ今朝のローズは少しはにかんで、直ぐに味噌汁に箸を入れた。


「ふふふ」


 食卓にはリールの幸せそうな笑い声が添えられていた。


 食事を済ませ、リールは執務室へ、ローズは準備をしに部屋へ、アナスタシアは二度寝しそうなアンを引き出発の準備に、俺は手持ち無沙汰になり、外に出て見ると玄関先にルグーン?だったか召喚士がいた。


「これはおはようございます、真田様」

「おはようございます、ルグーン殿」

「いやぁ、いい天気ですなぁ」

「ええ、そうですね、そういえばお連れの方の体調は?」

「はい、ご心配をおかけしましたが、体調は戻りましたので、今日の昼に発つ事になりました」

「そうなんですか、それは何よりです」


 召喚士の体調不良は、魔空間の負担による酔いによるものだった様で、一日休むと回復したそうだ。


「そういえば真田様は、ご結婚の決意は?」

「い、いえ、まだです」

「そうですか、まだ若いお二人ですし、ゆっくりと考えられると良いでしょう」

「そうですね」


 そんな世間話をしていると、やがてアナスタシアとアンが馬車を回してきて、ルグーンは部屋に戻った。

 それから三十分後ローズが準備を済ませ出てきた。


「さあ、行くわよ」


 ローズがそう言い、俺達は馬車に乗り込んだ。

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