第16話


 ローズが右手を鉄製の棒に向かい伸ばすと、幾何学模様が三度現れ、魔法陣を成形した。


「エアショット‼︎」


 ローズが呪文を唱えると刹那、蠢く空気の塊が鉄製の棒に当たり、それは轟音を伴い激しく振動した。


「お、おお〜」


 俺は初めて見る魔法とそれを使ったローズに、素直に感嘆していた。


「どう?」

「凄いよ、鉄の棒にあそこまで衝撃を与えるなんて、魔法ってやっぱり凄いんだな」

「そ、そう、・・・、えへへ」


 そう言って照れたローズは鉄製の棒が、ミスリル製の的だと教えてくれた。


(この世界にミスリルあるんだな)


「お見事な短縮詠唱です、お嬢様」

「短縮詠唱?」


 アナスタシアはローズの魔法の威力より、短縮詠唱という言葉で詠唱を褒めていた。


「短縮詠唱というのは、今お嬢様が行った詠唱方法の事です」


 短縮詠唱というのだから、詠唱に関係するのは解るのだがそれがどの様なものか解らなかった。


「短縮詠唱があるという事は、普通の詠唱もあるのだろう?」

「ええ、もちろんです」

「それってどういう物なんだ?」

「通常詠唱は線で描かれていきます。対して短縮詠唱は模様で描かれるのです」

「はぁ・・・」


 何となく解るのだが、実際に見せて貰えない事には・・・。


「アナスタシア、離れていなさい」

「お嬢様、・・・解りました」


 ローズに指示され、アナスタシアは演習場の囲い付近まで下がっていった。

 すると、ローズは俺に見ていなさいと言い、瞳を閉じ大きく深呼吸をした。

 そして今度はそのか細い両手をミスリル製の的に向け、その前に陣の成形を始めた。

 今度はアナスタシアの言ったように線で幾何学模様が徐々に描かれて、先程より魔法陣の完成まで時間が掛かり完成した瞬間。


「サイクロンウエーブ‼︎」


 ローズが呪文を唱えた瞬間、離れて見ている俺が目を開けているのが辛くなるほどの空気の渦が魔法陣から、的に伸びて行き的地面から抜け、金切り声が何故そう呼ばれるか理解出来る音を上げ、空中で引き裂かれてしまった。


「はぁはぁ・・・」

「・・・っ」


 肩で息をするローズ、俺は絶句し短く息を吐くのがやっとだった。

 地面に散乱した破片を見て、ミスリルの強度がどの程度かは解らないが、サイクロンウエーブという魔法は確実に人を仕留められるだけの威力があると感じられた。


「流石です、お嬢様」

「ふぅ〜、ええ」


 ローズは呼吸を整え、短くアナスタシアに応えた。


「どう、解った?」

「あ、ああ・・・」


 俺はローズからの問いかけに応えた。

 ここでの解った?は、通常の詠唱の事で、決して私に逆らったらどうなるか解ったかでは無いと思いたい。


「でも、魔法の威力で詠唱時間が違うんじゃないのか?」

「ん?そうね、エアショットは下級魔法で、サイクロンウエーブは中級魔法だからね」

「ただ、下級魔法だからと言って、誰もが短縮詠唱を使える訳ではありませんよ」

「そうね・・・」

「そ、そうなのかぁ・・・」

「えへへ」


 褒められ得意げに笑みを浮かべるローズ。

 俺は心の中で、ナマ言ってすいませんと勝手に謝罪し、ビクビクしながらその場にいた。

 直に見る初めての魔法の威力に俺は恐怖もあったが、スリルを味わいたい感覚というか不思議な感情も湧いていた。


(やっぱり、俺も使いたいなぁ、魔法)


 そんな事を心の中で静かに、でも確かに抱いた。

 学院での授業もあったローズの事を考えて、魔法披露はこれにて終了となった。

 俺達が屋敷に戻ると、リールとアンが既に食卓の椅子に座って待っていた。アンは何をしていたのですか、急いでください、折角のカラッと揚がった唐揚げが冷めてしまいます、それは料理人さんへの冒涜ですと五月蝿かったが、アナスタシアにゲンコツを落とされ静かになった。

 なお、アナスタシアはアンに、使用人が主人と食事を一緒に摂るなどとんでもないと、席から離そうとしたが、リールが許可をしたため諦めた。

 そんなアナスタシアも一緒に、食事をする様に促されたが、これは辞退をした。

 その場で、アンが俺の奴隷になった事が、ローズに知らされたが、ローズはそうとだけ短く返事をした。

 二人は既に知り合いだったのだが、自由奔放で子供っぽいアンを、意外にも真面目でシッカリしているローズは苦手なようだった。

 かと言って、無下に扱う訳ではなく、アンからの何でもない問いかけや、チョッカイなどにはしっかり応えてあげていた。


「そういえばぁ、司君?」

「はい、何でしょうか?」


 食事も終わり、アナスタシアはアンを連れ片付けに、ローズは風呂へと向かい、俺とリールだけが一服していると、リールから声が掛かった。


「明日からぁ、司君にも学院に通って貰うからぁ」

「はっ?」

「だってぇ、司君の年頃ならぁ、学校に通うのが普通じゃない?」

「あ、まぁ、そうですね」


(そういえば、俺若返っているんだったな・・・)


「だからぁ、今日アナスタシアに紹介状を持って行って貰ってぇ、学院長の許可をとってきたからぁ」

「そうなんですか」


 そういえば学院って、何を学ぶんだろう?

 それを聞いて見ると、学院は大まかに戦闘科と技術科に分かれていて、その中にいくつかのコースが存在するそうだ。

 生徒は入学時にまず所属する科を選択し、一年次はそれぞれの科の授業を受け、二年次からコースによる授業を始める。

 そして、三年次の末に試験を受け合格すれば、卒業となる。

 ただ、レベルの高い学校は卒業試験が厳しく、四年から五年掛けて卒業する者も多いそうだ。

 因みにリアタフテ領の学院は、サンクテュエールでもレベルが高い部類に入るそうだ。

 俺はローズと同じ戦闘科に一年で編入するそうだ。


(まあ、魔法を覚えるチャンスだろうし、ここはご厚意に甘えておくか)


 そう思い、俺はこの話を受け入れる事にした。

 それにしても、二十一年ぶりに学校にかぁ、昔は早く卒業したいと思い仕方なかったが、俺は今かなり興奮していた。

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