第13話
「何故、俺に・・・?」
当然の疑問である。
パランペールとアンのやり取りを見て、親子関係は良好に見えた。
アンのドジに対しても、パランペールは温かい目で見守っている様だし、それが全部芝居で、実は我慢の限界という事なのだろうか?
「パランペール、どうかしたのぉ?」
リールも、不安そうにパランペールを見つめ、問いかけた。
それに対してパランペールは重々しく、口を開いた。
「僕ももう今年で41歳だよ、それに対してアンは今年13歳になるんだ」
「はぁ」
年の差28歳差は一般的な親子だとしか感じなかった。
「人族は通常70から80まで生きる」
「そうですね」
「司君は獣人がいくつまで生きるか知ってるかい?」
「人族と同じ位じゃないんですか?」
「一般的な獣人は大体150から200位まで生きるね」
「そうなんですか」
色んな創作の中で、亜人のエルフは長寿なものは多いのだが・・・。
「もちろん人族社会で生きる獣人は危険も多くて天寿を全う出来る者は多くないし、獣人には人族より厄介な病も多いのだがね・・・」
「・・・」
「なるほど」
なんだろう、パランペールの言葉にリールが少し哀しそうな顔をした様に見えた。
(まあ、知り合いが41で寿命を気にすれば少し寂しくもなるか?)
そんな風に自分を納得させそれでも気になる事を聞いてみた。
「でも、アンが居なくなるとシャリテ商会を継ぐ人間が居なくなるんじゃないですか?」
「いや、サンクテュエールでは獣人は奴隷商人にはなれないんだ」
ああ、当然考えなければいけない事だったか。
売買奴隷が亜人しか居ない事からも、この国は人族社会なのだ。
だとすればアンの将来的には・・・。
「アンは将来的に獣人が過ごしやすい国に帰るつもりは無いんですか?」
「うん、僕もそれは考えて説得したんだが・・・」
「駄目だと?」
「う〜ん、良い返事は得られなかったねぇ」
曰く、お父様が結婚しないと安心出来ない。
曰く、お父様が奥さんを得ないと安心出来ない。
曰く、お父様が嫁を取らないと安心出来ない。
パランペールが言うには、きっと不安が大きのだろうと・・・。
一度獣人社会を出てしまった者は其処に戻るのは難しい事らしい。
他の獣人からの反発も強く、アンに至っては物心つく前にパランペールに連れられて人族社会に入ってしまった為、獣人社会特有のルールも解らないという問題もあるそうだ。
「その点司君と契約出来れば将来安泰だからね」
「は、はぁ」
そうなのか?
「なんと言っても、リアタフテ家次期当主のお婿さんだからね」
「いえまだ決まってませんけどね・・・」
「あらぁ、そうなのぉ?」
そうなのですよぉ。
パランペールは将来投資的な意味で、俺にアンを預けるつもりの様だが、期待に応えられるかは不明だ。
「それに司君にも利点はあるよ」
「俺にですか?」
「まずアンは商品では無いし、お代は必要無い」
「はぁ」
「アンの生活に必要な費用も当然僕が援助しよう」
「あらぁ、アンがうちの娘になってくれるならパランペールの援助なんて必要無いわよぉ」
「う〜ん」
確かにそれは魅力的ではある。
リールやローズに負担も掛けずに済むのは俺も気が楽だし、アンはドジなのはともかく犯罪などでリアタフテ家に迷惑を掛ける心配も無さそうだった。
「どうだろう、司君?」
「そうですねぇ、取り敢えずアンの気持ちを確かめたいのですが?」
「ああ、わかった、アンを呼んで来よう」
そう言ってパランペールは部屋を出て行った。
「そうかぁ、アンがうちの娘になるのかぁ」
「いや、まだ了解を取れるか判りませんけどね」
「きっと大丈夫よぉ」
「ですかねぇ」
さぁて、アンはどう返事をするのかな?
しばらく待っているとパランペールがアンを連れて戻って来た。
アンのその口には柳葉魚が咥えられていた。
「ふにゃにゃはん、にゃににゃふぁふぁふぃにふぉふへふにゃ?」
「ああ、そうだよアン、司君が用があるそうだよ。あと口の中の物を飲み込んで喋りなさい」
「ふぁいっ、・・・もぎゅもぎゅ」
よく何言ってるかわかったな?
どうやらパランペールはアンに内容を説明してないようだ。
「ぷはぁ〜、で、司様、私に何の用ですか?」
「あ、ああ・・・」
アンは歯に骨でも挟まっているのか、シーシー息を吐きながら、おおよそ人の話を聞く姿勢では無かった。
リールとパランペールは既に俺に任せるつもりらしく、ただ鎮座していた。
(はぁ・・・、仕方ないか)
俺は諦めて、先程の話をアンに説明した。
「はにゃ〜」
「という事なんだけど、どうかなぁ?」
アンは取り敢えず俺の話を黙って最後まで聞いてくれたが、その応えは良く分からないものだった。
「うどんはアッサリした物なので、夕飯はガッツリ揚げ物とかが良いですね」
「そうねぇ、唐揚げとかどうかしらぁ?」
「あ、良いですね〜」
「ねぇ〜」
「え、え〜と・・・」
うどんを食べながら話したんだという部分に反応したんだろうか?アンとリールは二人で盛り上がっている。
そんな様子に俺が困惑していると、パランペールが小声で話しかけてきた。
(司君)
(はい)
(アンは見ての通り集中力が、あまり継続しないんだ。)
(その様ですね)
(気長に説明してくれないだろうか?)
(そうですね・・・、頑張ってみます)
まあ、飲み物件など見てもアンのそういう所は何となく理解はしていたし、パランペールがアンの将来を憂う気持ちも解るし、俺はアンに説明を続ける事にした。
それから数度の廻り道をしてようやくアンが理解をすると、深く唸りながら考え込んだ。
「うぅ〜、ふにゃ〜あ」
「アン、どうかしらぁ?」
「僕は良い話だと思うんだ」
「ふ〜〜〜」
リールとパランペールに促されても、アンは直ぐには答えは出ない様子だった。
まあ、当然だろう。
寧ろ、直ぐに拒否反応を示さない事が俺には意外だった。
「何か不安があれば教えて貰えるかな?」
「にゃ、不安ですか?」
「ああ、俺も契約を結ぶのは初めてだし、問題はお互いに相談しながら解決していきたいと思っているし」
「そうですね〜?」
まあ、それしか無いだろう。
そもそも俺に主従関係を円滑に進める器量など無いし、その都度対応していくしか無いだろう。
「取り敢えずアンは、家事全般不得意ですよ?」
「勿論そうだろうな」
「も、勿論って‼︎」
「いや、当然だろう?」
「キーッ‼︎」
アンが威嚇をしてきたが俺は全く意に介さなかった。
まあ、最低限の自己分析は出来ている様で、少し安心は出来た。
「家事の事ならぁ、アナスタシアに任せれば良いのよぉ」
「そうですか?」
「えぇ、だから安心してウチに来てぇ」
リールはそう言ったが、どうだろう?
そもそもアナスタシアの負担を減らす為に俺にメイドをという話だったので、アナスタシアに任せるは本末転倒だ。
(まあ、俺自身が頑張るしか無いか?)
一人暮らし歴は長いのだ、自分の事はやってやれない事はないだろう。
「やっぱり家を出るのは嫌かい?」
「うにゃ〜、そうではないです。いつかは自立しなければいけないですし、司様に仕えればリアタフテ領内にも残れますし・・・」
「そうか、暫く考える猶予が必要かな?」
「うにゃ〜あ」
直ぐには答えは出ないだろう。
感触は悪くないのだし、時間を置くのもアリかもしれない。
その間に、俺の婚約問題に変化もあるかもしれないし・・・。
俺はそう思い取り敢えず話を終わらせようとしたが、リールがアンに提案をしてきた。
「アン、うちに来れば毎日オヤツに鰹節食べ放題よぉ?」
「ニャッ‼︎」
「それにぃ、お昼寝もし放題だしぃ」
「本当ですにゃっ?」
いや、鰹節はともかく昼寝は嘘だよ。
リールはどうしてもアンを手に入れたいらしく、とんでもない事を言ってきた。
(リアタフテ家に来るって事は、先輩としてアナスタシアが居るのだから、そんな勝手な事はさせないだろう・・・)
俺がそんな事を考えていると、黙って事の成り行きを見守っていたパランペールが俺の方を見て頷いていた。
なるほどと思った。
パランペールが俺にアンを勧めてきたのは、アナスタシアの存在もあるのだろう。
彼女ならきっとアンを導いてくれるだろう。
そう思った俺は、もう一度アンに聞いてみた。
「どうだろう、アン、俺と契約してくれないか?」
「そうですね〜、わかりましたお世話になります」
「あらぁ、良かったわぁ」
「うん、司君、不束な者だと思うけど、アンの事よろしく頼むよ」
「はい、こちらこそ今後ともよろしくお願いします」
話が上手く纏まり俺は大きく息を吐いた。
アンはパランペールに自分が家を出ても規則正しい生活をするんだよと声を掛けているが、そこは現状と何も変わらないだろう。
そうして、アンは部屋に着替えを取りに行き、俺とリールは必要な書類を記入した。
やはり契約書を読む事に何の支障も無く、書く事も何故かこの国の言葉が頭に浮かんできた。
う〜ん?
そうして荷物を取って来たアンと俺は、パランペールに奴隷契約の魔法をとなったのだが、リールが後日にして欲しいと言った。
「どうしてですか?」
「あらぁ、司君ったらぁ、ローズちゃんとの約束忘れたのぉ?」
「え〜と?」
「朝食の時のぉ」
「あっ、そうか」
確かにローズに魔法を見せて貰う約束をしていた。
リールが良く覚えていたなと思ったが、確かにここで魔法を経験して帰るのはあまり得策では無いのかもしれないと思った。
アンも今日全部荷物を運ぶのは無理だし、後日顔を出した時でも問題無いとなった。
こうして俺はアンという奴隷を手に入れた。
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