第11話
「粗茶ですが、どうぞ」
「あ、ああ、どうも」
俺はお茶の質よりも、アンのおぼつかない手元の方が気になった。
アンはお茶の乗ったお盆の端を掴んで持っているのだが、それを持ったままカップを机に置こうとして片手持ちになり、お盆の上のカップの中のお茶は激しく波打っていた。
(う〜ん、お盆を机に置くか、下から支える様に持てば良いのだが・・・)
俺はそう思ったが、人様の家の子供の事に口出しするものでは無いと思い、内心ビクビクしながらそれを眺めていた。
「ふふふ」
笑みを浮かべてはいるが、同じ状況になればリールも同じ事をしそうなのだが・・・。
「アン〜」
「は、はいニャ」
今ニャって言ったなこの娘、猫娘だけに。
「リールと司君が着いてどの位時間が経ったんだい?」
「ふにゃ〜」
「誤魔化そうとするんじゃ無い」
「う、うにゃ〜」
パランペールからの追求にアンは、奇跡的にお茶をこぼさずカップをおろし終わったお盆で顔を隠しながら唸った。
俺とリールが屋敷に来てもうすぐ2時間は経とうという、このタイミングでの飲み物の提供は確かに不自然ではあった。
「今日は何に気を取られていたのかな?」
「うっ、・・・」
「怒らないから言ってごらん?」
「ふにゅ〜」
パランペールのあやす様な問いかけに観念したのか、アンは重い口を開いた。
「今日はリール様と、・・・え〜と?」
「司君だよ」
「そうにゃ、司様を」
忘れていた訳ね・・・、ついさっきもパランペールが言ったと思うんだが。
「お二人を、部屋に案内した後お茶の用意をしようと台所に移動したの」
「あらぁ、偉いわねぇ」
「えへへ、そうにゃ〜?」
「ふふふ」
アンはリールに褒められて、眼を細めながら少し紅くなった頰を掻いていた。
「それからどうしたんだい?」
「ニャっ」
パランペールに促され、アンは小さく声を上げ説明を始めた。
「そこで調理長さんが丁度昼食用のうどんの準備をしていたの」
「うんうん、なるほどね」
「うどん・・・」
あるんだな、この世界にもうどん。
俺がそんな事を考えていると、隣でリールはうちは蕎麦をリクエストしようかしらぁと呟いていた。
・・・、俺は豚骨ラーメンがよかたい。
「すると御用聞きさんが来て、料理長さんは席を外されたの」
「そうか、今日は休日明けだからね」
「にゃ〜、タイミング悪くて調理長さんしかいなかったから、出汁取りの火を落として欲しいと頼まれたの」
「そうなんだねぇ」
「すると調理台の上から、不思議な香りがしたの」
「うーん」
「ふにゅ〜、そこにはなんと鰹節さんが遭難していたの」
「・・・」
いや、それは遭難とは言わない。
「これは、保護してあげるしか無いと思ったのっ」
「あらぁ、偉いわねぇ」
「・・・」
「こほん」
「う、うにゅ〜」
「ふふふ」
そしてそれは保護とは言わないし、褒められた事でもない。
「その後、急に睡魔に襲われたのだけど、アンは鍋の火を止め、お茶の準備をし台所を出たの」
「そうなのかい?」
「にゃっ、廊下を歩いていると暖かいお日様の誘惑でより睡魔が増してしまったの」
「そうねぇ、今日は最高のお昼寝日和よねぇ」
「・・・」
「ウトウトしだしたアンは、このままではお盆の上のカップをまたひっくり返してしまうと思ったの」
「・・・」
またって事は前にもひっくり返しているのね。
まああの手つきを見ると想像に易いのだが・・・。
「すると、丁度この間アンが掃除中に急に滑り落ちてしまった壺が置いてあった、台の横に差し掛かったの」
「滑り落ちたでは無く、アンが手を滑らせた三百万オールの壺ね」
パランペールは肩を落としながらそう言った。
円と価値変わらないなら俺の年収くらいか・・・。
「そ、それで、あまりのカップの重さに手が痺れ始めたアンは、一度お盆を台に置く事にしたの」
「あらぁ、たいへんだわぁ」
「・・・」
先程までは、ウトウトで今度は手が痺れるか、支離滅裂で全く話が変えられてないのだが。
「そして、手の痺れが取れるまで一休みをする事にしたの」
「それで?」
「うにゅ〜、注文を終わらせた調理長さんが台所に戻る途中で、遭難していたアンを助けてくれたの」
「はぁ」
「にゃ〜・・・」
いや、だからそれは遭難では無いし、ただの居眠りだ。
長々と語られたが、三行に纏めるとこうだ。
つまみ食いをし満腹になる。
居眠りをする。
遅くなった。
起きてそのまま来たのだろう、カップに口をつけると、お茶は生温かった。
次からは入れ替えるのを、お勧めしたい。
「まあ、リールが来客の時で良かったよ。この間は商人協会の会長の時に・・・」
「そ、それは秘密のはずなのっ」
「あらぁ、何かあったのぉ?」
一応俺もいるのだが、まあ気にはしないけど。
「これは絶対秘密にしなきゃいけないの、だってこの事を話すと会長さんがカツラだってバレちゃうの」
「「・・・」」
「あらぁ、そうだったのねぇ」
「そうなのだから、絶対秘密なの」
「ふふふ、わかったわぁ」
いや、全部喋ってるけどね。
アンのミスの内容は解らかったが、商人協会の会長さんがカツラなのは知る事が出来た。
う〜ん、カツラまであるんだなぁ、この世界。
まぁ、男がいる世界ではどこでも薄毛は永遠のテーマの一つかもしれないが・・・。
(まあ、アンがいかにドジっ子という事は理解できたな。)
そんな話が終わると、パランペールはアンに何人かの名前を伝え部屋に連れて来るように頼んだ。
いよいよ俺の奴隷候補達との面談かぁ。
一瞬で緊張が増したが、一つ気になる事があった。
「そういえば、パランペールさんの奥さんって・・・」
「いや、僕は結婚はしてないよ」
「えっ?」
では、アンは・・・。
「うん?ああ、そういう事か、アンは実の子供では無いんだ」
「そうだったんですね」
「ああ、昔仕事で戦時中の他国に行った時に、家や畑、人でさえ焼き払われていた村にただ一人残されていたんだ」
「は、はぁ・・・」
「どうしてもそのままにしておく事は出来なくて・・・、通常ならサンクテュエール入国する事は出来ないのだが、リールとケンイチに頼んでね」
「そうだったんですか・・・」
「パランペールはぁ、昔から変わらないのよねぇ」
「はは、どうかな?結婚の縁も無く、家族を欲していただけなのかもしれないよ」
パランペールはどこか、寂しそうにそう語るのだった。
すると、今度は時間を掛けずにアンは戻って来た。
面談は一人ずつ、三人と行うらしく取り敢えずは部屋の前に全員待っているとの事だった。
「じゃあ、始めようか司君?」
「は、はいっ」
俺は背筋を伸ばしそう答えた。
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