第10話
「久しぶりねぇ、パランペール、またお腹のお肉が増えたんじゃないかしらぁ?」
「ああ、久しぶりだねリール、君は相変わらず笑顔で人が気にしてる事を」
アンに案内された部屋には、柔らかそうな癖毛で明るい髪色をした、小柄で恰幅の良い男性がいた。
その顔は恵比寿様のお面を着けた様に笑顔が張り付いていた。
リールかぁ、この二人ってどういう関係なのだろう?
パランペールからすると、リールは領主に当たる訳で通常敬称無しで呼べる関係では無いだろう。
それともかなりの大物なのか?
「・・・」
「ん?」
俺の視線に気が付いたのかパランペールはこちらを見て、目線だけでお辞儀をし、リールの方に問うた。
「リール、こちらは?」
「司君よぉ」
「なるほど」
などと口にしながらも、パランペールのそうじゃないという表情に、俺はリールから解放して貰って自ら名乗る事にした。
「はじめましてパランペール様、真田司と言います。お見知り置きを」
「こちらこそはじめまして、司君。私はパランペール=シャリテ、このシャリテ商会を運営している商人で、リールとは旧知の仲だ。様付けは勘弁して欲しいね」
「はい、パランペールさん」
「ふ〜ん?」
「どうかしましたか?」
パランペールの俺を頭の先から爪先まで眺め、少し思案している様子に居心地が悪くなり、問い掛けてみた。
「ああ、いやすまないね。昔からの癖なんだよ。観察を怠らないのが」
「は、はぁ・・・」
俺を観察するのに何の意味があるのかは解らないが、パランペールは謝罪を口にしながらも俺への興味は無くならない様子だった。
「でも本当に珍しいね、その黒髪は」
「そうなのですか?」
「ああ、瞳の色が黒い者はサンクテュエールを出るとたまに見かけるが、黒髪はまず見ないね」
「へぇ〜」
「人生で二度も見れるなんて俺は幸運なのかな?」
そう言ってパランペールは笑った。
二度かぁ。
「もう一度はケンイチ様なのでしょうか?」
「ああ、そうだよ。君のお義父さんになる人だ」
「えっ?」
「ははは」
「あらぁ、パランペール気がはやいのねぇ、まだ結婚はしてないわよぉ」
「それはそうだが、逆は分が悪いよ」
「そおかしらぁ?」
「ローズがいくら気が強いお転婆娘とは言っても、あの容姿だからねぇ。司君も決して悪くは無いが、ローズに落とせないという風には見えないなぁ」
「は、はは」
俺は乾いた笑いで答えるしか無かった。
確かにローズは今でもかなり魅力的な存在だし、リールの娘なのだから将来も約束されている。
それに・・・、朝の宣言もあるからなぁ・・・。
「そういえば、パランペールさんはどうして自分がローズの婚約者だと?」
この世界にケータイでもあれば別だろうが、何より部屋に入った時点での反応で俺の事は知らなかった筈なのだが?
「うん?ああ、商人とは情報が生命線だからね。極秘に召喚士が来ているのは確認済みさ」
「そうだったんですか?」
極秘だったんだな、召喚の儀って。
でも、それだと・・・。
「ははは、君もこの先苦労するよ〜」
「何の事かしらぁ?」
「ねっ」
「は、はぁ・・・」
本当に気にする様子の無いリールに、パランペールは俺への同意を求めてきた。
黒い髪と瞳がケンイチしか居ないという事は、ここに来るまで俺がリールと一緒に街中を歩いて来たのは、情報の秘匿という観点では問題有るのではないだろうか?
「僕が言うのも何だけど、あまり気にしない事だよ」
「そうなんですか?」
「ああ、僕は何時もそんな細かい事を気にしてやけ食いでこんな体型になってしまったのだから」
「は、はぁ」
その立派な腹を叩きながら自虐の様な事を言うパランペールに、俺は返事に困った。
しかし、リールからは意外な突っ込みが入ってきた。
「ふふふ、嫌だわぁ、パランペールったらぁ。貴方は出会った時からそんな体型だったわよぉ?」
「いやいや、断じてそんな事は無いよ‼︎」
突っ込みに対して必死に否定するパランペールだが、果たして真実はどこに・・・。
「こほん、まあ、それわさて置き本題に入ろうか?とはいえ、僕の所に来たと言う事は・・・」
「そうなのよぉ、司君にメイドさんをと思ってぇ」
「ふむ、まぁそうなるよね」
「・・・」
「司君は?奴隷と契約するのは初めてという事で良いのかな?」
「は、はいっ」
「そうかぁ・・・、じゃあ最初に少し説明させて貰いたいのだけど大丈夫かな?」
「そうですね、よろしくお願いします」
「うむ、では・・・」
パランペールは、奴隷商人だった様だ。
という事は、派遣のメイドさんの様な事では無く、人身売買という事か・・・。
とにかく話を聞いてみるしかないと思い、そこから小一時間パランペールが説明してくれた内容を纏めるこうだ。
1 まず奴隷に関しての扱い方は其々の国や地方、また宗教などで法が違うので、これから説明するのはサンクテュエールのヴィエーラ教徒の間での決まりである。
2 奴隷とは基本的に商人が扱う売買奴隷と、国や地方領が取り締まる犯罪奴隷がいる。
3 売買奴隷は亜人のみで、犯罪奴隷は一部人族もいる。
4 奴隷商人及び犯罪奴隷を管理する奴隷監督官は国家資格で、受験資格はその時点で生涯犯罪歴が無く、伯爵以上の貴族の推薦が条件である。
5 受験資格は厳しいが、その条件を満たせる者で落ちる者は少ない為、合格率は9割を超えている。
6 売買奴隷は、年収一千万オール以上の者、貴族階級の者、又は其々の保護下にある者であれば所有資格を有する。
7 奴隷商人は奴隷売買時に際しては、如何なる階級・国家権力にも縛られる事は無い。
8 売買奴隷による犯罪行為はその所有者も責任に問われ、国家或いは教会等に対しての犯罪行為は、取り扱い商人に対しても責任が問われる。
9 売買奴隷は基本的に奴隷と生涯契約で就労内容については商人との交渉により決まる。
10 犯罪奴隷は貴族階級の者しか所有資格は無く、国家による管理下で懲役を行う者が圧倒的に多い。
うん、まあ理解出来ない内容は無いな。
そんな風に俺が納得していると、ドアからノックの音がした。
「お父様よろしいですか?」
「ああ、入りなさい」
お父様という事は、パランペールに娘がいるのだろうか?
ドアの方に目を向けると、そこから意外な人物が入室した。
「失礼します、お飲み物をお持ちしました」
「あらぁ、アンありがとうねぇ」
そう、そこには猫耳メイドのアンが居たのだ。
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