第9話



 俺とローズが外に出ると、そこにはリールとアナスタシアがいた。


「あらぁ、二人とも遅かったわねぇ?」

「お母様、エヴェック様は?」

「もう出立されたわよぉ」

「そう・・・」


 ローズが残念そうな表情を浮かべると、リールは悪戯っぽい笑みを浮かべローズに言った。


「お礼ならぁ、二人の結婚の報告の時にぃ、伝えたら良いわよぉ?」

「それもそうね」

「・・・」

「どうかしたの、お母様?」

「いいえ何でもないわよぉ。ふふふ」


 ローズの対応に一瞬驚いた表情を見せたリールだったが、直ぐにいつもの調子に戻った。

 そういえばもう一人の客人はどうしたのかと思い、アナスタシアに聞いてみるとしばらく前に戻ったとの事だった。


「じゃあ、お母様は何故ここに?」

「えぇ、私はぁ、司君とデートで街に行くのよぉ」

「え?」

「・・・」

「だってぇ、さっき約束したでしょう?」

「えっと、いつの事でしょうか?」

「朝食の時よぉ」

「「・・・」」


 なるほど・・・、それは・・・。


「してないです‼︎」

「してないでしょ‼︎」

「ふふふ、そうだったかしらぁ?」


 この人は・・・。

 俺とローズからの突っ込みにも、リールは笑顔だけで流してしまい何食わぬ顔をしていた。

 とぼけているのか、天然なのか、後者である可能性が高そうなだけに諦めるしかないのかと思い、俺は話を進める事にした。


「街に何をしに行くんですか?」

「だからぁ、デートよぉ?」


 いや、もうそれは良いから。


「え〜と・・・」

「ふふふ、『パランペール』の所に行くのよぉ」

「パランペール?どうかしたの?」


 ローズは知ってる様だが、パランペールとは人の名前だろうか?


「司君も来てくれた事だしぃ、家の事は他の使用人さん達がいるけどぉ、アナスタシア一人では二人のお世話は大変でしょう?」

「いえ、リール様私は大丈夫です」

「ダメよぉ、身体は本人が気がつかない内に疲れを溜めているのだからぁ」

「それもそうね、お言葉に甘えておきなさい、アナスタシア」

「は、はぁ・・・」


 リールからの気遣いにアナスタシアは、初め辞退の姿勢を示したが、結局はローズにより押し切られる形となった。

 ただアナスタシアの負担を軽くするのかぁ。

 という事は、もしかするとパランペールという人物は・・・。


「という訳でぇ、今日は街に司君の専属メイドさんを探しに行くわよぉ、お〜」

「・・・」

「お〜」

「・・・」

「お〜」

「お、お〜」


 やはりというか、メイドさんかぁ・・・。

 メイド派遣なのか、それとも奴隷なのかは解らないが俺の専属らしい。

 もし奴隷だとすると、やっぱり獣人なのかなぁ?

 だとしたらちょっと生意気な猫耳娘とか良いな。

 他にも泣き虫なうさ耳バニーちゃんなんかも良いし。

 主人に忠実な優しいわん娘ちゃんも捨て難かった。

 俺が右腕を天に突き上げたまま、未だ見ぬ俺だけのメイドさんに想いを馳せていると、急に背中に身震いを感じ辺りを見渡してみると、アナスタシアから氷の視線が送られていた。


「・・・」

「・・・、ゴクッ」


 その視線に気圧された俺は話を逸らす事にした。


「ですが、そこまでして頂くのは申し訳ないのですが・・・、そもそもまだ自分は婚約について考えが纏まっていないですし」

「良いのよぉ、婚約の事とは別の話なのだからぁ」

「いえ、で、ですが」

「良いからお母様の言う通りにしなさい、司」

「でもなぁ・・・」

「私が言った事忘れたの?高々メイドの一人くらいで恩を売って結婚に取り付けたりしないわよ」

「う〜ん」

「ふふふ、じゃあ〜、出発しましょうねぇ」


 リールは俺の唸り声を返事と勘違いしたのか、準備されていた馬車に乗り込んでいった。

 続く様にローズも馬車に向かい、アナスタシアに促された俺は覚悟を決め馬車に乗り込んだ。

 馬車は落ち着いた雰囲気のロマンスグレーの御者が手綱を引き、良く舗装された路を新緑を眺めながら進んだ。

 20分程進んだ所で、街並みらしきものが見えてきて馬車が止まると、フルアーマーの鎧を身に付けた衛兵らしき二人組がリールと俺を出迎えた。

 ローズが通う学院は、馬車でもう30分程行った所にあるそうで、ローズとアナスタシアとはここで別れる事になった。

 アナスタシアはローズを送り届けた後、俺達を迎えに来ると言っていた。

 二人を乗せた馬車が見えなくなると、リールは俺の腕に自身の腕を絡めてきた。


「おわっ、ちょっとリール様っ」

「ふふふ、行くわよぉ、司君」

「は、はぁ」


 シャンプーの匂いだろうか?リールの柔らかそうな髪から、甘いバニラの様な香りが俺の鼻をくすぐっていた。


「ふふふ」

「うっ」

「どうかしたのぉ、司君〜?」

「い、いえ、何でもないですよ?」

「そ〜お〜、前屈みになっているからぁ、お腹でも痛いのかと思ってぇ」

「は、ははは・・・、大丈夫ですよ」


 実は何でも無くはなかった。

 甘い香りに包まれ、歩く度に俺の腕に触れるリールのメロンパイが、俺の僕ちんを空に輝く太陽を指し示していた。

 この世界にも太陽あるんだなぁ・・・。

 俺が少しでも僕ちんを鎮めようと、意識を逸らしているのだが、リールは解放してくれる様子はなく、俺の腕を引き街を進んでいった。

 街の様子だが一つ気になる事があった。

 それは、会話と同じで、明らかに初めて目にする文字の記された看板を見て、それが何を意味するか瞬時に理解出来た。


(この現象はどういう理由なのだろう?)


 会話なら実は皆んな日本語で喋ってる可能性も無くはないが、文字はそうでは無かった。

 いつかリールの旦那さん、ケンイチと言っただろうか?会う事があれば、確認してみたいと思った。


「ふふふ」

「ん?どうかしましたか?」

「えぇ、初めてダーリンに街を案内した日の事を思い出していたのぉ」

「はあ」

「ダーリンもそうな風にぃ、興味深そうにしたりぃ、不思議そうな顔をしていたなぁ」

「そうですか」

「きっとぉ、日本とは全然違うのでしょうねぇ」

「そうですね」

「いつか行ってみたいわぁ、日本にぃ」

「そうですね、是非」

「ふふふ」


 そんな話をしていると、視線の先にかなり精悍な門を持つ大きな館が見えてきて、その看板には『シャリテ商会』と記されていた。


「さぁパランペールの所に着いたわよぉ」

「ここが・・・」

「そうよぉ」


 一人の衛兵が先行し館の入り口の魔石に手を掛け、何か口にすると扉の中から、小柄な猫耳のメイドが出てきた。


「あれは?」

「アンねぇ」

「はぁ」


 いや猫耳の女の子もだが、魔石も気になったのだが・・・。

 確認してみると、振動の魔石を使い室内に呼びかけたらしかった。

 要はチャイムの様なものか。


「いらっしゃいませ、リール様と・・・、え〜と?」

「司君よぉ、アン久しぶりねぇ、パランペールは居るかしらぁ?」

「は、はい、どうぞ、ご案内します、リール様、司様」


 アンという女の子はそう言って屋敷の中に入って行き、俺とリールはその後に続いた。

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