第8話


 食事を済ませ、学院に出発するというローズから見送りのリクエストを受け、俺は後々の事を考え大人しく従う事にした。


「いい、絶対に覗くんじゃ無いわよ‼︎」

「ああ、当たり前だろ?」

「あ、当たり前?・・・絶対だからね‼︎」


 などと言うやり取りはローズの部屋の前での事だ。

 俺って、そんなに信用無いのだろうか?

 ローズはけたたましくドアを閉め部屋に入っていった。

 ここで、ローズの準備を待つのだが女の準備は時間がかかるしなぁ・・・。


「司様?」

「ん?ああ、アナスタシアかぁ」


 先程別れた後、どこかに行ったアナスタシアは、二人の男性と一緒だった。

 連れは一人は初老、もう一人は本当の俺と同じ位の年代の人だった。


「ここで何をされているんですか?」

「ローズの準備待ちだよ」

「ローズ様の・・・?ああ、お見送りですか」

「流石」

「?」


 思わず漏れた俺の本音にアナスタシアは不思議そうな顔をした。

 たったこれだけの情報で、予言者みたいに完璧に言い当てられたら仕方ないだろう?


「ほっほっほっ、良いですなぁ青春というものは」

「はぁ・・・」


 青春と呼べるのかなぁ、どちらかというと所帯染みてると思うのだが?

 初老の方の男性の発言も疑問に感じたが、それよりもこの二人が誰なのか気になった。


「エヴェック様、あまり揶揄っては駄目ですよ」

「ルグーンよ、これは純然たる羨望というものだよ」

「どうですかね〜?」


 初老の方がエヴェックで、もう一人はルグーンか?

 ルグーンが様付けで呼んだ事から、エヴェックは身分が高いのだろう。

 ただそのルグーンも身なりからそれなりの身分の者だと感じられた。


「昨晩は、体調等問題無かったですかな?」

「えっ、体調ですか?」

「ええ、召喚の儀ではかなり強い魔空間が発生するので、魔流脈への負担も大きいですからな」

「そうなんですか?いえ、特別変化はありませんが」

「ほぉ〜」


 俺の返答にエヴェックは感心した様子だった。

 そういえば、有耶無耶になっていたがミンチ的なものになる可能性もあったらしいからな・・・。

 俺はそんな事を思い出し、恨めしさを込めてアナスタシアに視線を送った。


「エヴェック様とルグーン様は、昨晩の召喚の儀の為に王都から来てくださったのですよ」

「あっ」


 なるほど、あのフードの集団の人達だったのか・・・。

 アナスタシアは俺の視線の意味とは、ずれた事を言ってきたが、一つの疑問が晴れた事で、また俺は怒りをはぐらかされた。


「そうですか、昨日はどうも」


 俺はお礼を言うのも変な感じなので微妙な語りになってしまった。


「いやいや、儂も16年振りになるか?前回は先代を継いだばかりじゃった」

「はぁ・・・」

「エヴェック様は、我が国の国教であるヴィエーラ教の枢機卿のお一人にして、サンクテュエール国内の最高司教様なのですよ」


 なんと、枢機卿って事はその宗教のナンバー2って事で、その上この国の最高司教って、そんなお偉い様だったとは・・・。


「改めまして、儂はエヴェック=リリーギヤと申します。以後お見知り置きを」

「私は、エヴェック様のお供として来ました、ルグーン=グリャーズヌィです。」

「はい、私は真田司と言います。こちらこそよろしくお願いします、エヴェック様、ルグーン殿」

「エヴェック様、ルグーン様、では」

「うむ、そうじゃのぅ」


 三人が挨拶を終えると、アナスタシアがエヴェックとルグーンを促した。

 どうやら話しを聞いてみると、王都に帰るエヴェックと他7名をルグーンが見送りに行く所らしかった。

 王都から来訪していた召喚士は全部で10名、体調を崩してしまった1名の付き添いでルグーンが残り、既に帰り支度を済ませ馬車で待つ人達とエヴェックが先に王都に帰り、今回の報告をするとの事だった。

 エヴェックはローズによろしく伝えてくれと、俺に頼みその場を去って行った。

 4人でいた時間が10分くらいだろう。

 ローズが部屋から出て来たのはそこから30分後だった・・・。


「の、覗かなかったでしょうねっ⁉︎」

「・・・ああ」

「そ、そっかぁ・・・」


 ローズは情緒不安定なのか、怒ったり、落ち込んだり大変そうだった。


「そういえば、エヴェック様がよろしくお伝え下さいってさ」

「あっ・・・」


 ああ、忘れていたんだな。

 表情を見て理解出来た俺はそう思ったが口には出さない事にした。


(突っ込んで機嫌を損なう必要も無いだろう)


「そういえばあの方枢機卿だっけ、お偉い様だったんだな」

「えっ?ええ、お父様とお母様の時の召喚の儀も、エヴェック様が取り仕切ったのよ」

「へぇ〜」


 なるほど、それで16年振りなのか。


「それから、特別に結婚式の司祭もしてくださいさったのよ・・・」

「ん?」

「・・・」


 司教が司祭をするのか?

 何か違和感を感じたが、そういうものなのかと理解する事にした。

 するとローズが急に俺の前に立ち、姿勢を正し真剣な眼差しで見つめてきた。


「ねえ、司・・・」

「どうしたんだ?」

「うん、婚約の件なんだけどね」

「あ、あぁ・・・」


 そういえばまだちゃんとした話はしてなかったなぁ・・・。


「私、諦めないから」

「えっ?」

「司は乗り気じゃないかもしれないけど、諦めないから」

「・・・」


 ローズからしてみれば立場上そう言うべきなのだろうけど、本当に納得しているのだろうか?


「本当に俺なんかで良いのか?」

「当然でしょう?司じゃなきゃダメなのよ」

「それは、国が決めた仕来りで・・・」

「関係ないわ‼︎」

「っ・・・、でもお前好きな人とかいないのか?」

「はぁ・・・」


 ローズは瞳を哀しみ色に染め、溜息を吐くと、静かに背を向け歩き出した。


(やっぱりローズも年頃なんだし、そういう相手が居るんだな)


 俺はその場に立ち尽くしていても仕様がないので、少し距離を置きローズの後を追った。

 二人の間に会話は無くなり、トントンと足音だけが響く時が流れた。

 正面玄関に差し掛かり、ローズが立ち止まり背を向けたまま口を開いた。


「ねぇ、司・・・、知ってる?」

「え?」


 何をだ?

 ローズは振り返るとその表情は穏やかなものだった。


「今ね、私、・・・初恋をしてるのよ?」

「・・・」


 少し頰を染め、笑顔で送られた言葉は意外なもので、俺は返事を返せず固まってしまった。


「私諦めないからね、絶対貴方と結婚して見せるから」


 ローズは力強く宣言し、玄関のドアに手を掛けたのだった。

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