第5話
結局ローズが倒れてしまい、当人達がいない状況で話を続けてもという事になり、今夜はお開きになった。
リールにより、俺の部屋の用意を指示されたアナスタシアは俺の荷物を持ち先に退出していた。
部屋に残ったのは三人だが、ローズの状態を考えると実質俺とリールの二人である。
俺は少し手持ち無沙汰になり、リールはローズを膝枕しながら優しく肩を撫でていた。
その背中を見つめながら俺は一つの心配事を口にした。
「リール様、少しよろしいでしょうか?」
「何かしらぁ?」
返事をしながら振り返る見返り美人と平凡なおっさん二人。
腹を割って話す必要がある。
「リール様は、本当に私がローズさんの婚約者で良いのでしょうか?」
当然の疑問なのだ。
いくら国が決めたとはいえ、俺は齢39歳。
対するローズは確認はしていないが14、5といったところだろうか?
その母親のリールでさえ、30超えたばかりに見える。
そう考えるとリールでさえ俺と適齢と言えないのに、ローズに至ってはこの歳の子供が居てもおかしくないのである。
しかもなんの特技も無い、冴えないおっさんである。
どう考えても反対すべき案件であろう。
だがリールの答えは意外なものだった。
「当然じゃないのぉ、司君は素敵だしぃ」
「いえいえ、色々と釣り合っていないでしょう」
「そんな事ないわよぉ、二人はとってもお似合いよぉ」
「いやぁ、ほらあれですよ、あれ」
「あれって何かしらぁ?」
「ほら年齢とか?」
「???」
リールは気を使ってくれているのか、さも心底理解出来無い様な表情を浮かべてくれた。
だが、流石にこの中で一番大人であろう俺は、その優しさに甘える事は出来ないと、自らにとどめを刺した。
「こんな、おっさんとでは娘さんと歳が開きすぎでしょう」
「?何を言っているのかしらぁ、司君ったらぁ、冗談言ってぇ」
「いえ、冗談なんかでは無く・・・」
「ふふふ、きっと大人っぽく振る舞いたい年頃なのねぇ。大丈夫よぉ、二人は本当にお似合いだからぁ」
「???」
今度は俺が困惑する番である。
歳の割には若いと言われる事もあるが、流石に10代に間違われる事は無い。
それとも実はローズはこう見えて、もうアラサーなのか?
いや、それは流石に無理があるか?
それだとリールの年齢が有り得ない事になる。
ここはやはり、リールの優しさと判断するのが正しいのだろう。
俺が一人で勝手に納得しているとリールから提案があった。
「ねぇ、司君に一つお願いがあるのだけどぉ?」
「はい、なんでしょうか?」
「ローズちゃんを部屋に連れて行ってあげたいのだけどぉ」
「なるほど、それもそうですね」
通常なら気を失った人間を無闇に動かさない方が良いのだろうが、ローズの場合は頭を打った訳でも無いし、柔らかな素材のロングスカートに浮かび上がるリールの太ももは、きっと魅惑の感触なのだろうが、やはり病人?はベッドで休ませるに越した事は無い。
俺の同意を確認し、リールがお願いをしてきた。
「私ではローズちゃんを抱き抱えて上げられないのぉ、司君にお願い出来るかしらぁ?」
そういう事かと合点がいった。
ローズはかなり軽そうであるが、流石にリールの筋肉を一切感じさせない腕では抱き上げるのは無理そうだった。
少なくとも暫くはお世話になるのだからここは気持ち良く引き受ける事にしよう。
「ええ、勿論です」
「ふふふ、頼もしいわぁ」
まるで男の子のお手伝い宣言に応える様な調子でリールは喜んでいる。
(そこまで俺はガキっぽく見えるのだろうか?)
そんな少し不満にも似た感情を抱いたが、これも既婚子持ちと独身子無しの差なのかもしれないと思うしかなかった。
そしてローズを抱き上げようと、その華奢な背中に手を潜らせた。
「う、うぅ〜ん、っん」
「っ‼︎」
ローズの色っぽい吐息に、俺はドギマギしてしまう。
(な、何焦ってるんだ、俺‼︎相手は子供だぞ‼︎)
「すぅ〜、はぁ〜」
俺は飛び出てしまいそうな心臓を胸の中に収める様に、オーバーリアクション気味な深呼吸をした。
そうして予想通り軽かったローズの身体を抱き上げ、リールに声を掛けた。
「ではリール様、ローズさんの部屋はどちらでしょうか?」
「えぇ、じゃあ私について来てぇ」
そう言いながらリールは俺の先を歩き出した。
俺が後に続くと、目の前の背中が軽く上下している様だった。
「ふふふ」
「どうかしましたか?」
笑い声に気づき俺が問うと、リールは何がそんなに面白いのか、笑い混じりに俺に答えた。
「ごめんなさいねぇ、やっぱり二人はお似合いだと思ってぇ」
「えっ?」
「ふふふ」
そのままリールは一度階段を降り俺をローズの部屋へと導いた。
部屋の中はあまり物が無く、あまり女の子部屋という感じは無かったが、良く整理が行き届いている印象だった。
広さは50畳近くあるだろうか?
その中でもかなりのスペースを占めるベッドにローズを下ろした。
「ん、んっ」
流石に熱が少し落ち着いてきたのか、茹で蛸の様だった頬は、甘い果実の様な丁度良い紅潮になっており、漏らす吐息も相まってかなりの艶っぽさだった。
そのまま寝顔をマジマジと見つめる事も出来ず、俺は視線の置き場に困ってしまった。
リールはというと、そんな反応がまた面白いのか機嫌良さそうにしていた。
そんな空気に居心地が悪くなり、俺はリールの意識を逸らす話題を振った。
「アナスタシアさんはここにいる事は解るでしょうか?」
「ふふふ、大丈夫よぉ、アナスタシアだものぉ」
そう言ったリールの答えに、たった数時間前に出会ったばかりだが、あのイヌ耳メイドならばと納得した。
リールはそんな風に答えつつも、ベッドに横たわるローズの髪を優しく撫でていた。
知らない人が見たら、姉妹でも通じそうな光景だ。
(もしローズと結婚すれば、こんな光景を常に眺める事が出来るのかぁ・・・)
「ふふふ」
「ん?どうかしましたか?」
俺は視線に気付かれたかと思い、素知らぬ顔で問うたが、どうやら俺の勘違いの様だった。
「あらぁ、ごめんなさいねぇ。私が急に思い出し笑いなんてしたからぁ、驚かせたかしらぁ」
「思い出し笑いですか?」
「えぇ、このベッドねぇ、最近換えた物なのぉ」
「そうなんですか?」
ベッドを換える事のどこに面白さがあるのか全く解らなかった俺は、微妙な表情で話しを聞いた。
「ローズちゃんたらねぇ、今回の婚約でお相手が決まったらぁ、今までのサイズのベッドでは小さいからってぇ、三倍近くあるこのベッドに換えたのよぉ」
「あっ・・・」
「日頃は物欲なんて殆ど無いのにぃ、リアタフテ家の次期当主候補として恥ずかしい物では迎えられないってぇ。まだまだ子供だと思っていたのにぃ」
「・・・」
俺は流石にどんな反応を見せるのが正解か解らずに、静かにそのリールの背中を見つめるしかなかった。
「良い娘なのよぉ」
「・・・」
その言葉を最後に、部屋の中を静寂が包んでいるとアナスタシアが迎えに来て俺を客間へ案内してくれた。
部屋はローズの部屋の半分くらいだが、俺には充分過ぎる広さだった。
家具はベッド、タンス、鏡、机と基本的な構成で、俺の荷物はベッド脇に置かれていた。
「司様、お食事とお風呂はどうされますか?」
「いや、食事は採っているし、風呂にも入っているから大丈夫だよ」
今日はアパートを出る前に、コンビニ弁当で晩と、シャワーも浴びていた為、アナスタシアからの申し出を俺は辞退した。
「そうですか、ではもうお休みになられますか?」
「そうだな、そうさせて貰うよ」
「かしこまりました。では部屋の明かりを落とさせて頂きますが、よろしいでしょうか?」
「ああ、お願い」
「はい、では失礼致します」
そう言うとアナスタシアは、部屋の入り口近くの壁の宝石の様な石に触れよく聞き取れなかったが何か呟いた。
すると部屋の明るさが丁度豆電球程まで落ちた。
一瞬驚いてアナスタシアに、何事か問おうと思ったが、足早に部屋から去ってしまっていた。
流石に追いかけてまでどういう装置なのか聞く気にはなれず、そのままベッドへ倒れ込み眠りへと落ちていった。
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