第4話
「一応確認しておきたいのですが、日本はこの国からどのくらい離れているのですか?」
肝心な質問だった。
そもそも、この世界に日本という国がある事も、或いは俺が異世界に来ていない可能性というのも考慮する必要がある。
「そうねぇ・・・、距離と言われてもこの『ザブル・ジャーチ』には存在しない国だしぃ、地球までの距離も判らないしぃ・・・」
「・・・そうですか」
また新しい名前が出てきたが、我が意を得たりである。
少なくともここは地球では無く別の惑星、或いは異世界で名前がザブル・ジャーチと言う事が確定した。
「それなら、旦那様と私は同胞という事でしょう」
「ええ、素敵だわぁ」
「は、はぁ・・・」
何が素敵かは解らないが、リールからは好感触みたいだし良しとしよう。
「日本人かぁ・・・」
なお、俺の隣でもローズがうっとりと宙を見つめていた。
(昨今の転移ブームで日本人ばかりチートを得るから日本人って異世界で人気あるんだなぁ・・・)
などと、現在と創作物を一括りにした妄想に耽っていると、一人冷静でいたアナスタシアが、話を本題に戻してきた。
「・・・皆様、婚約の件はよろしいのでしょうか?」
「「「あっ・・・」」」
三人は声こそ揃っていたが表情は三者三様であった。
リールはニコニコと機嫌良さそうに、ローズは強気な態度は消え少し俯き加減で、俺は今もって困惑が晴れていなかった。
だが、このままでいる訳にもいかず俺は気の重い役を買って出た。
「・・・あの、婚約の件で確認したいのですが?」
「ええ、何かしらぁ?」
「婚約破棄というか、お断りさせて頂く事は出来るのでしょうか?」
「ええ、もちろんよぉ」
内心ビクビクしながら聞いたが、取り敢えず断る事は可能らしい。
リールは流石に笑顔こそ消えたが、怒りは感じられ無い・・・、そもそもこの手のタイプは表情では感情を読みにくいので腹の中はまだ解らない。
アナスタシアはというと一歩引いた位置で静かに瞳を閉じていた。
自分の仕えるお嬢様が振られるかも知れないという状況でこのイヌ耳メイドは何を思っているのだろうか?
前者二人に比べ解りやすかったのがローズだ。
先程から顔を上げる事は無く、しかしその華奢な肩は小刻みに震えていた。
当然であろう。
貴族とは家督を継ぐ事が最も重要な役目である。
国の用意した召喚術師により遣わされた俺に振られる事は、則ちローズが廃嫡となり、現状ではリアタフテ家が取り潰しになる事を意味するのである。
ローズの発する高飛車な雰囲気は自信の表れであり、経験上総じてそういうタイプは自身の役割に対する責任感も強い事が多いのである。
そんな事を考えると少し可哀想にもなってくるが、ただ結婚かぁ・・・、正直なところピンとこなかった。
実のところ俺は39年間生きてきて彼女がいた事が無かった。
それで特段の不便を感じる事も無かったし、女性経験自体はプロ・素人ともにあった・・・、いや本当だよ。
「では、もしなのですが、私が今回の話をお断りさせていただいた場合、日本に送り返して頂けるのですか?」
「それはぁ、もちろんよぉ。ただぁ、少し時間を貰えるかしらぁ?」
「え?時間とは?」
「召喚術師の方達は王都から遣わされた方々なのぉ。だからぁ、今回の件を国王様に報告しなければならないしぃ、司君の帰還の許可も国王様に貰わなければならないのぉ」
「そうなのですか?では許可が降りないという事は?」
「それはぁ、心配する事は無いのよぉ。現国王様はお優しい方だし、ダーリンに頼めば必ず許可を貰ってくれるわぁ。ただぁ、王都まではぁ、馬車で三日間は掛かるしぃ、正式な手続きを踏まなければならないしぃ、そこから帰還する為の《魔術式設計》もあるからぁ、二ヶ月くらい時間を貰えるかしらぁ?」
「二ヶ月ですか・・・」
その位なら待てない期間でも無いし、何より魔術式設計である。
日本に戻る方法として提示された単語は、二つの意味で魅力的であった。
一つは当然帰る事が可能な事だ。
このまま両親に会えないままというのは寂しさもあり、流石に申し訳ないと思う。
もう一つはその言葉の響きにあった。
この歳になった今でも厨二心を捨て切れていない俺には、自身が魔法を使えるようになるかも知れないと思うと興奮を抑えるのは大変だった。
「その間は、私の扱いはどうなるんでしょうか?」
「もちろんお客様として我が家に滞在して頂くわぁ」
まあ当然だろうと思う。
まだ街並みは確認していないが、部屋の中を見ても電化製品なども無く、移動手段に馬車を使う事からも文明レベルは大した事はないと思われる。
そんな所でサバイバル生活なんて現代人の俺が生きていける筈は無いだろう。
やっぱりここはご厚意に甘えて屋敷に住まわせて貰いながら、魔法を覚えるのが得策だろうか?
しかし、婚約を断った後、この人達は俺に魔法を教えてくれるのだろうか?
そんな事を考えていた俺のコートの左腕の袖が力無く、だが確かに引かれるのを感じた。
そちらに目を向けると先程まで俯き伏せていたローズが、顔を上げこちらをジッと見つめていた。
俺と一瞬目が合うと哀しそうな表情だが、決意を固めた輝きのある瞳で前を見つめ、リールへ向かい歩み出た。
「当主様、一つお願いがあります」
ローズの言葉に一瞬驚いた表情を見せたリールだったが、直ぐに表情を引き締め、その姿に似合う口調で応えた。
「聞かせて頂戴、ローズ=リアタフテ」
「・・・はい。当主様は旦那様と婚約からご結婚までに約一年半の期間があったと聞いています」
「ええ、そうだったわ」
「その間正式な結婚の準備はしていたのでしょうか?」
「・・・、いいえ違ったわね」
俺は不思議に思った。
一年という期間はそこまででは無いが、結婚の準備をしていないという事と、わざわざローズがその事を質問したのは少し腑に落ちなかった。
とはいえ、そもそも俺に結婚もそれに向かう経験も皆無だったので、その感想が正しいのかは不明だが・・・。
「正式な準備は、出会って一年経ってかしら」
「うっ」
二人による話は続き、リールの発した言葉に、急にローズが頬を染め、動揺した。
何だろう、ローズがこんな反応を示すような発言をローズがしたとは思え無かったのだが?
ローズの様子にリールは表情を緩め、元の口調に戻ってしまった。
「ダーリンとぉ、出会ってから一年の記念日にぃ、初めてをしてぇ、そこからローズちゃんを妊娠して結婚が成立したのが半年後よぉ」
「うぅぅ」
リールのあまりにも赤裸々な告白に、ローズは益々頬を染め茹で蛸の様になり、遂には会話を続ける事が出来なくなってしまった。
俺は仕方なく間を埋めるように世間話をリールに振った。
「リール様は、出来ちゃった婚だったのですか?」
だがその答えはよく解らないものだった。
「いいえ〜、出来ちゃった婚では無くてぇ、出来ちゃわないと婚?なのよぉ」
「えっ?」
軽く振った話で、今まで聞いた事も無いような言葉を耳にして、俺は無意識にアナスタシアの方に目を向けると、視線を感じたのか、閉じていた瞳を開き俺の疑問に応えてくれた。
「当家では女性当主様は召喚の儀では婚約しか成立しないのです。そこからご懐妊を経て結婚の許可が下りるのです」
「えぇ〜」
俺が驚きの声を上げついローズを見てしまうと、ローズは熱で倒れないのが不思議な顔色で、気の強い視線を返してきた。
「な、な、な、何見てるのよォォォ」
「い、い、いや、見ては無いぞ。それにお前、ちょっと落ち着けよ」
「わ、わ、わ、私は冷静よっ」
いや、冷静な人間の口調と表情では無いし・・・。
「それと、もう一つ」
「えっ?」
アナスタシアはまだ伝えて無い事実があるのか、俺に声を掛けてきた。
「次期当主候補者、つまりローズ様はご出産をする事でリアタフテ家の当主に就任する事になります」
なるほどと思った。
確かに子供が生まれるという事は、次代の当主候補が誕生する訳で、正式な当主となるのに相応しいと言えるのかもしれない。
そんな事を考えつつも、無意識にローズの方に目を向けてしまい、俺はまた怒りを買ってしますかと、まずいと思ったが状況はもっと酷かった。
「お、お、おいっ、ローーーズゥーーー‼︎」
俺は取り乱し絶叫をしていた。
何故ならローズは遂に意識を保つ事が出来なくなり、倒れていたのである。
「しっかりしろ、おい」
「うぅぅ〜」
俺が心配そうに声を掛けるのをリールはニコニコと、アナスタシアは淡々と見つめていた。
いや、お前らどうにかしろよ。
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