第3話


(やはり、聞き覚えの無い国名だな。う〜ん日本から来た事はまだ言わない方が良いか・・・)


 そんな事を考えながらも、俺はリールに倣い姿勢を正した。


「こちらこそ申し遅れました。自分は真田司と言います。よろしくお願いします」


 あまり媚び諂う必要は無いだろう、俺は名前だけを簡潔に伝えた。


「ふ〜ん、真田司かぁ、真田、うん」


 ローズは俺の名を反芻しながら、一人でよく解らない納得をしていた。

 そんな中突然、リールが俺に抱きついてきた。


「真田司というのはファミリーネームが真田で、ファーストネームが司かしらぁ?」

「あ、はいそうですけど・・・」


 俺は返事をしながらも、ある二つの塊によって身悶えていた。

 それらは臼の中の餅の様に柔らかく、意思を持った生物の様に俺の身体を這っていた。

 というか、それはリールのたわわな胸であった。

 ここ最近は大人なお店にも行って無いため、既に司さん家の司君はかなりの暴走状態になっているのだが、屈もうとすると目の前にはリールのメロンパイが有り、俺は身動きが取れない状態だった。

 しかも、ローズは先程からこちらの事など上の空で『真田、さなだ、サナダ」と何故か俺の名字を繰り返し呟いていた。

 そんな状況で意外なところから助け船が出てきた。


「リール様、そのくらいにしませんと司様が困っておいでですよ。あとお嬢様、司様はどうやら司様という名の様ですよ」

「あらぁ、そうだったわねぇ、アナスタシア。司君もごめんなさいねぇ」

「えっ、司・・・?」


 この部屋に移動し始めてから、全く口を開く事の無かったアナスタシアがリールを止めてくれた。

 俺は少し乱れた服装・・・特にズボンを整えながら、アナスタシアに感謝の視線を向けたが当の本人はまた気配を消す様にして一歩引いた。


(やはりこのメイドはかなり有能な様だな、ただ司様を連呼されるのは少し落ち着かないけど・・・)


 リールはやっと落ち着いた様子で再び椅子に腰を下ろし、ローズも我に返り俺の左手を引いてその前に並んだ。


「こほん、当主リール=リアタフテ様ご報告があります」

「ええ」

「本日、私ローズ=リアタフテは、こちらの真田司様と婚約の儀を執り行いました」


 あれ?俺は婚約をしたつもりは無いのだけど・・・、いつの間に成立した事になったのだろう?

 そんな疑問に襲われているとリールがこちらに優しい笑みを見せた。


「司君も、急な事で驚いているでしょう?ローズちゃんもまだ返事は聞いてないのでしょう?」

「お母様、何言ってるの⁈私との婚約を断るなんて考えられないじゃ無い‼︎」

「あらあらぁ、ローズちゃんたらぁ」


 確かにローズは凄い美少女だし、この豪邸に住む所を見てもかなり裕福な家庭なのも解るがかなりの自信だった。

 またリールの方も、軽く笑いながらも我が子の発言を正そうとはしない様だ。

 そんな様子を見ながら俺が全く口を開かないのを見て、ローズは少し不安そうな表情を浮かべて俺の顔を覗き込んできた。


「ね、ねぇ司・・・?」

「ん?」

「私と結婚・・・、してくれるわよね?」

「えっ、え〜と・・・」


 ローズのルビーの瞳が少し潤んでより輝きが増した事で、俺はそのまま何も答えられなくなってしまった。

 一瞬が永遠にも感じられる空気の中、背後にいたアナスタシアが前に進み出た。


「リール様、よろしいでしょうか?」

「ええ、構わないわよ?」

「まずは司様に召喚の件も含め、リアタフテ家の家督継承の事などご理解頂いた方がよろしいかと」

「その様ね・・・、司君もよろしいかしら?」

「そうですね、お願いします」

「では・・・」


 そこから2・3時間だろうか、リールが説明してくれた内容を纏めるとこうだ。


1 ローズとリールのリアタフテ家はサンクテュエール国の貴族である。

2 サンクテュエールの一地方であるリアタフテ領は現当主リールが治めている。

3 サンクテュエールでは、基本的に男系男子による相続のみが認められている。

4 ローズはリアタフテ家の一人娘の為、通常ローズに弟が生まれない事にはお家断絶となる。

5 ただリールが現当主な事からも解るようにここにリアタフテ家のみに与えられた特例がある。

6 10代目当主にも同じ様に男子が生まれなかったのだが、初代当主による建国時の多大な貢献が認められ起きたリアタフテ家が断絶する事を残念がった当時の国王が条件付きでの特例を認めた。

7 その条件とは後継者候補が卓越した能力を持つと認められる事と、次期当主の結婚相手を国が用意した召喚魔導師による召喚の儀によって決める事である。

8 当時の後継者候補は国でも五指に入るほどの魔術師であり能力は問題無く、当時の召喚の儀では異大陸より並ぶもの無しと轟く剣豪が現れ無事夫婦になった二人は国の発展に貢献した。

9 ローズもサンクテュエールの同年代では並ぶもの無しと呼ばれる魔導士であり、現国王の判断により能力は問題無いとの事。

10 そして今日、召喚の儀を成功させて次期当主に一歩近づいた・・・。


「どうかしらぁ、何か解らない事はあったかしらぁ?」


 じっくりと考えを纏める俺にリールが問うてきた。


「なら遠慮なく、先ずはリール様はまだお若いでしょうし、これからローズさんに弟君が生まれる可能性は有ると思うのですが、何故このタイミングで後継者を決めるのでしょうか?」

「あらぁ、お若いだなんて司君たらお上手なんだからぁ。それにリール様なんて他人行儀な呼び方はしなくていいのよぉ、ママって呼んでぇ」

「もう、お母様たらっ。私もローズさんなんて気持ち悪いし、ローズで良いわよ」

「は、はぁ・・・」


 ローズの方は兎も角色んな意味でママは無いだろし、何よりこの親にしてこの子ありだな、会話が成立していない。

 しかもリールはお若いが余程嬉しかったのか、完全に頬を染め自分の世界に入ってしまい、質問に対する答えを返してくれなかった。

 そんな状況に困惑していると、ここでも有能なイヌ耳メイドが助けてくれた。


「リール様の旦那様である『ケンイチ=リアタフテ』様は、現在国王様からの命により王国軍の将軍を為されており王都にお住まいです。またリール様も領外への移動は次期当主内定までは一部例外を除いては許されておりません。よってお二人の間に子供というのは現実的では無いのです」

「えっ?」


 リールの移動が難しいというのは立場を考えれば当然だろうし、旦那の職業も婿であるなら召喚された人間なのできっと優秀なのだろうし納得できる。

 だが今は、それよりも旦那の名前だ・・・。


「ケンイチ=リアタフテ様・・・」

「ええ、旦那様のお名前です」


 聞き間違いかと思い、質問とも独り言ともつかないように口にした言葉に、アナスタシアは答えを示してくれた。

 ケンイチというのは偉く日本人じみた名前だな。

 というか俺が召喚されたという事は、異世界からの召喚というのはこの世界では一般的な事なのか?

 そこら辺を質問しようかと思っているとリールから少しずれた質問をされた。


「司君はダーリンの事知っているの?」

「いえ、旦那様の事は存じ上げません。ただ、ケンイチ様というのは、私が生まれた国では一般的な名前でしたので・・・」

「やっぱりっ」

「えぇっ」


 急に弾む様な口調で声を上げたリールに俺は驚いて一歩下がった。


(この人、こんな声が出せるんだなぁ・・・)


「あらぁ、ごめんなさいねぇ。凄く嬉しかったものだからぁ」


 一瞬にして元の口調に戻ってしまったリール・・・、だが嬉しいとはなんの事だろうか?


「司君は日本人なのではないかしらぁ?」

「は、はい、そうですが・・・」

「やっぱりぃ、ダーリンと同じねぇ」


 話の流れから何となくは感じていたがやはりそうらしい。

 でも2代続けて婚約相手として召喚されるなんて、・・・やっぱり日本って異世界転移ブームなのか?

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