みゆいじめたら、しょうちせえへんで








東京オリンピックから5年の月日が流れた2025年、幸にもAKB48はまだ存在している。たかみなさん、こじはるさん、ぱるる、まゆゆ

、そしてさしこ。創成期、中興期を支え続けたメンバーが去って行ったこの10年、少なからず解散に繋がる時期、出来事もあったように思う。


でもAKB48ももう20年、20歳の子が生まれた時にはAKBはすでに存在していたという事実。当たり前のように時がすぎてゆく、そんなAKBGのその行く末なんてもう誰も疑わない。


存亡に関わるような不具合が発生してもまるで自動修正プログラムが作用するように何かしらの力が働き、蹴散らしながら何事もなかったかのように時は進む。

大きくなりすぎてしまった船のその推進力はもう私たちの想像を遥かに越えてしまっているようだ。







「由香ってつけるつもりだったんだよ、あの子の名前」


「だから、それはうちがつけるんやって」


「相手もいないのに良く言うよ」


「あっ、そういうこと言う?おったらどうすんのん、おったら!?」


「ほら、またむきになる。。シワ増えるよ、しわ。ここんとこ。」


自分の眉間をトントンと叩いてみせるぱるる。

そこに浮かぶいつもの笑窪にひと時心が和む。

胸元に無数のダイアモンドが散りばめられたスレトシスの真っ赤なチャイナドレス。腰骨の手前数センチ、ヒップラインぎりぎりにまで深く切り込まれた目のやり場に困るほどのサイドスリット。

純度の違うその異次元の肌の白さに溜息が重なり辺りにざわつきが広がる。


「変わんないよね、由依は・・」


「それな。そのまま返すはそのお言葉」


変わらない表情、その瞳は遠くを見つめたまま。

ここで笑うとこやろぱる、その一言が出なかった。

瞳の愁いがその表情に影を作らないのがいつものぱるる。

どんなに悲しくてもどんなに辛くても彼女の瞳の奥は何かを訴える不思議な力を持つ。

その不思議で怪しい光を私達はずっと推し量って来たんだ。


でも、一時はAKB全体をも駆逐するかもしれなかった、その得体のしれない不思議発行体は、今その光を閉ざしている。ように私には見えた。


確かに、もう邦画界では有数のアカデミー女優として君臨する彼女。おそらくここ十年は後にも先にも島崎遥香を追い落とすような人間はでてこない、それが今や日本エンターテイメント界での通説。

卒業から10年、そんな業界の片隅で細々と生きる私とはもう較べるべくもない、島崎遥香の眩しいほどの存在感。

けれど私たちは分かっていた。ぱるるが抱える心の闇を。

ママぱると呼ばれてはいけない、こころの葛藤を。。



「何やってんのよ!ふたりとも!」


誰も周りには寄って来なかった。辺りに漂う、島崎遥香というオーラが半径5メートル以内の空気を遮断する。たかみなさんも優子さんもチラチラとこちらに目線を向けるもののその距離を詰められないでいる。


でもこやつだけは違った。良いように言えば10年何も変わらない純無垢、普通に言えば成長があの日で止まっている晴香島田。


「アラサー女が顔突き合わして。気持ち悪いよ。もうアイドルじゃないんだからね、あんた達は!」


ぱるるに微かな笑みが戻る。

島田が傍にいるという安心感。アラサーであんたが未だにここにいてアイドルをやっているという意味はここにあるのかも。


「Paru一緒じゃないの?」


「凛子とこ行くって走っていったけど、楽屋の方へ」


「だめじゃない、ちゃんと見ててくれないと」


「大丈夫っしょ。だって5メートル置きにSPいるんだもん」


「でもやっぱり、見てくる」


「じゃいいよ、あんたはここにいな。見てくるから」


「でも・・」


「いいって。元々ぱるるのボディーガードみたいなもんだもん、私は」




「確かに、ふふっ」


「横山!何笑ってんだよ!」


「早く、早く。ぱるるのSPさん」


「 たくっ・・」



AKB48劇場オープン20周年記念コンサート会場、東京シティホールは開演が近づくにつれて緊張感は増していく。ネットでの島崎遥香への不穏なメッセージを受け場内は警備が強化され物々しい雰囲気が漂う


「大丈夫だよぱるる。あんたのやってきたこの10年間、何一つ間違ってないんだから。

みんなの誇りなんだから。。



それは十日ほど前の夜のことだった。

ぱるるからの突然久々のラインが入る。

ざわめくAKB最強、伝説のアラーサー九期生たち





・・だれか・・


ん。。なに?


・・たすけて。。。


えっ、ええっ・


だれ?


ぱるみたい・・


おっ、由依


あっ、島田。まりこも、おひさ。。


あいよん


で、ほんもの?これ


みたい。。


ぱる?


ぱるる?


どした、ぱる!(島田)


泣涙泣涙泣涙涙涙・・・・


やばいって、これ(麻里子)


ぱるる、どしたん?(由依)


もうダメだダメだダメだダメだ!


ぱる!やめれ!落ち着こ なっ、いっぺん落ち着け。。。(鈴蘭)





「で、第四発動になったという訳よ」


「ふ~ん、でもなんで私に連絡くれんかったんだろう。三日前も話してんのに。。」


「みんなに聞いて欲しかったんだろ。そういうとこあるし、ぱるる。」


「なんか嬉しそうだよ、島田」


「んな訳ないじゃん。泣いてんだよ、ぱるは。悩んでんだよ、ぱるは」


「いやいや、美奈の言う通りやわ。こういう事、いっつもお祭りにしてまうから。。」


「横山ぁ? 殴るよほんとに。」


ぱるるの深夜の突然の咆哮で急遽呼び出されたような形で集まった同期の面子。

20周年記念のリハでここ一か月、個々には会っているものの、こうやってすべてのメンバーが顔をそろえるのは私の卒業公演以来の5年ぶり。


「5年ぶりかぁ。。」と島田。


「5年ってやっぱり短いようで長いよな、急に会うって言うたら、結局こういうとこになるもん」


近頃では店内にチャイルドスペースが併設されている飲食店がめっきり増えた。都心の高層タワーマンションの乱立がその一因のようだけど、落ち着ける場所が失われる点だけを見ても私たち独身のアラサー女子に取っては迷惑な話。




「ごめんね、由依ちゃん。保育所も休みだし、急だったから預ける人もいなくて」

人口砂場で戯れる幼子を目で追いながらで美侑が申し訳なさそうに笑う


「あっ、違うってそういう意味で言ったんやないから。。」


「いいんじゃないの、九期会もいよいよ感が出てきて。私も連れて来るわ、今度」


「え、まりこ、もうできたん、子供?」


「だから、今度って言ってるじゃん、今度出来たら・・」


「もぅ、紛らわしいこと言わんといてて。。」


「まぁ、とにかく、許してやりな、美侑。それでなくても負け組はピリピリしてるんだから。そうやって勝ち組見せつけらると、言っちゃうんだよね、ついついそういう事。」


「島田ぁ、グーで殴ってええか?」


由依もいろいろあったもんね、こまりこの声が飛ぶ。


そうそう、いろいろあった。私の事は置いておくとして九期の秋葉のアイドル達のそれから。。

アラサーの二人、もうあと一年でアラフォーを迎える島田と私。負け組は九期で私と彼女だけ。正確に言うとぱるると三人。


中村麻里子の卒業後、テレビ局での女子アナ活動は数年で終わった。でもそこで彼女は人生のパートナーを見つけた。だから女子アナへの転身は彼女にとって成功だったのかもしれない。結果オーライ、実益を優先する麻里子にとって、ある意味それはこまりこらしいと言えば言えなくもない。


一人が勝ち組の名乗り上げると後に続くものは早かった。まりやぎ、美奈、鈴蘭、そして美侑。

先を争うように彼女たちはウエディングロードを駆け抜けた。そして結婚後もまりやぎはモデルとして、美奈鈴蘭はバラドルとして芸能活動は続けている。


でも一番驚きなのが美侑だ。卒業後、早々にAKBのスポンサーである某自動車メーカーの御曹司と電撃挙式。それに加え、驚く間もなくAKBでは花開く事なく終わった彼女の数多のアーティストとしての資質が一気に日の目を見る。元々秋元先生や一部の評価が高かったその歌を初めとするクリエーターとしての才能。それが卒業後、一気に開花する


「でもさぁ、今度の88thシングルの楽曲まで美侑が手掛けるんだよ、どう思う?」とまたまた島田。


「みんな分かっていたんや、ほんまは。何が大切で何が無駄なんか。必要なもん、大切なもんだけを残して削ぎ落していったら、最後は美侑になるいうことを。」


「それを一番見抜いていたのがぱるるということ?」麻里子が言う


「 どうやろ?そやけど美侑の歌をその感性を一番心地よく感じていたのはぱるるに間違いないやろな」


「ぱるるがずっとプッシュしてくれたからだよ、私は。 そうじゃないと、私なんて。。」


「ほら、また始まったじゃない、美侑のわたしなんて病が・・・」


「私なんて・・私なんて。。。 て言いながら、信じられないような王子様を掴んで

曲も売れて写真も売れて。今度はAKBの作曲家様やろ、あんた、ほんまにええ加減にしいや。。」


「そんなこと言ったって。。。」


「はいはい、泣きたいのはこっちの方だって。AKB勤続17年、辞めたくても辞めれない、こんな私はどうしたらいいのよ 」


みゆの背中がまた丸くなる。どんどん大きくなっていくその後ろ姿が眩しくて誇らしくて、でもちょっぴり羨ましくて。





「そこまでだよ、島田、由依! 私の美侑をそれ以上いじめたら・・・承知せえへんで! 」


少し鼻に抜けた甘く透き通った声が入口から聞こえた。

トンボ眼鏡にばさばさのワンカールボブ、生なりの濃紺のワンピースがゆらゆらと風になびく、

その裾をしっかりと握り絞めこちらを見つめる小さな瞳がちょこなんと傍らに張り付く。



「しょうちせえへんで」ママを真似て囁くその小さな口元。

ツインテールにピンクのリボン、濃紺のワンピースはママぱるとお揃い。髪の色、眼の形はもちろんの事、そのえくぼの位置までママぱるの縮小コピーのよう。


「ぱるる?」


「Paru・・・?」



五年ぶりの生ぱるる。想像していたようなオーラはそこにはない。女優さんてその時々に応じてオーラの出し入れができるって聞いたけど、ぱるるもやっぱりそうなんだろう。

でも私たちのぱるるに違いはないのに、やっぱり会うとなるとどきどきする。

10年間、みんなで共有する事がなかった様々な出来事が想いが私たちを少し身構えさせる。



「ほら、おばちゃんたちにもう一回大きな声で言ってやりな、Paru」

大きく頭を振って頷くぱるるJr.。


「しまだ!みゆいじめたらしょうちせえへんで!」

まるまるそのままのぱるるがそこにいた。研究生時代、みんなを敵に回しても一歩も怯まず、みんな辞めてしまえ、そう叫んだぱるるが確かにそこにいた。



「Paru・・・なんてそっくりなんだよ、あんたは・・」

島田の顔はもうくしゃくしゃだ。泣いているのか笑っているのかさえ分からない。


「ようこそ、九期会へ、Paru ]

鈴蘭と麻里子が笑う。


「それとあんたもや。ようこそ、ママぱる」

いやだよそんなの、いつもの懐かしい声が聞えた。変わらない眼鏡の奥に光るちょっと怪しい瞳。

一瞬で10年前のあの時に戻っていく、不思議な瞬間。



(この子の為なら全てを捨ててもいい)

今日の朝、私だけに届いたメールはまだ誰にも言っていない。

でももうそのことは今は忘れよう。


ぱるるのなかで今何が起こっているのか何に悩み私たちに何を聞いて欲しいのか、それはひとまず置いておこう。

まずはこの10年間どんな事があったのかゆっくり語り合おう。


話はそれからだ

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