菊地凛子

───菊地凛子



凛子さん!?


ステージが終わって駆けつけた時、微かな寝息を立てながらぐったりとして寝入るぱるるの傍らに菊地凛子はいた。濃紺のパンタロンスーツ、首にはあのおもてなしで有名になったスカイブルーの公式スカーフ。驚いたことに胸にぶら下がっていたIDカードはIOC公式スタッフのもの。


待っててすぐ戻るから、そう言って三年前に私たちの前から姿を消した、元AKS チーフマネージャー菊地凛子。


SNH48と彼女との黒い関係を突き止めた指原莉乃の讒言で追われたはずの日本のエンターテイメントの世界。彼女のキャリアはこの日本では跡形もなく消えたはずだった。


なんで、あなたがここにいるの、そんな言葉を私は胸の中に飲み込んだ。



「なんで、わたしが?そう思ってる?」



「・・・」



「言いたいことはちゃんと言いなさいよ、総監督」


「・・・」


「変わってないよね、あなた、それでよくまとめられてるよね、あれだけのメンバーを」


変わっていなかったこの人も。上海SNH48の奥深くに潜んでいたらしいけど、いつのまにこんな表舞台に出て来れるようになったのか。


「あんた知ってんの?」


「何をですか?」


「島崎のこと」


「・・・」


「やっぱり・・・


こんな時期にあんなことさせて、なに考えてんの、あんたたち

なんで気づいてあげないのよ

出していたはずだよ、いろんなサインを。」


言い返せなかった。以前の様に言葉がささくれだって聞こえてこない。

投げ返してくるボールがちゃんと胸のあたりに返ってくる、そんな感じがした。



「じゃあね、もう行かないと。あんたたちみたいに大手を振って歩ける人間じゃないんだから私は。」


「凛子さん」


「なに?」


「メディアに売るような事だけは・・・」


「殴るよ、ほんとに。それ以上言ったら。

私だってまだちっぽけなAKB愛ぐらい、残ってるんだから・・・」


「凛子さん・・・」


遠ざかっていく彼女の背中が小さく見えたのは気のせいだろうか。

今彼女が私たちの前に現れる意味を考えた。ここにいることの必然性を思った。

こんなところにのこのこ出て来れる、そんな人じゃないはずなのに・・・






「ぱる・・」


起きているのは分かっていた。彼女が寝息を立てて寝る姿なんてみた記憶はない。だからそれは嘘寝の類(たぐい)。自分の都合の悪い時は寝てやり過ごす。

ぱるるの処世術は嵐には立ち向かわないこと、よっぽどのことがないかぎりは。


「なんで黙ってたんや」


「いけると思ったのよ、これぐらい」


「・・・」


「ただ・・」


「ただ・・なんや」


「無理しすぎた」


「ぱる・・・」




「仕方がなかったんだよ

もう一年も前に決まってた事だし

一生に一度のオリンピックでもあることだし

いくら私でも・・・


言ってくれたんだよ

出る前に。踊っちゃあだめだって。


何もかもお見通しだったみたい

三ヶ月ということまで知ってた。



早く秋元先生になんで言わないのって。

ダメだよ、こんなことしちゃあって、怒られた。


それでなくても大事な時期なのに

お腹を締め上げるなんて・・」



「あの人が・・そんなことを・・・」



「別人みたい。こっちが何を言っても目がずっと微笑んでて。

なんか肩の力が抜けちゃって


泣いちゃったんだ、あの人の胸のなかで・・・」



「ぱる・・」



何かを企んでいたのか、

それは今でも分からない。

ただ、したたかなだけなのか。

それとも人は地獄を見ると変われるということなのか。


このオリンピックイヤー2020年の翌年、

ぱるるのマネージャーとして菊地凛子は日本のエンターテイメントの世界に復帰する。そしてのその春にぱるるは元気な女の子を出産。

名前はParuと名付けられた。目はぱるると少し違って切れ長。でも笑うとえくぼの位置がママとそっくりで、泣いても笑っても可愛いは正義の遺伝子を。 


そして2026年、その子は菊地凛子の養女として5歳の春を迎える。


それがParustoryの始まり。



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