誤解

坂本蜜名

家庭教師と生徒

「今日で、最後だね」

優しい笑顔でそう言われ、思わず泣きそうになる。

「先生……ありがとう」

「君が頑張ったからだよ。……よくやった」

いつもと同じように褒めてくれて嬉しいけれど、そこに越えられない壁がある気がする。志望大学の合格通知を受け取ったことを報告し、一緒に喜び合ったのは先週のことなのに、それがもう遠い昔に感じられた。

「あの、あのね、先生。来週、えっと、その、お花見いきませんか?」

勢いよく言ってから、急に恥ずかしさがこみ上げてきて思わず俯く。

「え?」

案の定、先生は戸惑ったようにこちらを見つめている。

「だって、家庭教師は、今日で最後、だったら、来週は、どうするのかなって思って」

「あー。そうだね、来週は確かに、予定はない、かな」

その言葉に、跳ね上がるように顔をあげた。

「じゃあ!」

「でも、ごめん。お花見には行けないな」

希望を打ち砕く言葉は、真剣な声で紡がれる。その声色だけで、何となく察しはついたが、すぐには受け入れられない。

「え?なんで?」

「うん、ごめんね。君に言っていなかった僕がいけないね」

困ったように微笑まれ、たじろぐ。それでも、聞かずにはいられなかった。

「もしかして……恋人、いるの?」

薄々、そんな気はしていた。以前から先生の服に、ほのかにバラの香りがついているのに、気がついていたから。

「うーん、恋人がいるというか……」

「先生、あのね。二番目でもいいよ?」

言葉を濁す先生を遮り、そう言ってみる。とたんに、先生の眉間に皺が寄った。

「そんなこと、言うもんじゃないよ。二番目、なんて」

キッと険しくなった目つきが、こちらを見つめる。その視線だけで、心臓が跳ね上がってしまうのを、先生は気がついていないのだろうか。

「君には、君のことを一番に思ってくれる人がきっといると思うよ。僕の大切な教え子は、とても素敵な人だからね」

でも、それは僕じゃない。と先生は言外に言っていた。それがわからないほど、子どもじゃない、と分かっているんだ。

「先生……ずるいよ」

それでも最後の抵抗として、そう拗ねてみせる。先生はやっぱり困ったように笑った。

「ごめんね。君の誤解を招いてしまったのは、僕のせいだね」

「誤解?ってなに?」

先生の言い方に、ムッとして言い返す。この気持ちが、誤解、だっていうの?

「あー。言葉で説明するより、こっちのがわかりやすいかな」

そう呟くと、先生はおもむろに手を握ってきた。

「えぇ?」

その行動に驚きながらも、鼓動はさらに加速する。握られた手は、先生の胸元に導かれ、そして――ふにっ

「……え?」

指先に触れた感覚に、戸惑う。それはささやかだけれど、確かに柔らかな感触だった。

「つまりね、僕、という一人称を使っていたせいで、誤解させてしまったけれど、生物学的には女、なんだよね、僕は」

驚きのあまり固まってしまったが、それは先生のほうも誤解しているとわかったから。

「先生、俺のこと、女だと思ってたの?」


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誤解 坂本蜜名 @mitsuna

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