謀略

 瑠海達三人が辿り着いた城の周りは、国王軍と近衛隊が入り乱れ、互いに牽制し合う一触即発の緊張感に包まれていた。


 王の兵に追われながらも、密かに城内へ入ろうと隠れていた彼等を、町の者達が匿ってくれた。城の異常事態に彼等は動揺を隠せず、長老の家に集まっていたのだ。


「ワシらにも詳しい事を教えてもらえませんか?」


 長老の言葉にエドが表情を堅くして言った。


「殿下が昨夜、お亡くなりに。それで国王陛下がランドー様を更迭なさいました。」


 どよめきと共に深い悲しみと戸惑いが彼等の間に流れたが、やがて一人が立ち上がった。


「ランドー様をお助けしよう。今まで受けたご恩に報いるのは今しか無い!」


「そうじゃ。あの方ほどワシらの事を分け隔て無く思うて下された方はおらぬ!」


 エドも彼等の言葉に顔を輝かせた。

 しかし、瑠海はそんな彼等に青褪めた顔を上げた。


「待って下さい。早まった事はしないで。相手は武器を持った国王軍です。ランドーもあなた方の安全を第一に思っているはずです。」


「ですが、巫女様。ワシらはランドー様の一大事を放ってはおけません。」


 長老の真剣な様子に彼女は静かに答えた。


「あなた方の気持ちは泣きたくなる程嬉しいの。でも、あなた方が巻き込まれる事を彼は決して望んではいません。逆にそれを一番恐れているのです。お願いです。」


 瑠海は必死に涙を堪え長老達を見た。


 柱の影から出て来た黒ずくめの男を見ると エドは安堵の表情を浮かべた。


「隊長。」


 無表情のままその男は瑠海の前に跪き深く頭を下げた。


「瑠海様、ご無事で何より。」


 彼はランドーの懐刀とも言われているお毒見役のラキアと言う男だ。瑠海が初めて詰め所に行った時、二人の未来を揶揄する様に言った男である。鋭い洞察力と的確な判断力で彼はランドーからも絶大な信頼を得ている。


「長老方もこの方の指示に従って下さい。ここで騒ぎを起こしては陛下の事だ、皆殺しも有りえる。とにかく時を待ちましょう。」


「ラキアさん。ランドーは無事なの?」


「ご心配には及びません。」


「ガードナー達は、どうしていますか。」


 エドの言葉に、


「不穏な動きを見せて、相手の警戒を強める事だけは避けろと言ってある。」


「殿下がご自害なさったと言うのは、本当なの? 私、どうしても信じられない。」


 瑠海の言葉にラキアは一瞬目を伏せたが、やがて小さい声で言った。


「ランドー様に留守を仰せつかっていながら申し訳ありません。ただ、陛下が妙な事をおっしゃっていたので……」


 言葉を濁したラキアに近衛兵がすかさず、


「それは私も聞きました。殿下はランドー様に裏切られた傷心の末のご自害だと。」


 瑠海は思わず息を止めた。


「どう言う事? まさか本当に謀反って事?」


「いいえ、そうでは。殿下がご婚儀を事更にお断りになられるので、陛下がその理由を問い詰められたところ、ランドー様を、あの方が瑠海様をお選びになり裏切られても、それでも愛している、許して下さい、とその場で素早く剣を抜きご自害なされたとか。」


 近衛兵の言葉にその場にいた町の者達は唖然とした。瑠海も言葉を失い凍り付いてしまった。それを見たラキアがすかさず否定した。

「瑠海様! そんな讒言をよもやほんの少しでもお信じではありますまいね、方々も! 全て偽りです。」


 エドの強い口調に瑠海はハッとした。


「ごめん。驚いただけ。そんな低俗な嘘を言いふらすなんて陰謀じゃない。きっと神をも恐れぬ大罪だって槍玉に挙げられてる。全部でっち上げでも、彼は責任を感じているわ。」


 瑠海は立ち上がった。


「二人の名誉をただ踏みにじるだけが目的としか思えない。こんな卑劣な事は絶対に許せない。みなさん、真実を突き止めるまでは決して動いてはなりませんよ!」


「とにかく早くランドー様の元へ。他の事に関して、特に殿下の事となると身を犠牲にしてまでもと言う神がかり的な強さを発揮されるランドー様ですが、その殿下が何の前触れも無くお亡くなりになられた。どんな心持ちでおられるかと思えば少し心配です。」


 瑠海はラキアに小さく頷いた。



   


 先に城に戻ると言ったラキアと別れ三人は、エドの提案により小船で海から回り込む城内侵入経路をとった。


「着きました。瑠海様。」


 エドは、幾重にも重ねられた魚の網の中から出されて大息を付く瑠海に手を差し伸べた。


 目の前に広がる廃虚と化した街は先代の王の時までそこが中心地だった所だ。今は封鎖され誰一人住んでいないとか。


 右手に見える丘の上までの斜面をそのまま利用して建てられた石造りの広大な屋敷跡。栄えた頃には、それは見事な眺めだったに違い無いそこも、植物と瓦礫に埋もれ、昔の面影を微かに残しているに留まっていた。


 三人は崩れた石段を登り、覆いかぶさる様に生えた木々の間を登って、やがて屋敷跡に差しかかった。正面の扉に彫られている紋章に瑠海は思わず目を止めた。あのベッドの足の下に隠されていた絵に書かれていた物と同じ様な気がしたのだ。


 全てが石造りの為、屋敷は屋根も柱もしっかり残っていた。摺り減った石が敷き詰められた廊下には小さな窓しか無く、暗い室内には草も木も入り込んではおらず、時は扉を閉めたその時のままに止まっている様だった。


「別宅と繋がっているって言ったけど、廊下の突き当りのあの大きな扉がそうなの?」


 瑠海の問いにエドは頷いた。


「ランドー様は、広い屋敷は要らないと、あの扉を閉めて使っておられたのです。」


 親衛隊の兵士は、辺りを注意深く見ている。


「どうやって中へ入るのだ? 妃殿下は城の奥まったお部屋で殿下に付き添っておいでだ。城の内も外も警備が厳重で、如何様にしても入り込む事は出来そうに無いが。」


 エドは、建物内に何の気配も無いのを既に確認しているのか、変に緊張もしていないが、彼の言葉に眉を顰めた。


「霊廟ではないのですか?」


「ご自害故に、致し方ないのだ。」


「具体的には何処ですか。お教え下されば、地下の抜け穴を使って誰にも見られる事無く入って行けると思います。」


 そう話して歩きながらも、エドは瑠海が遅れ始めているのに気付いた。


「大丈夫ですか? 少し休みましょう。」


「ごめんなさい、急に気分が……」


 エドは、汗を滴らせて苦しそうに肩で息をする彼女を心配そうに覗き込み、彼女の肩を支えて腰を下ろせそうな場所を探し座らせた。


「ランドー様の身を案じておられるのですね。こんな事になるなら……私が囮になってお二人を逃がしていればよかった。」


「いいえ。彼は顔を知られ過ぎているわ。逃げたとなれば城に残っている人達が何をされるか分からない。それに、彼に漁師の真似は無理よ。あなたがいてくれて本当によかった。ただ、彼がどうしているかと思うと……早く行ってあげなくちゃ。」


 静かに瑠海は立ち上がろうとしたが、再び襲った激しい目眩がそれを許さなかった。あの塔で起こった現象の前触れと似ていた。


「瑠海様は、私がこの身に代えても必ずお護りします。ランドー様もきっとご無事です。」


「有難うエド。本当に。」


 瑠海はそう言いながらも、空間に充満する無数の人のざわめきに似た音を聞いていた。まるで昔この場所で行われた晩餐会の席に座っている様な。それは益々大きく響きつつある。何かが起こる、そんな漠然とした予感が有った。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る