第四章 仮初の平穏


 王子の誕生祝賀会は予定通り行われ、祝いに集まった人々は厳選された料理と、趣向を凝らしたもてなしに満足な様子だった。本国からやってきた彼の実母である王妃も、久し振りに会ったシャルルと嬉しそうに話しをしている。


 ランドーが皇太子の名で御触れを出し人魚や海の怪物の話題は町でも禁句とされ、暫く経つ内にみんな徐々に忘れて行った様だった。


「ところで財務大臣のお嬢様にはもうお会いになった? 陛下は、隣国の姫がいいとかおっしゃっていたけれど。私はあの子の方が貴方には合うと思うのよ。」


 財務大臣の娘と言うのは、隣国の姫と並ぶ、シャルルの后候補の一人とされている国内随一の美貌と、知性の誉れ高い女性らしい。


 参列者も、ホスト側の関心事もその一点に有ると言っていい。しかし、なぜか当の王子はあまり乗り気でないらしく、王妃の言葉に眉間にシワを寄せた。そして会場内を見回し、接客中のランドーを見付け、


「母上のお眼鏡に叶った女性なら素晴らしい方に違い無い。それより、フィリップの方が、母上に紹介したい娘がいる筈ですよ。」


 彼は上手く話題をすり替えようとしているらしい。


 当のランドーは招待客の奥様お嬢様方に囲まれ、身動きが取れない愛想笑いも硬直状態だった。呆れながらも遠くから声を掛けると、振り返った彼は、助け船とばかりにその場を脱出し、足早にやって来た。


「殿下、何かご用でしょうか?」


「其方と瑠海の事を、母上にもご承諾頂こうと思っていたのだ。瑠海は何処だ?」


「……殿下?」


 ランドーは、こんな場面でどう言うつもりなのか、と目配せ。

 この際、公にしてしまえ、と返すシャルル。


「まぁ、フィリップ。貴方に心に決めた方が出来たと噂に聞いたけれども、本当なのね。嬉しいわ。早く紹介して頂だい。」


 王妃は、年に似合わぬ無邪気さ溢れる満面の笑みでランドーを見た。少し困り顔になったものの、シャルルの悪戯顔の裏に隠れる思惑に溜息を吐く。ランドーのあわよくば秘密を押し通そうとする態度を批判しているのだ。


「分かりました。それでは少しお待ちを。」


 ランドーは一礼すると、庭園の給仕役に就いているはずの瑠海を探した。


 彼女は噴水の側で、地元でもケチで有名な商人、ガーラントと話しをしていた。彼女としては赤ら顔で出っ腹だが、どことなく憎めないこの男の外国を旅した話しが面白くて、つい給仕の仕事も放ったらかしにしてしまっているのだ。


「お話中失礼。瑠海、ちょっと話しが有る。一緒に来てくれ。」


 ランドーに話しを中断されながらも、反対に卑屈とも言える程腰の低い態度のガーラントに謝りながら、彼の後を追い掛ける瑠海。何の用なのか見当も付かない。


 ランドーは、別宅に入ると正式な甲胄に付け直した。そして、


「お前も正式な方のドレスに着替えろ。給仕の仕事はもういい。」


「えっ……でも……何なの?」


「殿下が、妃殿下に私達の事を……」


「喋べっちゃったんじゃないでしょうね!」


「冴えているな……正解だ。」


「腹を据えろって事ね。でも……」


(何でそんなに改まった格好をしなきゃならないのよ。お披露目とか大袈裟な事を言い出すんじゃないでしょうね。厄日だわ。ランドーは仮にも王子の従兄弟だし。相手が私みたいな小娘だと知ったら、妃殿下はきっと吃驚仰天なさるに違い無い。目に浮かぶ。)


「気が進まないなら、断ってもよいのだ。」


「いつかは分かっちゃう事だから、殿下も悪気が有って言われた事では無いと思うの。むしろ、その逆……でもちょっと、もうちょっと捻って欲しかったかも。」


「いや、正にこの時しか無いと言うご判断だが、殿下の性格を、見抜いたような言い方だな。何にしても不意打ちだ。自分の事に触れられたくないから、こっちに叔母上の注意を向けようとなさったのだ。」


 二人は同時に溜息を吐いた。


 話しを聞いていたマリアに着付を手伝ってもらい、結い上げた髪にあの髪飾りを留めランドーに見せると、彼は満足そうに微笑んだ。


 ところが、支度を終えて二人が庭園に戻ってみると、列席者は誰もいなくなっていた。護衛に就いているガードナーに聞くと、シャルルに案内され全員入り江方面へ移動したらしい。


 何故場所をわざわざ入れ替えてまで、と思ったが、とりあえず後を追う事にして、自分の左手にドレスに着替えた瑠海を立たせ、ランドーは目を閉じ深呼吸をした。

 左腕に手を添えろと言われ、彼に従いながらも、何か有るとは思っていたが、その緊張気味の彼の様子に少なからず彼女は入り江には行きたくないと思ってしまった。


「……どうしたの?」


 ついじっと見ている自分の視線に気付いて見上げた瑠海の顔を覗き込むと、彼は何の前触れも無く紅を引いた唇にそっとキスした。

 驚いている彼女に彼はやたらと触りたがる。


「すまん、砂浜が突然競技場に変っても驚くなよ。いわゆる一つの風習だから。」


「……何が有るの? 何となく分かる気がするけど。」


「つまり、お前との事を皆の前で公認にしてもらう為の、古くから行われている儀式だ。」


「儀式で競技場なの? それで甲胄なんて着けて、まさか決闘とか言わないでよね。」


「そのまさかだ。まぁ形だけだけどな。」


「誰がそんな風習作ったのよ?」


「元々は父親の為の儀式だったのだ。可愛いい娘を突然現れた何処の馬の骨かも分からん男に嫁がせたいものか。その場でその娘の愛する男が負ければ婚約は無効。身体を張って娘を守れん弱い奴には嫁がせられんと言う事なんだ。万が一、決闘に名乗り出た娘の毛嫌いしている影の想い人が勝ったりすれば、悲劇だな。その者と娘は結婚しなければならない。恋人の負けは絶対無しだ。」


「婚約を公認にしてもらう為の儀式なのね?」


「そうだ。」


「……交際じゃダメ?」


「ダメ。」小さく首を横に振るランドー。


「教会で私達が誓い合って記したあの宣誓書は、殿下のお印を頂いた格式有るものだ。遅かれ早かれ私の立場では公にしなければならない事柄なのだし、私の出来る精一杯の形でもある。それとも、不服なのか?」


 瑠海は、彼が王族だと失念していたのかもしれない。彼の存在それ自体が人民に対して影響力が有るのだ。それは彼が培ってきた信頼と言うものも合わさっているが、彼はあの宣誓文を以て国家に対して改めて忠誠を形にしたと言える。それは彼と共に歩むと誓ったあの時点で自分にも課せられた事なのだ。


 怪物にも動じない彼が、何処か不安げに自分を見ている事に瑠海は気が付いた。


「不服なんてとんでもない。ただいきなりだったから、整理が付いていないだけ。殿下の祝賀会にかまけて棚上げしてあったのを殿下に、ちゃんとしなさいって言われた感じかしら。」


「実は私もだ。殿下の事だからきっとずっと観察されていたのではと……」


 これからの道程も順風満帆とは行かないだろう。でもこの人となら歩いて行ける。そう彼女は思った。


「ずっと一緒よ、だから大丈夫。」





 風光明媚な入り江は、長年の封印を解かれ、人魚を見せる為の場所から、瑠海の提案で景色を楽しむ場所に改装されていた。確かに洞門から見える青い海は波が煌めき果てない世界へ続く事を連想させ見ていて飽きない美しさだった。


 列席者の歓談の場所として大型の日除けとベンチが設けられ、砂で靴が汚れない様に板張りの小道が造られていた。白い砂浜は入念に掃除され、木の枝一本落ちていない。まるで生まれ変わった様に明るく、城で噂される禍々しい呪いの事など無かった様に人々を迎え入れていた。


 その真ん中のやや高い所に、見覚えの無い玉座が鎮座していたがまだ誰の姿も無かった。


 何時の間にこんな物を、と思いながらランドーと瑠海が入って行くと、一斉に視線が集まった。


 明るい日差しの下で着飾った紳士淑女の衣装も色鮮やかに眩しく、輝く様な景色だった。


「ここをデザインしたのは私なのよ、立派に競技場になってるわね。おまけに天覧席まで急拵えされてる。あなたの責任は重大よ。失敗したら公開処刑同然だわ。」


「公開……確かにそうだ。話しておかなかった私も悪い……」


「ドルーチェの事を本当は根に持っていらっしゃるんじゃないの?」


「それは無いと思うが……完全に肩代わりだな。」


 二人の到着を待っていた様に王妃が徐に席に着き、会場内に拍手が起こった。国王の姿は無く、シャルルも着座していなかった。


 日除けの中に入ると、案の定シャルルが満面に笑みを湛え二人に歩み寄り声高に言った。


「この者達の婚約に、物申す者はおらぬか!」


 台本は本人達に何の相談も無く、暗黙の了解の元、既に出来上がっていたようだ。


 シャルルがランドーのマントを外し、用意されていた模造刀を手渡した。他にも参加者の為か数本が用意されている。怪我人を出すまいとの配慮だろう。


 本来なら、女性の父親が形式だけの決闘をするのが定版だが、この場所に瑠海の父はいない。最も平和的に誰も手を上げず、すぐに終わる筈だった。ところが、前に進み出た者が五人。シャルルはその面々を見て驚いた。何れも金持ちの諸公が雇った猛者達だった。


 貴族の娘らしい三人が声を揃えて言った。


「私達は、認めて差し上げなくってよ。」


「その異国の姫は、巫女であらせられるとか。その巫女姫、私が貰い受ける!」


 そう言ったのは、国内でも有数の豪族の当主だ。相当の入れ込み様なのは確かだが、密かにまだ異国の姫と噂されているとは、と瑠海は心の中で溜息を吐いた。それに女の自分の意志は全く考慮されない情け無さ……


 見ている内に、どんどん人数が増えた。あの出っ腹の商人ガーラントまでいる。


「ランドー。大丈夫なの?」


 瑠海の心配顔に、舞台を御膳立てした張本人シャルルが代わって答えた。


「心配か? 任せておけ。レアエンド随一の使い手のだ。しかと見ておけよ。」


「剣の舞、ですか?」


 シャルルは、瑠海に自分の事でもないのに自信たっぷりの笑みを投げた。


 砂浜に進み出たランドーは、居並ぶ挑戦者に向かって偽剣を構えてみせた。


「どなたからお相手致そうか?」


 吹き抜ける青い風がランドーの髪をなびかせる。その立ち姿に溜息をつく女性達。瑠海は彼女達のあまりに素直な反応に呆れ、後へ下がった。


 シャルルは彼女の様子に、少し口元に浮かべた微笑みを押し殺し、横に並ぶと、


「身体はもう痛まないか?」


 時折見せる年相応の彼の表情に、誰もが心を許してしまうだろうと、瑠海は思っている。


「はい。」


「其方も、忙しくしている様で、中々話せなかったな。今となってはあの日々の全てが夢だった様な気がする。私が招いた事だが、フィリップにも心配を掛けてしまった。これでも反省しておるのだ。」


「……ご心配、感謝致します。ケガと言っても背中の打撲だけですから。跡も段々に消える筈だとゲイリー先生に言われました。」


「そうか……それを聞いて安堵致した。」


 シャルルは、何か他に言いたそうだったが、思い直したように胸に手を当て、


「私はきっと、アレとお前が仲良くしているのを見て、私も近しく成れたものだと勘違いしてしまっていたのだろうな。本当に姉妹の様に見えたのだ。見ていて楽しかったぞ。」


「有難うございます、殿下。」


「フィリップのあの慌てた顔は本物であった。ああ、これが見たくて私はこんな愚か者を演じているのかとはっきり分かったのだ。その点でもお前には感謝している。いつの間にかあれは行儀のいい護衛のように距離を置く様になっていたからな。」


 シャルルは頷くと天幕の下の王妃に手を振り、瑠海を彼女の元に連れて行った。


「母上、これがフィリップの想い人、文月瑠海です。瑠海、私の母だ。」


 王妃は聞いていた年よりも随分若く見えた。瑠海は愛想よく笑うとお辞儀をした。


「初めまして妃殿下。瑠海と申します。この度は、お会い出来て誠に光栄です。」


「貴女がフィリップの……異国の方とは聞いていたけれど、見事な黒髪ね。」


 予想通り、王妃は咄嗟に言葉も無く彼女の顔を見ていたが、急に口元に笑みを浮かべ、突拍子も無い事を言い出した。


「大丈夫よ。フィリップなら誰にも負けません。例え片腕を無くそうとね。」


 さすがの瑠海もあまりに突飛な比喩に固まった。


「それを言うなら、母上、片目を抉られようとです。……瑠海、ただの冗談だぞ。」


「ごめんなさいね。婚約の儀式では精一杯不吉な例えをわざと口に出して言うのよ。そうやって魔を払うとされているの。」


 確かに古い祭りではそんな事も有るらしい。


「この国の習慣も何も分からないものですから、いきなりの事でかなり戸惑いました。そうですか、究極の不吉な言葉……つまり、彼が半身付随に成ろうが、首を落とされない限り絶対に負けないと、こんな具合ですか?」


 それは幾ら何でも酷かろう、とシャルルと王妃から申し入れが入ろうとした時、不意に背後から現れた気配に瑠海はビクリとなった。


「中々にして気の利いた言葉だな。」


 声を掛けられ驚いて振り返ると、三人の後ろに髭を蓄えた大柄な男が立っていた。荘厳とも言える衣装。後ろには私兵が控えている。


 遅れて王の到着を知らせるラッパが鳴った。


「陛下。何時お着きに?」


 王妃の言葉に、会場にいた全員の視線が彼に集中し、一斉に深々とお辞義をした。


「たった今だ。余をこんな楽しい催しに除け者とは意地が悪い。なぁ、フィリップよ。」


 ランドーは武器を下し跪いている。


「陛下、お越し頂き、感謝します。」


 王は眉を顰め、辺りを見回した。


「よい、続けよ。それにしてもこの入り江を儀式の場に仕立てるとはのぉ。勝手な事をしおる。」


 彼の声に錆びの様な響きが有る為か、瑠海には何かを含んだ様に聞こえてならなかった。


「フィリップ、久々に其方の剣技見せてもらおうか。列席者をがっかりさせぬ様にの。」


 国王は王妃の隣に腰を下ろした。


 ランドーは、気分を改める様に紐で長い髪を後で束ねた。次に前を見た時、彼の目付きは騎士のそれに変わっていた。


 体格的にも彼に並ぶ者は稀なのだが、腕自慢の男達は上背も彼と大して変わらないように見えた。ランドーはゆっくり剣先を上げ、構えながら彼等を見て笑みを浮かべた。


「面倒だ。全員一度に掛かって参れ。その代わり手加減は出来んぞ。」


 彼の言葉に挑戦者達は一瞬騒然としたが、中でも粗野な印象の強い男は鼻息も荒くランドーを睨んだ。


「その言葉後悔すんなよ。オレは姫なんぞ欲しくは無ぇ。国一番と噂されるアンタを叩きのめしてみたかっただけだ!」


 そう吐き捨て、踊り掛かってくる雇兵の棍棒を簡単に受け止め跳ね返すランドー。

 瑠海は隣に立っているシャルルを見た。


「殿下、使っている剣は木製ですよね。切れないとしても誰かがケガでもしたらと思うと、気が気ではないと言うか、その……」


「野蛮に見えるか? 許せ。いつかは通らねばならぬ関門だ。フィリップの事は心配要らぬ。この機にどれだけの男振りか見ておけ。」


「心配の方が先で……」


 瑠海はシャルルの嬉しそうな視線の先にいるランドーを見た。かちあう武器の鈍い響き。飛び散り舞い上がる砂。身のこなしも軽やかに挑戦者を次々に倒して行くランドー。見ている女達は溜息吐息状態だ。シャルルにとってランドーは自慢の兄なのかもしれない。とは言うものの、映画なんかで見る映像は、誰かが血を流してもそれは偽物なのだ。しかし、命の遣り取りまでは行かないにしても今目の前のこれは使う物が木刀としても本物だ。


 瑠海は改めてシャルルを見た。


「殿下。有難うございました。この様な機会をお与え頂いて。司教に託された御印の事も本当に感謝しています。」


「当然の事だ。気にするな。」


 初めの内は、気が気ではなく生きている心地がしない瑠海だったが、暫くすると彼の並外れた身体能力に、シャルルがいかにも優雅なの様だと言わんとした理由が分った。ランドーの場合、剣の技だけではこうも行かないだろうと言う攻撃を繰り出す。体術もかなりの技を備えているのだ。


「瑠海さん。貴女を見ていると何だか懐かしい人を思い出すわ。とても雰囲気が似ているの。あの子が貴女を選んだ訳が分かったような気がするわ。」


「……それは、どなたなでしょうか?。」


「聞かぬが花と言うものだ。いずれ分かる。」


 そうこう話しをしていると、砂浜でどよめきが起こった。


 瑠海は思わず立ち上がった。


 砂浜に転がる挑戦者達。勝負はあっと言う間についてしまったらしい。


「見逃したな。」


 瑠海は武器を納めて立っているランドーに駆け寄った。彼は息を少し乱し、何事も無かった様に瑠海を抱き寄せると何の前触れも無くキスをした。口惜しそうな声が上がったが、瑠海の耳には入らなかった。


「これで儀式は終わりだ。怖かったか?。」


「決闘なんてもうごめんだわ。」


 彼は少し笑うと、


「これで公認だ。誰にも文句は言わせない。」


「お姉様はいらっしゃらないの?」


「いつも遅れて来るのだ。困ったものだ。」


 ランドーは王とシャルルの前に進み出た。


「瑠海、よかったな。昔から、後から叩かないと前へは出ない性分なのだ。許せよ。」


 シャルルはマントをランドーに渡した。


 王が手を叩きながら立ち上がった。


「見事だった。我が名に於いて二人の婚約を、差し許す。」


 歓声と共に拍手が起こった。


「剣を握ると正に鬼神の如しだな、フィリップ。」


 王に頭を下げるランドーと瑠海。やはり王の声には苦手な響きが有る。ざらりとした泥とでも言うのか、どうしても嫌な感覚が拭えない瑠海だった。初対面の相手に対して先入観も無いと言うのに、自分はどうしてしまったのかと彼女は顔を上げられなかった。


 王と王妃が入り江を後にし、シャルルは得意げに挑戦者達の雇主達を振り返った。皆口惜しそうではあったが、ランドーの見事な立回りに納得の様子だった。


「ランドー様……」


 ようやく起き上がり声を掛けて来たのは、挑戦者の中に加わっていたガーラントだった。彼に手を貸しながら、


「何のつもりだったのだガーラント。」


「瑠海様をあわよくば後沿いにと思いまして。中々ユニークな発想をお持ちで、一緒にいさせて頂くと若返ります。」


「誰とでも打ち解けて話せるのがこれの徳の一つだ。商売向きと考えたな。」


 シャルルの笑顔にガーラントは驚き、


「いつの間にか、お二人も仲直りですか?」


「波風立たなかったこの国にも新しい風が吹いた。瑠海のお陰だ。」


 ランドーは照れ笑い状態の瑠海に呆れ顔。


「ガーラントさんは、お二人とは長いお付合なのですか?」


「フローラ様のお輿入れの際も、うちで全てのご用意をさせて頂きました。」


「例の花の種は、ガーラントの店で買った。」


「花の種? 何の話しだ、フィリップ。」


「素直で可愛らしかった頃の話しです。」


 そう言ったランドーを、眉間にシワを寄せ見ていたシャルルは、思い付いた様に瑠海を見た。そして得意げに目を輝かせた。


「知っているか? ミミズと言うのはな、生命力が強くて、干乾びていても水を掛ければ元に戻るのだ。なぁフィリップ。」


 その言葉に、さすがのランドーもどうしようも無く堪えられず笑みを漏らした。どう反応していいか躊躇した瑠海の後ろから、別の女性が話に割り込んで来た。


「まぁ、そうなのですか?」


 その豪華なドレスの見知らぬ女性に、四人は驚いて振り返った。


「失礼しました。その方のお話が面白かったのでつい。殿下、お目に掛かれて光栄です。」


 彼女はランドーに深々と御辞儀をした。


 一同は彼女の間違いに言葉を失った。


「ご、ご紹介申し上げます。こちらは隣国オルドランドの姫君、ソフィー様です。」


 遅ればせ鳴物入りで駈け足登場したのは、出番の少ないシャルルの執事、ルカーだった。


 ランドーは彼女の前に跪き頭を下げた。


「姫、私はフィリップ・ランドーと申します。こちらがレアエンド皇太子シャルル・ロッシフォール殿下です。お越しになられるのを心よりお待ち申し上げておりました。」


 まっ赤になってシャルルに向き直り、改めて挨拶をするソフィー。


「こっ、これは……大変失礼致しました。」


「お気に召さるな。それより、遠路はるばるようこそおいで下された」


 シャルルは、少々不機嫌そうにしていたが、すぐに笑顔に戻り、歓談中の王妃の元へ彼女を連れて行った。


 二人が離れてつい溜息が漏れる瑠海。


「あなたを殿下と間違えるなんて。気持ちも分かるけど。思いっ切り気まずい雰囲気ね。」

「一番お嫌いな間違われ方だ。しかし、少しは大人になられた様だ。」


「お怒りになられなかったものね。こんな所にもう一人の候補のお嬢様まで登場しないでしょうね。想像しただけで面倒臭い。」


「長居は無用と言う事だ。行くぞ。」


 ランドーはシャルルを一度振り返り、小さく手を振り入り江を後にした。





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