友の情
「……何の騒ぎだ。」
不意に天蓋の中からシャルルの声がした。
「殿下。申し訳ございません。起こしてしまいましたね。ご心配されるような事は何もございません。」
「瑠海か。」
「はい……」
「ずっとそこに?」
「いえ、ランドーが一晩中付き添っていました。私は今来て交代したところです。」
「フィリップが? 瑠海、私はどうなってしまうのだ。先程まで体中が岩の様にひび割れて行く様に痛かった。関節の節々がまるで石で出来ている様にきしんで動かせなかった。」
「熱のせいです。でもそれは、殿下ご自身がお身体のお力で戦っておられた証拠です。」
「あんな針一本で倒されようとは……」
「毒が有ったんです。無理も無いですよ。ゲイリー先生がもう一度解毒の方法を探すとおっしゃっていました。ハーブ茶でもお召し上がりになりませんか?」
部屋の中には茶の香りが充満していて、誘わない訳には行かないが、YESの答えなど期待していない瑠海だった。ところが、
「ああ。頂こう。」
シャルルの答えに一瞬驚いてしまったが、瑠海がそっと覆いを開けると、ベッドに半身起こして顔色こそ優れないが彼は座っていた。
近くに有ったショールを羽織らせ、お茶を手渡した。彼の手はとても白く華奢とさえ言えた。
「懐かしい香りだ。子供の頃よく遊んだシロツメクサの草原の匂いがする。」
「この辺りにも咲くんですか?」
「あの丘の上辺りだったか……私が7つ、フィリップが12歳。幼かったな。勉学を怠けては連れて行けと言ってよく困らせた。」
「お二人は幼馴染みなんですか?」
意外な事を言われたと瑠海を見るシャルル。
「……何も聞いておらぬのか?」
「何もって……何をですか?」
入り江で人魚の世話をする彼女は、彼に遠慮の欠片も無い要求を突き付けた。
飼育環境改善とか言って、流れ込む外海からの新鮮な水の為に古い柵を補修し、水通しを良くしろに始まり、栄養が偏らない様にドルーチェが食べる魚はもちろん、食物繊維たっぷりの水草を赤白黄緑揃えてもっと集めて取って来いだの、寝床を作る為の柔らかくて丈夫でおまけに長い海草を用意しろだの、極めつけは閉じ込められている人魚の心理面を慰める為の、彼女が見ていて飽きない綺麗で可愛いウミウシが欲しいだの……言いたい事を言い合い、距離が格段に近付いた事は確かだった。
「私達は従兄弟同志なのだ。私とフィリップ、それからあれの姉とは何をするにもいつも一緒だった。だが、私の長兄が亡くなって、私が皇太子になり、あれの姉が嫁いだ時から殆ど職務以外は口をきいてくれなくなった。」
「従兄弟なんですか……それで別にお屋敷まで。ただのご家来にしては破格の扱いかなって、いつも思ってました。」
「お前は面白いな。真っ直ぐで裏が無い。」
「それって褒めてるんですか? 殿下。」
「私はどうかしていたのだ。人魚にも確かに心が有るのだと、分っていながら気付かない振りをしていた。認めれば飼うなどと言う残酷な事など出来なくなるからな。」
「……ドルーチェが初めて入り江に現れた時、私に友達に成ってくれって言ったんですよ。だから、殿下も彼女に頼めばよかったのに。」
「何故それを一番先に言わぬ。いや、アレの返事は否だろう。でなければ噛み付いたりはしなかった筈だ。」
瑠海は、ドルーチェが驚いた犬の様に王子の腕に牙を当てた瞬間の事を思い出していた。彼は、これまで生き物を飼った経験が無いのかもしれない。彼等が日常接している慣れた馬でさえ、いきなり近付くと後ろ蹴りを繰り出すのだから。
王子としての自尊心は人ではない生き物に対してもそんなに軟に働くのだろうか。それ故の抜刀だったのだろうか。少なくとも同等と思っていなければそうはならないと思うのだが。
「でも、触ってくれたじゃないですか。」
そこへゲイリーが入って来た。シャルルが元に戻って、あまつさえベッドに掛けてお茶を飲んで話しをしているのを見て驚いていた。
「殿下……お話中失礼致します。瑠海様、ランドー様がお待ちです。お早く。」
シャルルの話しをもっと聞きたかったが仕方が無い。瑠海はシャルルに一礼した。
「また今度ゆっくり聞かせて下さい。」
そう言い残し、一礼すると瑠海は部屋を出て行った。
シャルルはチラリとゲイリーを見た。
「つくづく間の悪いやつだな、ゲイリー。」
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