侍女 瑠海のお仕事

 ランドーが次に案内をして瑠海を連れて行ったのは、言わば衛兵の詰め所だった。壁に掛っているのは、もちろん自動掌銃や対戦車砲ではなく剣や槍、そして石弓である。瑠海を伴った彼の姿を見るや否や兵士達が一斉に立ち上がる様は壮観だった。


 年もまだ若いのに国務大臣とは、おまけに、捕り物の陣頭指揮まで執るとなると、絶望的な人材不足なのか、彼は稀に見る逸材か。


 少しドギマギして見上げた瑠海にも構わず、ランドーは兵士の間へ入って行った。


 上は五十代、下は二十代前後。どれもたくましい体格の男達だったが、野卑な感じは全く無く、気のよさが雰囲気で分かった。


「皆に紹介する。今日から新しく私の侍女になった文月瑠海だ。見知りおいてくれ。」


 促され、彼女は兵士達の輪の真中に入った。


「挨拶ぐらいは許す。」


「瑠海です。その節はお世話になり、本当に有難うございました。心機一転がんばりますので、皆様、宜しくお願いします!」


 ありきたりな事を精一杯の大声で言ってしまったと、瑠海は何だか恥ずかしい様な気になったが、彼等は目を丸くして驚いていた。


「あの立派な服は潔くお捨てあそばされたのですね、瑠海様。よくぞご英断なさいました。我ら、貴女様を心より歓迎申し上げます。」


 隊長らしい男の言葉に一斉に頭を下げたが、


「ラキア殿、それはこう成ると某が申していたではないか。ランドー様の説得には、例え王族の姫であろうと首を横には振らぬとな。」


「それは皆同じ意見じゃって、言うたろが。」


 戸惑いぎみの瑠海を前に、彼等は嬉しそうに笑い始め、次々に握手を求めてきた。


「好い加減にしておかぬか。驚いておられるではないか。下品な親父どもだと。」


「いや、こんなに大勢の色男に囲まれて、目移りして声も出ないのではあるまいか? のぉ、方々。」


 一人の言葉に一斉に笑いが起こった。


 どんどん賑やかになって行く彼等にランドーが少し笑っているのを瑠海は見た。こんなに美しい微笑と言える笑顔の人を何と言うのだろう、そう思った時、彼が彼女の視線に気付いて彼女を見た。目が合ってしまい、兵士達の笑いの渦の中で彼女は赤面してしまった。


 目敏い一人の兵士がそれを見ていた。


「おぉ? 誰だ? もう瑠海様を射止めた手の早い者がいるぞ。誰だ誰だ?」


 そんな自分を意識したのは小学生時代以来で、瑠海は頬を押さえてうろたえてしまった。


「もぉ、勘弁して下さい、皆さ~ん。」


 彼等のはしゃぎ方はエスカレートする一方で、ランドーも一向に構う様子も無く見ていたが、中でも一番年若い部下を見て言った。


「エド。」


 彼が言うと、その真面目そうな若者は頬を赤らめ輪から出てきた。


「何でしょうか、ランドー様。」


「慣れるまでの間、瑠海との連絡係を頼む。」


 瑠海を振り返り、

「彼はエドだ。何か分からない事が有ったら、私かこの者に聞け。頼むぞ、エド。」


「分かりました。」


 益々頬を赤く染め、瑠海と目も合わせられない様子で敬礼する若い兵士。そんな彼に思わず笑みが零れてしまう瑠海だった。


「宜しくね。エド。」


「こちらこそ、瑠海様。」

 彼女の言葉に彼は直立した。


「行くぞ。エドお前も来い。」


 ランドーは先に立って詰め所を出て行った。二人が追い付いて来るのを待って、彼はチラリと詰所を振り返った。


「ここはあまり人の入れ替わりが無いのだ。久し振りに来た新しい人員に、ついはめを外してああなってしまったのだ。許せよ。」


 サラリと謝る彼の横顔には他意が無く、彼の何処を見ても、何をしていても、こんなに絵に成る人を見た事が無いと瑠海は改めて思った。




 あちこち案内されて、最後に行ったのが当面の仕事場になりそうな食堂の厨房だった。瑠海は、気を使ってくれながらも足早に先を行くランドーに言った。


「これって、働かざる者食うべからずって事なのよね。」


「そういう事だ。それに人手はいくら有っても足りない。女中頭に前から頼まれていたのだ。」


 食事の時間は、朝・夜、二回。原則として王子から兵士、下働きに至る城に住まいする総勢約二百人分の食事を十人の調理人が作る。給仕が十人。食事の順番は、まずお毒見役が検査、そして王子とランドー。後は随時手の空いている兵士。それから下働き、やっと厨房係となる、とエドが早口で説明をした。


「貴女が噂の異国の姫様ですね。私は女中頭のマーガレットです。色々有ると思いますが、ご辛抱なさいませ。しっかりお勤めになれば何も心配は要りません。今日はお疲れになったでしょ? 明日からお願いしますね。」


 少々太りぎみだが、品の良い中年の女性である。


 瑠海は、勢いで分かりましたと返事をしたが、厨房にはガスコンロも無ければ電子レンジも無い。水も蛇口をひねれば出てくると言う代物ではなさそうだ。こんな自分に何が出来ると言うのかと思うと溜息しか出なかった。


 うなだれぎみの瑠海の肩を、ランドーが励ますように軽く叩いた。一瞬にして心臓が飛び出しそうになっている彼女を見ているエド。それにも気付いていない様子でランドーはマーガレットに微笑んだ。


「足手纏いにしかならぬと思うが、頼んだぞ。私との連絡係はエドが担当する事になった。」


 女中頭は、人扱いの慣れた様子で笑った。


「分かりました。お運びなら簡単です。大丈夫ですよ、瑠海様。」


「はい。がんばります。」


 瑠海には知らされていなかったが、彼女が意識を取り戻すまでの間に、今後の身の振り方について王子とランドーと国の有識者、ここでは教会関係者の間で話し合いが既に持たれており、決着は本人の意思次第と言う事にされていた様だった。


 彼女にとっては数日の内に色々な事が一度に起り過ぎた感覚だったが、目を醒ますのを待っていた彼等にとっては、やっと動き出したと言う事なのだろう。


 夜になり、与えられた食事を済ませ、部屋の掃除をしてベッドに横になる頃には彼女は疲れ果てていた。現状を自分にどう納得させるべきなのか答えは既に出ている気がしたが。


 小さな窓の外に、満月から微かに少し欠けた月が鈍く光っていた。





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