王子シャルル・ロッシフォール
数日後、瑠海は王子に謁見を許され、ここでの処遇を言い渡される事になった。
皇太子シャルル・ロッシフォールはまだどことなく幼さを残す十七才の美少年だった。しなやかに波を打つ金色の豊かな髪と緑がかった青い瞳。洋画の中でしかお目に掛かれない様な、豪華なレースの襟と袖口にカラーが付いたブラウスを着て、当り前の様に堂々と玉座に鎮座した姿がやけに綺麗に見えた。
ランドーに連れられて謁見の間に入って来た瑠海を見るなり、足元から髪の先まで見回すと、彼はさもつまらなさそうに言った。
「この者か。あの日に現れた女とは。服装からして遠い異国の姫君だと兵士どもが騒いでおったが。その辺りどうなのだ。」
「身分については、我々に従ってくれると申しておりますので、お気遣いございません。光の幕につきましても、古文書による伝承を本国の教会の文書館にて調べさせましたが、それらしい記述はございませんでした。」
「司教にも骨を折ってもらったな。何か届けさせておけ。その辺りは任せる。」
「かしこまりました。」
王子は玉座から立つと、跪く二人に近付いた。
「とか言いながら、あちらも面倒なのであろう。手配書の一味は、本国に送ったのか?」
年の割に何とも達観した様な口調で首を何気なく傾げ、ランドーに下を向かされている瑠海の顔を覗こうとしているのだ。
「滞り無く済んでおります。」
益々彼女の頭を押さえ、王子に見せない様にだろうか、深く下げさせるランドー。もう殆ど床におでこが付きそうだった。
「随分な細身だな。本当に女子なのか。ちゃんと確かめたのか?」
「はい、確かに、この目でしかと。」
瑠海は顔に血が昇るのを覚えた。気を失っていた間に何をしたと言うのか。医師はともかく、このランドーも立ち合って確認を?
当の国務大臣は涼しい顔だ。
顔が見たければ、顔を上げよ、と一言言えば済むものを、王子は席に戻った。
「名前は何と申す?」
王子には、自分の許可が無い限り直接話し掛けてはいけないとランドーに言われていた為、黙っている瑠海に代わって彼が言った。
「瑠海にございます、殿下。」
「ルミか。聞き慣れないが良い響きだ。其方の国では何か意味の有る言葉なのか?」
それでも直接声を掛けられれば別だ。王子の彼女に対する質問は想定外だったらしくチラリとランドーは瑠海に目線を寄越した。
「お答えしろ。」
彼の言葉に、瑠海はつい顔を上げそうになるが服の裾を隣に並ぶランドーに握られていて出来なかった。
「青く美しい海と言う意味でございます。」
それを聞いて王子は暫く黙っていたが、
「意味を持つ名の姫か。いいだろう。ランドー、其方の侍女と言う事で取り計らえ。」
「はい。城の賄いで手が足りないと聞いておりましたので、私の家とそちらの手伝いもと考えております。」
「そうか。それでよいな、瑠海。」
「殿下のご厚情に感謝し、仰せに従います。」
彼女の言葉に王子は、何故か小さく溜息を吐くと退出して行った。
王子の声は、瑠海の知る高校生達と何ら変わる所など無かったが、彼が特別な存在であると言うのは何となく感じたのだった。しかし、あの溜息は何だったのだろうと思った。
「上出来だ。元より殿下がお気に召されるとは思っていなかったが。良かったな。」
失礼が無い様に、王子の前で喋る台詞も全て打ち合わせがされていたのだが、それを見破られていたと言う事だろうか。
「気に入られなくて良かったなんて、どう言う意味よ。お陰で首が痛くなったわ。」
「それは悪かった。まあ、いずれ分かる。それよりもお前の瑠海と言う名前に意味が有るとは。青く美しい海か。殿下もよくお気付きになられた。」
「珍しそうに言うのね。私の国では普通よ。……そっか書き言葉が表意文字じゃないのね。時間が有ったら今度この国の文字を教えてくれる?」
「それは構わんが……」
「どうしたのよ。」
「私こそ意味を持つ名の者に会うのは初めてなのだ。どう書くのだ?」
瑠海はランドーが差し出して来た石板と言うのだろうか、表面が黒板の様に磨かれた平たい石と木の板が張り合わされた筆記用具に自分の名前を漢字で書いた。
「瑠←こっちがル 海←こっちがミ 「瑠」はルリと言う青緑をした綺麗な石の事で、「海」はウミよ。読み方が同じで意味の違う字が沢山有るの。だから、同じルミでも違う字を書く人もいるのよ。」
「……かなり難解な言葉なのだな。」
「意味の有る文字の事を漢字と言って、読み方が何通りも有る物も有るの。私達が使っていた書き言葉はね、まだひらがなとカタカナと言って、音だけを表現するものも有るの。それらを組み合わせて使うの。」
そこまで言って彼を見ると、彼は腕組みをして目を閉じ眉間に皺を寄せていた。
「そうか……習うのはまた今度にする事にする。」
「そうね。確かに、そんな簡単に短時間で教えられるものでもないわね。次の機会に私がここの文字を習ったら、次はあなたに私が私の国の文字を教えてあげる。」
こう言う口約束をしても大体の場合、相手が興味を持ってくれない場合は一方通行に終わるものだと彼女も分かっているだけに早々の話題の切り替えが必要だ。
「さっき、私の事を男か女か調べたって言ってたけど……」
瑠海のやや抗議の籠った強い眼差しに、なぜかランドーはハッとして瑠海を見た。
「ま、まさかお前、男なのか?」
「そんな筈ないでしょっ!」
どうもそれは言葉の綾だった様である。
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