第11話 農奴の勇者は、仲間になりたそうに私を見ている

 ストーカー勇者に目をつけられてしまい、殴ってやったても中々離れてくれず


「2名だ、席を空いているか」


「直ぐに、ご案内いたします。どうぞこちらへ」


 あれ以上騒いでいても迷惑だ、仕方が無いので取りあえず食事をとることにした。女の姿のままなのは窮屈だが


「さて…、何が目的だエルウッド」


「名前で呼んでくれるのかい、バルト」


「勇者呼びでは騒ぎになるだろう。特にこの辺りでな」


「それもそうだ」


 私は問題の勇者に問いかけた。全く迷惑なヤツだ


「で、私なんぞについて来てどうするつもりなのだ」


「さっきも言ったろう、昔を語り合えるような仲間が欲しい」


「それがかつての宿敵であってもか? 人が短命とは言え、まだ過去にすがる様な歳でもあるまい」


「確かに、爺さんどころかオッサンとも呼ばれる歳ですらない…が、あの動乱の時代は俺の全てだった」


「かつての栄光にすがるのも結構だが。あのまま続いていれば、確実に人類は滅んでいたのぞ」


 勇者は私の言葉に、少しうつむきながらこう言った


「ああ…、だろうな。でもこんな事を思ってる若造は俺だけじゃない」


「”平和を知らぬ世代若造”か、旅の途中でも何度か耳に入っている。流行りの社会問題らしいな」


 戦争しか知らぬ世代が社会に溶け込めず問題になっているらしい。それだけでなく何の前触れもなくも無く魔王軍が消えたのだから、人間社会は一時期大混乱だった


「ああ、俺もその一人だ。俺が生まれた頃には魔族との戦争は始まっていた。日々食べるものも、つらい日々を乗り越える目的も…、俺のあずかり知らぬお偉方が回してる経済、学問に至るまで、全ては魔物に勝利する為にあった。俺達の世代の人生観はそれしかなかった」


「しかし、貴様は元農奴だろ。兵士崩れよりかは、まだマシに生きられたのではないか?」


 勇者はテーブルのパンを一つ手に取って、それを千切りながら口に運びながら言う。私も合わせるようにパンをちぎって齧ってみる


「そう簡単な話でもねえよ。例えばこのパンだ、白くて、軟らかく、美味い」


「ふむ」


「だか俺の世代じゃ安価な黒パンが一般的だった。俺達にとっては食事は日々の糧だが、今じゃ嗜好品と言う側面が強く食い物の種類も多くなった。適当に作物を作ってればいい訳じゃなくなったんだ」


 勇者の言葉を聞いて、旅先でのある出来事を思い出した


「今の大衆は量だけでなく質も求める、貴族の様に・・・、そして貴族はさらに上の物を求めた。白パンがしてるなら黒パンを食えと言った貴族が、領民からリンチにあい処刑されたのは、見ていて可笑しかったよ。その貴族は最後まで何でこうなったのか分からないと言った表情をしていた。ククク・・・」


 私の笑みに勇者は苦笑いをしながらも会話を続けてくれた。思ったよりもいい暇つぶしになるかもしれん


「ハハ…、まあ、俺も形は違うがそのあおりを食らったんだ。農家として生き抜くには育てるだけじゃなく、どう質の良い物を育てるか日々研究し、市場を見極めながら売り物を決めなきゃならなかった。全くの別世界だったよ、俺はついて行けずにあっという間に土地をライバル業者に買いたたかれた。客にも同業者にも折り合いがつかなかった、価値観が全く合わない」


「それで勇者でも農奴でもなく野盗モドキに落ちぶれたと言う訳か? 話を聞くに、あの貴族は無能な農奴の為に死んだような物ではないか。アハハハ!」


 勇者は私の言葉に気分を害したのか、口元だけ笑って嫌味ったらしく言ってきた


「へいへい、貴方様のお言葉は、わたしめ下々の者の心に踏みにじる様に染みわたりますねぇ~、クソッタレ!」


 私はその言葉にウインクをしながら応えてやった


「魔王だからな。もっと心地よい怨嗟の声を聞かせておくれ」


「たくッ! だからさ・・・だからなんだよ」


「ほう?」


 勇者は姿勢を正しながら、私の目を真直ぐ見据えて言う


「俺の生きる目的は魔族を・・・、いや、魔王を滅ぼす為にあった。向けていたのは憎悪だったがアンタは俺の…全人類の目標だったのさ」


「言いえて妙だな…。だからどうだと言うのだ」


「俺はその目標が何なのか知りたい、だから仲間にしてくれ」


「仮に私がそれを許したとして、戯れで貴様を殺すかもしれぬぞ?」


「それでもかまわねえ。平和の為にと散々戦ってきたが、勝ち取った訳でなく勝手に訪れた平和な世界に俺の居場所は無かった、区切りはついてる。…心残りはただ一つ、あの時、俺達が戦った事にどんな意味があったのかを知りたい。お前のそばに居れば、それが分かるような気がするんだ」


「下らん幻想だな。人の哲学など私にはわからぬよ、言葉は交わせても根本から別の生き物なのだからな」


「へっ、だろうな」


 下らない答えだった。だが、目的を持たず暇している私よりも、コヤツの方が少しは幸福なのかもしれぬな

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