後先考えない

「あの~ここは一体?」

 車椅子ごと転移した俺は、一人しか入れないほど小さな密室でアビーと二人、体をねじりながら押し込まれていた。

 アビーも自分の無理な体勢に苦しみながらも答えた。

「私の転移がうまくいってるなら、王宮にある女子トイレよ」

「あっ、道理で⁉」

 車椅子の下に洋式トイレがあって、暴力的なまでに濃密な花の香りに納得がいった。

「で、なんでトイレなの?」

 ちょっと想像とは違う転移場所に疑問を漏らした。

「その前にここから出ない?」

「賛成」

 俺たちは、トイレの個室から抜け出した。

 個室から出るとまさしくトイレであった。

 赤を基調とした内装に、ところどころ銀装飾が施された豪華な作り。汚れ一つない床は、鏡のように光を反射させ、ピカピカに輝いている。普通とは程遠い豪華な作りだった。

「で、どうしてトイレなの?」

 再び疑問を投げかけると、アビーは不本意ではないと声を上げた。

「仕方がないでしょ。アサヒ、今王宮がどういう状態かわかってるの?時間的に考えて戴冠式のセレモニー中よ。王宮内が最大級の警備態勢を敷いているのよ。安全な場所なんてこのトイレぐらいしかないでしょ」

(まぁ別にどうでいいかぁ……)

 聞いておいてなんだが、王宮に来れたのだからどこに転移しようが大した問題ではない。

「それで戴冠式どこでやっているの?」

 アビーは表情を曇らせる。

「やっぱり戴冠式が目的ね。大丈夫よ。そう遠くはないから」

 さすがアビー。王宮とひとくくりに言っても広大な敷地を誇るはずだ。アビーは王宮の一言でいろいろと察してくれた。

「で、どうするつもりなの?まさかと思うけど、戴冠式をどうにかしようなんて思ってないでしょうね?」

 俺は、頬を掻きながら無理やりに口角を上げた。

「えへへ」

「はぁ‼あんたバカなの。言っている意味が分かってるの⁉」

「いや~何も言ってないけど……」

「……」

 アビーが、その冗談に冷ややかな目で刺してきた。

「やっぱりまずい?」

「まずい?……まずいってものじゃないわよ。死にたいの⁉」

「死ぬつもりはないけど」

 そこまで考えてみなかった。

 国の重大行事、戴冠式をどうにかしようと言うことは要するに、というかはっきり言って、テロ行為である。間違いなく、死刑確定である。

 でもそれしか、国王暗殺を止めれる方法が思いつかない。仮に警備員に情報を送ったとしてロクに取り合うとは思えないし、バレットが捕まるのも避けたい。

 だから、俺が騒ぎを起こして、国王が厳重な場所に引っ込んでもらえば、バレットも手を出せなくなると今のところは考えている。

 アビーは、深くため息を吐いた。

「ねぇ、アサヒ。この際、なぜ戴冠式とか、誰を助けるつもりとか、聞かないわ。どうせ、止めても無駄なのでしょ。でも、しっかりと聞かせて……」

 アビーは、一度瞼を下ろした後、ゆっくりと開いた。

「あなたは本当に後悔しない?」

 俺は、その真っ直ぐの瞳に天井を見てしまう。

「う~ん、さぁ、そうだな。後悔は、後でするよ」

 はっきりと『後悔しない』とは言えない。

 たぶん、バレットを救うからと言って、犯罪者となったこの後の人生を後悔しないでいられることはできない。いつか、俺のしたことに後悔する日が来ると思う。

 それに、何もしない方はバレットを救わなかったと後悔はするが、この後の人生よりは幸せに過ごせるとも思っている。

 なのに、二つを天秤にかけたとき、なぜかバレットを救う方に傾いてしまう。

 アビーは、その情けない言葉に怒ることもせず、ただただあきれた。

「『後悔は後でする』ね……はぁ~、アサヒは心底最強のバカね。ちゅんと自分のことを理解しているのに、どうしてそういう結論を出せるの?私には理解に苦しむわ……はぁ~&$%&#%&$%‼」

 アビーは、最後の言葉を隠すように両手で顔を覆った。

「最後なんて言ったの?」

「何でもないわよ‼」

 アビーは、大声をあげた。

(えぇ~ちょっと理不尽)

 アビーは呼吸を整えて、次に進めた。

「で、どうやるつもりなの?」

「それは……」

 俺は、アビーから視線を外した。

「はぁ‼ここまで来て、まさか何も考えてないわけ⁉」

「アハハハァ」

 返す言葉もございません。

 後先考えずに来たが、本当に何も考えていない。

 厳重警備が敷かれる戴冠式をどうやって止めらる?

 戴冠式に乗り込んでいって騒ぎを起こして、簡単に止められるとは思ってない。

 それに、戴冠式に乗り込めるとも思ってない。

 俺の貧困な頭では策がない。

「アビー何かない?」

「逆に聞くけど、あると思う?」

「やっぱり」

 さすがのアビーも行き当たりばったり戴冠式をどうにかすることができない。

「アサヒってバカだとは持っていたけどホントバカよね。どんなに頭の悪いテロリストでももうすこし脳みそが入っているわよ」

「いや~、すみません」

 全くその通りだ。

 どんなバカな人でも、何も持たずに王宮で騒ぎを起こそうなど考えるはずもない。

 ふと手掛かりを見つけた。

「ねぇ、アビー、その大きなリュックに何か入ってないの?」

 アビーがずっと担いでいる軍用らしきリュックに注目した。

「別に大したものは入ってないわよ。脱出用にいろいろと必要そうなものを詰め込んだだけだから」

 アビーは、リュックを床に下ろし、中から次々と物を取り出した。

「魔術式の牢屋を破るインテム一式と、牢屋の鉄格子を切る小型のガスバーナー。壁を吹き飛ばす魔術爆弾が三つに非魔術空間用のプラスチック爆弾1キロ。逃走用のスモークに飛行魔術のインテムが二つ。非常食と水。後は、私の手元にサブマシンガン一丁に、拳銃が一丁、ナイフが一本に手榴弾が二つ。防御用のインテムが一式……って、ところかしら」

「十分すぎるよ‼」

 あまりの物騒な品々に声を上げた。

「確かに忘れてたわ」

 今さらだが、ネズミ一匹見逃さない厳戒態勢を敷くこの王宮内に、こうも易々と爆弾や銃を持ち込めてしまう転移魔術は、言葉通り恐ろしいとしか言えない。

 でも、味方であるとこれほど心強い物はない。

 アビーは、プラスチック爆弾を一つ手に取り、にっこりとほほ笑む。

「で、どうするの?」

「戴冠式をぶっ潰せるぐらいの騒ぎを起こせれば、十分だよ」

「わかったわ。それじゃ、このあたりを爆弾で吹き飛ばしましょう」

 あまりの豪快さに身が縮んだ。

「えっ?本当にいいの?」

「なに今さら怖気づいた?」

「いや、そうじゃなくてアビーもやるの?」

 自分の身はどうなっても構わないが、事情を知らないアビーを巻き込むのは気が引ける。

 アビーは、意外にもあっさりとしていた。

「仕方がないでしょ。アサヒ、爆弾の使い方知っているの?」

「仕方がないって。それでいいのよ」

 確かに爆弾の使い方なんて知らないけど、本当にそれでいいのか?

「いいのよ別に、ちょっと楽しそうだし」

「はぁ~」

 にやりと笑うアビーに今度は俺があきれるしかなかった。

「なんであなたがため息つくのよ」

「いや、アビーって、やっぱりこっちなんだなって」

「なによそれ」

 アビーのいろいろな表情を見てきたが、本性はこっちだったか。

 アビーが関わることは避けたかったが、アビーは乗り気だし、最初に巻き込んで おいて突き放すこともできなかった。なにより、アビーがいることがとても嬉しいと言うこともあった。

「ねぇ、よくわからないから、この辺に爆弾仕掛けていい?」

 いつの間にか、アビーは作業に入り始めていた。

「おまかせします」

 何も知識のない俺が口を挟むことではないと、すべてを託した。

 発案者でありながら、何もすることができない俺は、アビーの行動を目で追った。

 アビーの行動は実に迷いがない。まるで部屋を飾り付けるかのように粘土のようなプラスチック爆弾をところどころ壁に貼り付けている。

「なんか手慣れてるな~」

 危険物を扱っているはずなのに、今にでも鼻歌を歌いかねないアビーに笑顔が引きつる。

「人生いろいろあるからね」

 なんとも曖昧な意見だったが、爆弾の扱いをいろいろと言ってしまうところ全く笑えない。

「ねぇ、アビー。どうでもいいこと聞くけど、アビーって、不思議な巾着袋もってたよね。あの妙に袋の見た目より明らかに物が入ってるやつ。なんでそれ使わないの?」

 アビーの腰にぶら下げた腰巾着は、手の平サイズなのに取り出すものは明らかにその何倍もある物ばかり。いわゆる、アイテムボックスならねアイテム袋である。

 そんなものを持っているなら、わざわざリュックに危険物を詰めなくてもいいのではないかと、ふと思った。

「ホントどうでいい話ね。今それ聞く?」

「いや、ホント。メンタルがやられそう」

「アサヒって相変らずすぎるわね」

 やることもできない俺は、悲しいことに手持無沙汰である。そんな時間が長く続ければ続くほど、嫌なことばかり考えてメンタルポイントがゼロになってしまう。 そうなったら、マジで情けない結末を迎えてしまう。

「それはまぁ~確かに私の持ってる腰巾着は特殊な魔術で見た目よりはそれなりに物が入るわよ。リュックに入っているものぐらいなら余裕で入るけど、だからと言って、いろんなもの入れたら、次は物が取り出しにくくなるのよ。例えるなら、福引の当たりくじみたいなものね。百個ものが入っていたら、欲しい物の確率は百分の一よ。ある程度手の感触で判断できるけど、そんなの緊急時に使い物にならないでしょ。だから、腰巾着の中に本当に必要な物、四、五個しか入れないようにしているからよ」

「あぁ~納得……」

 アイテムボックスって現実にあったらそんなものか……

 それは普通に考えて、数十も数百も袋の中に物が入っていたら、必要なものを取り出すのに苦労するよな。例え整理されていても、図書館のように一冊の本を探すのは大変。ましてや、整理されていなかったら、もう見つけられないよ。

 なんでも入るからと言って都合よく取り出せるのは普通、無理だよな……

(……そしたら、無数に物をポケットに仕舞う青いネコさんは一体どうしているのだろう?)

 しばらくして、アビーが背中を伸ばす。

「終わったわよ~、全部完璧。人が死なせいように注意を払ったオマケつき。後はこのボタンを押せば……」

 アビーはすぐにでも押したいとばかり、不気味な笑みを浮かべる。

「で、アサヒ。この後どうするの?」

「ここから逃げて、爆発させればいいんじゃないの」

 俺はなんとも普通なことを口にした。

「どうやってここから抜け出すわけ?」

「歩いて?」

「はぁ~、それ本当に言っている?」

「えっ?ダメかな?」

 当たり前なことを口にしているはずなのに、なぜかアビーは不満げでいる。

「ダメに決まってるでしょ‼ただでさえ、王宮って言うセキュリティーが厳しい場所で、今日は式典よ‼世界中から大物が集まって、平時の何倍はセキュリティーが厳しいのよ。普通に考えて、私たちみたいな招待状を持たない人間がほいほい歩けると本当に思っているの‼」

(あっ、忘れていた)

 ここは王宮で、今は戴冠式中。そうでなくても、この場所はただの一般人がうろちょろしていい場所でもない。

「……何か方法ない?」

「アサヒ、それしかないの?すこしはあなたが考えたらどう?」

 何度も何度もそう都合言い訳にはいかないか……

 考えろ、考えろ、と言ってもなぁ……

「う~ん、あっ!こういうのどう?」

 パッと思いついた閃きをアビーの耳元で呟いた。

「……あなた本当に言っている?」

「だよね」

 我ながら、ダメなことは認識している。

 だが、アビーは、ニヤッと笑う。

「でも、良いんじゃない、アサヒらしくて。それに妙に策を練るよりは可能性がありそうね」

 と、言うことで、俺の作戦が実行に移される。

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