医務室での一幕

「殿下‼お目にかかれることを今か今かと待ちわびていましたぞ‼」

 扉を開いた瞬間、白衣に身を包んだ男が両腕を高く上げ歓声を上げた。

 男は、クセある茶色の髪に、いかにも日蔭暮らしの長いくすんだ白い肌。ところどころに小じわが目立つが総体的には若々しい顔をしている。

 元はただ部屋だったところに機材や薬品を運び入れただけの簡素な医務室。見た目は学校の保健室のような雰囲気だが、持ち込まれている機材は、どれもスイッチをオンとオフだけで動くとは思えないものばかり。

 白衣の男は、車椅子に座る俺に勢いよく近づき手を取った。鼻息を荒くし、興奮した面持ちで口を開く。

「ぜひ、異世界のお話を聞かせてください」

 うわぁ~、凄い人が現れた。この問答無用に流れを飲み込む当たり、最近似たようなことがあったな。

(……んっ?)

 何かが閃きかけたその時、ボスッとくぐもった音が響く。

 白衣の男はその音に飛び上がる。

「ファーム‼室内で銃を撃つなと言ってるだろ」

「ホッチンズ、不敬ですよ。死んで詫びなさい」

 後ろを振り向くと冷ややかな目をしたバレットがサプレッサー付きの拳銃が握られていた。微かにだが鼻に硝煙の香りがついた。

「殿下、申し訳ありません。この男今すぐ殺しますか?」

 バレットは、まるで別人のようにごみ見るような目で白衣の男をにらみ、恐ろしい冗談を言い放った。

「全然気にしてないので許してあげてください」

 冗談に全く聞こえないその言葉に慌てて止めた。

「かしこまりました」

 表情には出ていないがしぶしぶと言ったため息を漏らしながら、拳銃をメイド服のスカート裏にしまった。

 脅威が去った白衣の男ホッチンズは、白衣の正しきっちりとあいさつをしてきた。

「いや=~すみません殿下、いつものことですからお気になさらず。初めましてフィリップ・ホッチンズ魔道学士でございます。専門は人体工学をしております。短い間ですがよろしくお願いいたします」

 いつものことって、大丈夫なのか。この二人は……

「こちらこそ、アライ・アサヒです。よろしくお願いします」

「アライ・アサヒ?それが殿下の異世界での名前ですか?」

「はい……って、俺が異世界にいたこと知っているですか‼」

 閃きかけたものが、閃いた。

 俺は、この屋敷で異世界の話をしてないのに、なぜか知っていた。

「えぇもちろん、知っていますとも。それで異世界はどうでしたか‼」

 ガシャッとバレットがいつの間にか取り出した拳銃のスライドを引き、ホッチンズを牽制した。

「わかったわかった。アサヒ君でいいかね。異世界の話は君のその足を調べながら聞くとするよ」

 と、ホッチンズは診察の準備を始め、部屋の奥に行った。

 質問に答えてないと後ろを振り返り、バレットの視線を送る。

「はい、殿下がこの世界とは異なる世界にいることは推測でありますが、存じておりました。国王暗殺事件での現場検証の際、奇妙な魔力痕が観測いたしました。調査の結果それが古代に使用されたと思われる異世界への転移魔術であることが判明。殿下は生きておられるなら、異なる世界ではないのかと……」

 異世界人が言うのもなんだが、俺が異世界にいることを推測した奴は、かなりマッドな奴だな。

「正直申されますと、私自身はこの事実を半信半疑でしたが、現場検証にあたったホッチンズがそう断定いたしました」

 お前かぁ~‼俺が異世界にいたというあまりに荒唐無稽すぎることを言い当てるなんて、本物の天才なのかもしれない。ただ、天才なのはいいがマッド臭が漂うのは、別の意味で不安だ。いつの間にか俺の足にミサイルでも取り付けられるのではないか。

「アサヒ君、診察の準備ができたのでこちらに来てください。あっ、ファームは外で待っていてくれ。医者として患者の守秘義務は守らないとね」

 ホッチンズの声にファームが顔を覗いてきた。

「えっと~そう言うことですのでお願いします」

「はい、かしこまりました。ですが、何かありましたら声を上げてください。あの男を殺しますで」

 バレットは拳銃を構えて見せる。

 俺を心配してくれるのは嬉しいがそれは逆効果だよ。声を上げればホッチンズが殺されては上げるに上げられない。

 まぁ、バレットも冗談で言っている……はず。

 俺は車椅子の車輪を転がし、一人奥に進んだ。

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