瞳を閉じた
一夜明けて……
いつも通りに目覚めて、当然のようにフワフワとしたベッドに寝ていた俺は、当たり前のように映る豪華な寝室に愕然とした。
(やはり夢じゃなかった)
昨日、バレットから恐ろしい真実を聞かされた。
俺が、この俺が、亡くなったはずの『リアリス王国の王子』だと言った。
全くもってバカげてる。ほんの数日前までこの世界にいなかった俺が、そんなはずはない。バレットは、間違っている。
そう、思いたかった。
当たり前のことだが、敵もバカではない。何の根拠もなく、手の込んだ誘拐劇を行うはずもない。どこまでが彼らの行いなのかわからないが、ちょっとやそっとでできるものではない。
根拠はあった。バレットの言葉を鵜呑みにするなら、間違いなく俺は王子である。まず、遺伝子だ。俺から採取した血液の遺伝子配列が王子のものと一致した。 それに、この異世界独自の魔力同定も一致、手の指紋も完全に一致してしました。
俺がどんなに否定しようにも証拠が出ている。
それにもし、証拠に間違い、もしくは、ねつ造だとして、だからと言ってこの状況は変わらない。証拠の間違いをどう正す?そんな方法もないし、証拠を彼らはすでに信じ切っている。どうにもならない。ねつ造なら、なおさらどうにもならない。ねつ造するにも理由や目的がある。それをしてまでも、俺に話したのだ、逃がすつもりないことは間違いない。
結局、この状況はどうにもならない。
今だ、疑問がいくつも残る。それを問い正せば、事態は変わるかもしれない。
だが、疑問は疑問のまま形を持たない姿で、どちらの形も取らせない霧のように 俺の心にとどめることにした。
それでもこの状況には混乱している。
突然、異世界に来て俺が『王子』だと言うのだ。実感がなくても十分に破壊力はあった。
だが、今も冷静を保てるのは、今回の騒動が俺を目的にしていることだ。
どこまで敵が騒動に関わっているかわからないが、目的を果たしたならこの屋敷にいないアビーはおそらく無事でいるはず。
俺は、手の平で思いっきり頬を叩いた。
「よし」
自らを鼓舞し、不安を振り払った。
「おはようございます。殿下」
横から朝日が耳に入った。
「うわぁ!……いつからいたのですか?」
「はい、殿下がご起床される数十分ほど前になられます」
「起こしてもよかったですよ」
むしろ起こしてほしかった。朝起きてそうそうに憂鬱にならないよう考える隙を与えてほしくなかった。
「はい、今後はそのようにいたします。ですが、存分に堪能しました」
(何を堪能したの⁉)
時折見せるバレットの意味のわからない紅葉した顔。ただわかるのは、気にしてはいけないと言うこと。
「ご主人様、朝食が用意されていますがどうなされますか?」
「あっ……いただきます」
「では、食堂の方へ行きますので、こちらにお着替えください」
バレットは、手に持っていた衣服をベッドの上に置き、腕を俺に伸ばした。伸ばした腕で俺の寝間着を掴むと一気に剥いだ。
「えっ?」
上半身裸になった俺にバレットはズボンの方に手を伸ばしてきた。
そこで俺は声を上げ、晒される肌を布団で隠した。
「ちょっと、ちょっと待って。いきなり何やっているの⁉」
「はい、殿下。お召替えのお手伝いをさせて頂いております」
さも、当たり前のようにバレットは答える。
「いやいや、自分でできます」
メイドの務めなら、主人の服を着替えさせる手伝いはある気がするが、一般人には縁遠い話だ。十数年も一人で着替えてきたのだから必要もない。
「そうですか……残念です」
その大きく肩を落とす姿は、メイドの務めを全うできないと言うことだよね?……そう言うことにしておく。
「あの~、一人で着替えますから」
「はい、殿下」
「一人で着替えますので」
「はい、殿下」
「……」
「……」
「あの着替えるので、この部屋から出てもらってくれませんか?」
「私は、大丈夫ですよ」
「……」
「……」
「あのこっちが大丈夫じゃないです」
「あっすみませんでした、殿下。考えが至らずに……扉の前で待機していますので、お済になられましたら、お声をかけください」
バレットは一礼した後、部屋を出ていった。
なぜ、遠くから俺の困っていることがわかって、近くで俺の気持ちを察してくれないんだよ。
「はぁ~着替えるか」
ベッドの上で、俺はまず上着を取り、それを着た。そして、ズボンを脱ごうと布団の中でずり下げた。
だが、脛のあたりで止まった。
「これはまずい」
足が動かず、ズボンが脱げない。
今からバレットに着替えを手伝ってもらおうにも、あそこまで拒否した身、頼みづらい。
(あぁ、悲しい)
何が悲しくて、こんなこじんまりとしたベッドの上で男の懸けた戦いを繰り広げなくてはならないのか……
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