潜む影たち
俺は、勢いよく壁に激突し、地面に崩れる。すぐさま起き上がり、唐突に突き飛ばしたアビゲイルに……
「何す‼…る……」
と、怒りをぶつけようとしたが、先ほどまで立っていた位置に細い裏路地を塞ぐ透明な壁が敷かれていた。その壁を挟むようにして、髑髏の仮面を被った全身黒ずくめの男が警棒のようなもので力強く叩いていた。でも、透明な壁はビクともしていない。
「感謝状は後でいいわよ。アサヒ、逃げるわよ」
差し出されたアビゲイルの手を掴み走り出す。
髑髏の男は、一向に壊れようとしない壁に、懐から拳銃のようなもの取り出し、二回破裂音を響かせる。
アビゲイルは、その音に、
「ハハァ、そんなちゃちなもので私の壁が壊れるわけないでしょ。なめんじゃないわよ」
反発するように感情をむき出しにした。
俺は、そんな姿にちょっとした疑問を口にする。
「アビゲイル、逃げるの?戦わないの?」
「はぁ~、勝てるわけないでしょ。こっちは生身で、あっちは拳銃よ」
「いや、そこは魔法で……」
「あのねぇ、いくら私が天才でも生身じゃ無理よ。アサヒの世界が野蛮かもしれないけど、こっちの国じゃ殺傷性の高い魔道具の所持は禁止されているのよ!」
(なんかすごく正論)
実際、銃器の所持が禁止されている日本で銃を持った男を目にしたら戦おうとはまず思わない。
普通に逃げる。
でも、異世界なら現実には存在しない魔法があるからヒロインが敵を返り討ちにしているイメージがある。あの妙な壁は、殺傷性はないってことね。
「なら、呪文を唱えたりして……」
「それいつの時代よ‼今は魔道具かインテムが主流よ。誰が自分の攻撃を相手に大声で教えるような呪文を唱えるのよ‼馬鹿でしょそいつ‼それに引き金を引く銃と、長い詠唱を唱える魔法。どっちが早いと思ってるわけ⁉」
「それは、銃だな」
この世界の魔法詠唱がどの程度かは知らないが、銃の引き金は単語を一言発するよりも速いだろ。当たり前のことだがなんだか釈然としない。
(と、言うより呪文をバカみたいッて、酷すぎませんか?)
二つの破裂音とアビゲイルの狂気な姿に俺は……
「帰りたい」
と、小さくつぶやいた。
「はやっ!あの決意はなんだったのよ‼」
「いや、もう、かなり後悔している」
さっきまでの自分は何かの気の迷い……だな。
天才を自称するアビゲイルなら、敵の一人や二人、いや数十人に相手だって軽々と叩きのめすものばかり。
だって、異世界ものの天才って普通はそうだろ。
こんな命の危険など朝飯前と思っていた。戻れるなら、ペンダントを受け取るところから戻りたいと少しは願う。
だが、もう遅い。襲ってきた髑髏仮面の男は、アビゲイルの想像通りなら、テロリストと言ったところだ。
アビゲイルといるところ見られた時点で何かしろのリストには、載っただろう。どうあがいても、この渦中から出れるような明るい考えが浮かばない。
裏路地を進み、数回ほど角を曲がると再びあの広場に戻ってきた。
以前として、変わらない惨状に目を背けたいが、被害の広さにどこを見ても視界に入る。
「大丈夫なの、こんな開けた場所に出て狙い撃ちにされない」
狙われている身とし、堂々と遮蔽物のない広場を横切るのは、どうぞ狙ってくださいと言っているようなものだと思うのだが……
そんな心配が杞憂だとばかりに楽し気に返してきた。
「奴らは、私の持つ知識が狙いなのよ。私が死んだら知識を引き出せない、知識が渡らないかぎりは、酷い拷問を受けたって、最悪、殺されはしないから、大丈夫よ」
「それ笑えるの?」
「今は笑うしかないでしょ」
易々と自分の価値を評価するアビゲイルに狂気じみたところ感じるが、今のところは、彼女の選択に一理あると納得する。
「それに私を狙っている組織はたくさんいるのよ。むしろ、存在をアピールした方がいい結果が得られるわよ。奴らだって、自分の身がかわいいなら身をさらすようなことはそうそうしないわよ」
続けて補足された説明に喜んでいいものなのか……ほかの組織にも狙われていると言うことは、危険が増すのでは……
広場を見ると、民衆の悲惨な混乱の中にも冷静に状況を治そうとする制服姿の人がちらほら見える。腰にホルスターを据えてるあたり警察と言ったところか。この状況でテロリストが飛び込んで来たら、自殺行為だろうな。
広場を中央まで走り、来た道をそのまま最短で戻るのかと、理解したとき……
ドンッ!
突然の爆発音で肝を揺らした。
何事かと走りながら、後ろ振り向く。丁度、先ほどまで隠れていた裏路地辺りの建物の一階が砂煙を上げて崩れていた。砂煙の中から、全身黒で武装した髑髏仮面の男があらわれた。
「ねぇ!」
話が違うとばかり、同じく背後を見ていたアビゲイルに目線を送った。
「知らないわよ‼そもそもあんな狂った人間の思考なんて理解できるわけないでしょ!大方、私の作り出した壁を壊せないから、建物の壁でもぶち抜いたのでしょ‼……意外と賢いわね」
(なら、変な希望を持たせないでくれ‼)
もう一度、背後に目を向ける、
「ヤバいヤバい。今完全に目があった」
「うるさい、黙って走りなさい。さっきも言ったけど狙いは私なの。不用意に攻撃し来たりしないわよ」
その瞬間、銃声が響く。
全く持って話が違うと抗議の目を向ける。
「ただ、威嚇射撃よ。ビビッて足を止めさせるのが目的。走りながらじゃ銃口がブレて当たらないから、とにかく走りなさい……たぶん大丈夫」
「いま、たぶんって⁉」
「うるさい‼」
さすがに自信を無くしたアビゲイルは、今度はしっかりと可能性と付け加えた。
続けざまに放たれた銃弾は、アビゲイルの言う通りか、肉体をとらえることはなかった。
必死に走るも、怪我した体では、本来の力を出せず、距離はどんどんと縮まってゆく。
ただ、悪いことばかりではない。
駆け付けていた警官が突然、少年少女に向かって銃を発砲する髑髏の男に何もしないわけがなかった。
数名の警官が男に静止勧告のあとすぐに引き金が引かれた。
飛び交う複数の銃弾。鋭く体を刺すような銃声に恐怖で身を震わせる。立ち止まりその場で倒れ込んでやり過ごしたい恐怖をアビゲイルの手が強く引っ張る。
「えっ!」
警官が放った銃弾は、髑髏の男を捉えることなく寸前で薄い透明な壁にはじかれた。
「軍用の防護魔術ね。あれじゃ拳銃じゃ抜けないわね。役立たずが」
アビゲイルのぼやき通り、一方的だった。
警察は次々と反撃に合いその場に倒れこんだ。
最後の一人がやられると男はこちらに狙いを定めた。足を止め、しっかりと両足を地面に付け、両腕で拳銃を固定した。全くブレることなく、一直線上にこちらを捉える。
真っ直ぐと突きつけられた銃口を向けられた瞬間、死が脳裏をよぎった。
咄嗟に、引っ張られていた手を強く体によせ、アビゲイルの重心を崩した。よろめく彼女に、覆い被さるように抱きつき、そのまま倒れこむ。
パンッとくぐもった銃が響く。
「アァァァ」
肩を焼く痛み。銃弾が右肩を掠めた。
グッと歯を食いしばり、目を瞑った。
だが、二発目の銃声も響かなかった。
髑髏の男が腹這いで倒れている。その場でピクリとも動かず、頭部から赤い血溜りを作る。
異常、狂気。
日常から逸脱した状況に自然と心臓が落ち着き、呼吸が整う。
アビゲイルも顔を上げ、今まで崩れなかった表情が険しくなる。
「アサヒ大丈夫‼」
状況を今だ飲み込めていない俺は呆然としていた。
「あぁ、大丈夫」
肩のあたりは血でにじみヒリヒリと焼ける痛みが走るが、死ぬほどではない。本当に銃で撃たれていたら、身動きはできないだろう。
「そう、よかった」
アビゲイルは俺の体から抜け出し、巾着袋から包帯を取り出す。
「アサヒ、上着脱ぎなさい」
アビゲイルの真剣な眼差しに言われるがまま上着を脱ぎ棄てた。
「かすり傷ね。今は急ぐから回復魔術はあとね」
アビゲイルは、傷口の上から丁寧に包帯を巻いていく。
「ねぇ、今どういう状況?」
状況は状況。とってもシンプルだ。
襲っていた髑髏の男は、頭から血を流して広場に倒れこんでいる。
今まで一発も捉えることできなかった銃弾があっさりと人の頭を貫いた。襲ってきた相手がいなくなったこの場は安全ということだが、一体どういうこと?
髑髏の男を貫いた銃弾はどこから飛んだ?銃声は聞こえなかった。今の状況に一つの疑問も抱いていないアビゲイルなら、何か知ってるのではないかと思った。
アビゲイルは、一言言った。
「狙撃手よ」
「狙撃手?」
言葉の意味はもちろんわかっている。銃声が聞こえないのも納得だ。
だが、いったいなぜ?どこから?いや、そもそもなぜそんなやつがいる。
アビゲイルは、その疑問に答えた。
「椅子取りゲームって、知ってる?」
「うん……?」
「大勢の人間で少ない数の椅子を取り合う遊び」
「あぁ、知ってるけどそれがどうしイタッ、もう少し優しく巻いてくれない?」
「血を流して死ぬよりはマシでしょ。少しは我慢しなさい」
と、言いつつも手に入る力を少しだけ弱めてくれた。
「多くの人間がね。私を取り合ってるのよ。そしたら、必然的に敵同士で殺し合うの。私の周りは知らないところで血の海なのよ」
椅子取りゲーム殺して奪えか。
一つの椅子を大勢が取り合うことで結果的にだれも椅子を取れなくなる。
(アビゲイルの異世界転移魔術があれば、世界を取ったようなものだからなぁ)
俺のいた世界への道を獲得すれば、この世界の文明ならあっという間に俺の世界を支配できる。それこそ、スペインのコンキスタドールみたいに あっという間だ。
そしたら、この異世界でその国は、経済的、軍事的に絶対的優位に立つ。
いわゆる覇権国家の誕生だ。
他の国がそれを見過ごすわけもなく、国同士が水面下でアビゲイル争奪戦が起こっている。アビゲイル自身は安全だが、その周囲では血の海。それほどまでにアビゲイルの知識には価値がある。
まさしく、絢爛豪華な玉座と言ったところ。
ただ、敵の敵は味方とよく言うが、この場合、敵の敵がいなくなったら、敵の敵はやはり敵になる。アビゲイルといれば安全なんだろうが、それも薄氷の上である。
「ほら、できた」
アビゲイルは包帯を巻き終わるとスッと立ちあがる。
「さぁ、ここから離れるわよ。敵だってまだどこかにいるかもしれないし、何より警察に捕まるのはめんどうよ。事情聴取に数時間も堪ったものじゃないもの」
それは確かに先決である。
アビゲイルは背を向けたまま、
「一応、庇ってくれてありがとう」
と、言って、足早に歩を進めた。
見える限り、安全なうちに目的地へ近づこうと来た時に通った路地に入った。
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