記憶の空白

「……ハッ‼」

 そこで、俺は目覚めた。

 意識がはっきりとしない。視界全体が目眩を起こしたかのようにグニュと歪んだ。目の前には美しいレンガ造りの街並み彩る青空が広がっている。コンクリートの上に横たわっているはずなのに、その硬さが全く感じられなかった。

(俺は一体なぜ、仰向けで倒れている?)

「イタッ」

 記憶を呼び起こそうとしたとき、頭にノイズが走った。

 体中には、病気に侵されたような嫌な汗が流れ、鈍い痛みが全身を襲っている。

「アサヒ。大丈夫‼」

 急に赤髪の少女が視界に入ってきた。

 少女の表情は、青リンゴのように真っ青になり、切迫としていた。

 息を吸い込んだ途端、鼻に何かが焦げたような匂いを感じた。

「ガハッ‼グフッ‼……ゲホゲホ……ゴホッ…………だれ?」

 精一杯でやっとかすれた声を絞り出した。

 赤髪の少女の表情がより険しくなる。

「アサヒ、私よ‼私‼」

 視界がぼやけて輪郭しか取れていないが、赤髪の少女には見覚えがなかった。

 目を細める俺に、少女は赤毛の髪に手を当て、一気に引き下ろした。少女の髪はズレ落ち、後から透きとおる銀色の髪が露出した。

「これでどう?」

 赤髪から銀髪になったことで、謎の少女がアビゲイルであると認識した。

一つのピースがハマったことをきっかけに乱立していたピースがハマり始めた。

(あぁ、そうか)

 確か、アビゲイルに連れられて……


 時間にしたら、十数分前に遡る。

 アビゲイルを付け狙うストーカーから逃げ切るため、俺達はとある広場で殺伐とした集団にもみくちゃにされていた。

 人の集団は、お手製の看板と団幕を掲げて、怒号を上げている。

『アビゲイル‼これどういうこと⁉』

 人がぎゅうぎゅうとごった返した内部で、なんとか俺の声がかき消されないようにアビゲイルの耳元で叫んだ。

『旧国王派のデモ隊よ。約束通り前国王の娘に王座を譲れって求めているのよ』

(俺の質問に対してワザとピントを一つずらしてきてるだろ)

『違うよ。どうしてわざわざこんな場所を通るんだよって聞いてるの⁉』

 アビゲイルが耳元で笑った。

『あぁ、そっちね。木を隠すなら森でしょ』

 木を隠すなら森。なら、人を隠すのは、人混み。

 ここまで徹底されていたら、さすがのストーカーも見失う。

 アビゲイルは、突然止まり握っていた手を離した。

 腰のあたりを探り小さな巾着袋から、その数倍はあるような物理的にはあり得ない大きさ袋を取り出した。

(それ、どうなっているの!)

 と、聞こうとしたが、アビゲイルが、大きな袋の中から帽子と上着を取り出す。

『悪いけど、この帽子とこの上着、身に付けて』

 あまりにも真剣な眼差しに言葉が出なかった。

 渡された二つを黙って身に付けた。

 人の密集する中でゴソゴソと上着を着ると、近くの人とぶつかる。デモ中で少しピリピリとした空気だとごめんなさいと目を合わせ……本当にごめんなさい‼

 言われるまま上着を着て帽子をかぶり終えた。アビゲイルの方を見ると……

『なにその恰好』

アビゲイルは、着ていた上着を脱ぎ大胆に肩を露出したキャミソール姿になり、美しい銀の髪の上に赤色の長い髪をかぶせている。

『変装よ。変装、ほら行くわよ』

 再びアビゲイルは、俺の手を握り、引っ張ってきた。

だが、俺はアビゲイルよりも強い力で引っ張った。アビゲイルは思わぬ力によろめき後退り、吐息が当たるを顔が近づく。

『さすがにどういうこと?』

 あまりにも過剰で、用意周到なストーカー対策に疑問を口にした。

アビゲイルは少し口ごもるが深く息を吐く。

『ちょっと厄介なストーカーなのよ』

『厄介?』

『そうよ。可能性が高いのは連邦警察か……犯罪組織よ』

 ここまで来ると、とんでもない厄介ごとだと、うすうす感じていたが予想を斜め上にいった。

『大丈夫よ。私に尾行がバレるレベルだから三流よ、三流。心配することないから』

 三流。三流ねぇ~。それでも連邦警察と犯罪組織と聞くと、聞かなきゃよかったと思う。

 というか、なんでそんな物騒な奴らに付け狙われてるんだ、アビゲイルは。

『はぁ~もう何も聞かない。だから、そうそうに終わらせてくれ』

『任せなさい』

 自身満々な笑みを浮かべる。アビゲイルの手に引っ張られ、人の山を押しのけながら、入った場所の反対側に出た。

『キョロキョロせず、自然体でまっすぐ前を見ていなさい』

 そう言われてもと、なるべく顔を出さないように帽子を深めに被りなおす。

 自然体、自然体と意識し、むしろ不自然な動きをしているのではないかと感じながら、開けた広場をスムーズに歩く。

 だが、広場から通りに出るとき、アビゲイルの注意を意識しすぎて、足元がおろそかになっていた。わずかな段差につまずく。

いつもなら踏みとどまるところだが、緊張しきった体は思うように動かず、前のめりに倒れ……………………


 そこから、記憶に空白ができている。

「あぁそうだ……思い出した……倒れた後、道路に止まっていた車が爆発して……アビゲイル‼アビゲイルは、大丈夫⁉」

 近くにいたアビゲイルも同じ目に合っているのではないかと慌てて上半身を起こした。

「私は大丈夫。アサヒが覆いかぶさるように倒れたから軽症よ。それに、こうやって、あなたのことを見ているのだからわかるでしょ」

「よかったぁ~」

 俺よりも先にも動けているなら、軽症だよな。それすらも見てわからないとは俺、かなりヤバいかも。

 それでも、アビゲイルが無事でよかった。

「なに人心地ついてるのよ。立てる⁉」

 爆発現場で気を抜くのは迂闊だった。

「あぁ、なんとか」

 本当は『死ほどつらい』が言えないほど、身体が悲鳴を上げている。

アビゲイルに肩を支えてもらいなんとか立ち上がれた。そのまま支えられ、広場を離れる。

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