異世界と言えば……

 俺はアビゲイルがおすすめするお店に向かって街中を歩いている。

 異世界と言う先入観を捨てて、改めて外の景色を散策すると、やはりすごいと言える。

 街は、レンガの厚い壁とコンクリートで舗装された道、どれも統一感のある色で街並み全体が一つの芸術ともいえる。

 等間隔に立ち並ぶ鉄製の街灯に交通標識、監視カメラらしきものなんかもある。遠くの方を眺めれば、高層建造物も顔を出している。見慣れないものをいくつかあるが中でも道路のちょうど上空を飛んでいる人を乗せた青い雲には驚かされた。

「まぁ、これが普通なのか……」

 移動できる範囲は、文明レベルを示す一つの指標なのかもしれない。 

 例えば、宇宙。

 SF映画で目にする宇宙人の地球侵略。宇宙人が圧倒的な科学技術で地球を蹂躙していく物語。

 宇宙人が地球に来た時点で、遥かかなたの惑星から有人で移動できるだけの技術を持っている。人類ではせいぜい月が限界。片道でもせいぜい火星が限界。それも計画でしかないが……

 だから、宇宙人に宇宙進出を容易に行える技術があるなら、宇宙人には光学兵器や光学バリアなどSFでしかお目にかかることができない技術を持っていてもおかしくない。人類にはそんな技術はない。

 でも、これはあくまでSFの話。物語の枠組みを出ない。

 なので、話をスケールダウンさせる。

 過去の歴史に倣うなら、大航海時代、広大な海を渡ることができる技術を最初に発明したヨーロッパ各国はアメリカ、アフリカ大陸に進出した。海を渡った数百のヨーロッパ人は、大海を渡る技術を持たない文明と遭遇し、その多くを植民地にしていた。

 たった、数百と満たない民兵で、南アメリカ大陸にあったインカ帝国やアステカ王国の、蹂躙できたのは、文明による火器や甲冑など圧倒的な技術があったからと言える。

 だとしたら、異なる世界を結ぶ技術を持ったこの異世界の文明が進んでいてもおかしくない。

 あんな物理法則を無視した魔法が存在するのだから、これぐらい文明が進んでいる方が、むしろ正しいのかもしれない。

「それにして、今日はなんかの祭りなの?」

 あえて視線から外していたが、街は異様に活気に溢れていた。どの家の窓には国旗らしきものが飾れ、街いたるところには、一人のイケメンを映した垂れ幕や張り紙、さらには店のショーウィンドウには写真がプリントされた皿まである。

 横で並んで歩くアビゲイルはその疑問に答えた。

「新国王の即位式が近いからよ」

 あまり馴染みがないイベントだが、国がお祭りムード一色になるのも納得だな。おそらく、街に飾られているイケメン姿の男が新しい国王ってことか……

「それにしても新しい国王は随分若いね」

 どの写真に写るイケメンは、軽く見積もって三十代前後。国王にしては、貫禄が足りない感じがする。

「まぁ、乗っ取りだからね」

「乗っ取り?」

 嫌に物騒な言葉がアビゲイルから出た。

「今の国王って、昔暗殺された国王の弟なのよ。本当は前国王の王子が王位に就くのが普通だけど、その王子も国王暗殺事件で亡くなって残ったのは、生まれて間もない姫だけ。そんな幼い子には、国王が務まらないと、今の国王が国王に即位して、今年、戴冠するときに次の国王に指名したのが、自分の息子ってわけ」

「で、どの辺が乗っ取りなの?」

「元々、今の国王は『姫が成長するまで』ってことで国王に即位しているのよ。姫ももう二十歳だし、戴冠したなら次に指名するのは、約束通り前国王の姫でしょ。それに今の国王が死んだならまだしも、戴冠って、まだ五十後半よ。世代交代には早いのよ」

「あぁ、なるほど。今の国王が自分の息子に引き継がせることで対外的にこれからもこの一族でやっていくぞ‼……みたいな感じ?」

 最近、歴史の授業で似たようなことを習った気がする。確か徳川家康が二代目将軍に早くから家督を継がせたのもそんな理由だったはず……

「言い方が軽いわねそれ。まぁ、そんなところよ。だから、新しい国王は若いのよ」

 昔の約束に対して多少の反感が出るかもしれないが、息子に引き継いでしまえば、問題は沈静化する。新たな国王でその問題が大きくなっても俺には関係ないと白を切れる。

 完璧な乗っ取り計画だな。

「そんなことより、アサヒ。せっかくこの異世界に来たのだから、何かやりたいことはないの?」

 唐突にアビゲイルが、嬉しい申し出を言ってくれた。

「えっ、叶えてくれるの⁉」

「さすがにとんでもお願い無理だけど、ある程度なら叶えてあげてもいいわよ」

 それはもちろんある。

 この異世界にいろいろ驚愕する一面は多々あるが、それでもここは異世界‼まだまだやりたいことは一杯ある。

 いやいや、あのマッドサイエンティスト、アビゲイルのことだ。突然、優しくされることに何かわけがあるはずだ。

「それ、魂とか取られたりしない?」

「私をなんだと思っているのよ。ただ世界で初めて異世界に来たのよ。帰る前にやりたいことが一つや二つあると思っただけよ。別にないならいいけど……」

「ある!あるから待って‼」

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 夢にまで見た異世界生活。例え魂が抜かれようともその価値はある。

 でも、何にする?やりたいことが山ほどあって選びきれない。

 そう、悩んでいると

「六日あるのだから、別に一つに決めなくてもいいわよ」

「ホント‼なら……」

 あれとあれとあれをまずしたい。

 よし……

「俺が異世界に来てやりたいことランキング、第三位……」

「なんでランキング形式なのよ」

 やっと異世界で異世界らしいことができるばかり、変なテンションになった俺は、アビゲイルの冷静なツッコミを無視した。

「冒険がしたい‼」

 やはりこれは欠かせない。異世界で出会った仲間たちと大冒険。楽しい旅の生活に、ちょっと危険なモンスターとの戦い。そして、そこで育まれる女の子との甘酸っぱい恋。

非常に憧れる。

 まぁ、正直メインは最後の奴だけど、とりあえず冒険したい。

「冒険?さすがに六日じゃ無理よ。私、異世界転移魔術の準備があるから、あの家から離れるわけ行かないし……」

 まぁ、さすがに俺もそれはわかっていたけど……

「第二位……」

 現実的な本題はここからだ。

「亜人に会いたい」

 これも異世界に欠かせない重大要素。

ケモ耳美少女とか、エルフのお姉さんとか、魔族の美女とか、危険がない範囲で会ってみたい。できれば、ケモ耳をモフモフしたい。

 だが、期待とは反面。アビゲイルが小さく声を荒げた。

「ちょっとバカ⁉街中でなんてこと言ってるのよ‼ちょっとこっちに来なさい‼」

 腕を掴まれ、大通りから人気のない路地に入った。

「アサヒの世界がどうか知らないけど、いいよく覚えておきなさい‼」

 音量は小さくも強い声で前置きを置いた。

「この世界じゃ『亜人』って言葉、歴とした差別用語なのよ⁉人間至上主義の考えだから、過激な人権主義者が聞いていたら、殺されても仕方がないわよ。種族によって呼び方があるけど、とりあえず、どの種族にも『人』って言っておきなさい。わかった‼」

「はい……すみませんでした」

 しゅっ、と身を小さくなった。

  

 ―亜人―

 

 日本で『亜』と言う漢字には、『上位に次ぐ』『次位に』なんて意味がある。

『亜人』を直訳すれば、『人に次ぐ』となり、間違いなく差別用語と取れる。

これが、実際に亜人が存在する世界の現実。

 俺のいた世界でも『白』『黒』『赤』『黄』だけで醜い問題が発生するのだから、『亜人』と言う言葉で明確にされている分、質が悪い。

(はぁ~、このくじかれ方はさすがに堪える)

 とぼとぼと、おぼつかない足で俺は大通りに戻っていった。

 そんなあからさまに落胆する俺にアビゲイルがため息をつく。

「まぁ、獣人族ならアテがあるから、あとで合わせてあげるわよ」

「本当に?」

「えぇ約束するわ。でも、さっき言ったことは忘れないでよ」

「ありがとう……」

 あぁ、今のアビゲイルが天使に見えてしまう。

「で、第一位はなんの?」

「それは……」

 冷水をぶっかけられて、もうあのハイテンションを保てないが、最後までランキングは発表した。

「魔術を使ってみたいです……」

 これも異世界で定番中の定番。

 これがなかったら、異世界じゃないと言って、言い切れる必須アイテムである。

(……わかっている……ちゃんとわかっている……)

 今までの流れからどうせ、『魔術は才能がないとダメ』とか、『魔術の習得には年単位でかかるから、六日じゃ無理』とか、こんなオチが待ち構えているに決まっている。

「まぁ、それならできるわね」

 はぁ~、現実は、いつだって非情だよな………

「えっ?今なんて言った?……」

 なんか幸運が落ちてきた気がした。

「魔術ぐらいならアサヒでも使えるわよって言ったのよ」

「それ本当⁉」

「えぇ、それぐらいなら」

「俺、魔術の知識とか全くないよ⁉」

「確かアサヒの世界は、魔術がないのよね。にわかには信じられないけど、魔術を使うだけなら、知識なんて要らないわよ」

「俺、魔術の才能があるかわからないよ⁉」

「そこは問題ないわよ。身体検査で魔力があることは確認してるから」

「本当に、ホント?」

「しつこいわよ。私ができるって言っているのだから、できるわよ」

 俺は、グッと力を溜め、天に向かって雄叫びを上げた。

「……神様ぁ~‼ありがとう‼」

「バカ‼こんな街中でなに叫び声を上げているのよ。周りが不審な目で見ているじゃない‼」

 そんなことどうでいい。

 やっと巡り会えた異世界らしいことに、魔術の才能を与えてくれた神様に感謝の言葉を上げずにはいられない。

「それでどうやれば魔術を使えるの?」

 アビゲイルが、腰にぶら下げている巾着袋からあるものを取りだした。

「これよ。『フエリィー』のインテム。今はこれしかあまりがないから我慢してね」

 取り出されたのは、鳥の羽根をモチーフとしたアクセサリーだった。

「インテム?」

「まぁ~、知識がなくても魔力を注ぐだけで魔術が発動される便利道具ってところね。このインテムには飛行魔術『フエリィー』が封入されているわよ」

「と、言うことは魔道具ってこと」

「そんな高価な物じゃないけど、その一種ね。魔道具と違って、発動時間の短縮だけで補助機能がないし一回きりの使い捨てだけどね……と、言うより、よく魔道具なんて言葉知っているわね。魔術がないくせに……」

「まぁ、俺の世界はたくましいからな」

 詳しい仕組みはよくわからないけど、要するにこれを使えば魔術を使えるってことだけわかれば十分だ。

「ねぇ、どうやって魔力注げばいいの?」

「そうね……私たちにとっては魔力なんて呼吸するように自然なことだから、特に意識しなくても魔力を使えるけど、あなたにどう伝えるべきか……何と言うか、そのインテムを体の一部として血を注ぐような感じかしら」

 こればかりは実施あるのみか……

 俺は歩く足を止め、助言通りに意識を集中させた。

 だが、アビゲイルが口をはさんだ。

「そういえば、飛行魔術は法律で緊急時以外の使用は禁止されているから、発動したら即逮捕よ。飛行魔術って、簡単な術式な割に高度な制御が必要だから、飛んだとしても落下してぺしゃんこになる人が多いのよね」

「……」

 あぁ~やっぱりそうですか。そういうオチですか……

 もうなんだよ、この異世界。こんなの全然異世界じゃねぇよ。

 だが、それもそうだよな。

 日本だって銃の所持を規制している。あんなあっさりと人を殺しかねない魔術がなんの法的制約もなく使えるわけがないよな。

(それにさっきからずっとこんな感じで……)

 俺は、顔を手で覆い隠し、下を向いた。

 アビゲイルは、俺の落ち込む姿に声が震える。

「アサヒもしかして泣いてるの?別に大丈夫よ。インテムには魔力を注ぐだけって性質上、安全装置の組み込みが義務付けられているから、魔術は発動しないわよ。だから、心配しないで」

「もうそうじゃないんだよ」

「なら、なんで泣いてるの?」

「そんなのいいだろ」

「良くないわよ……あなたがそんな姿を見てたら……」

「えっ?」

 弱弱しいアビゲイルの声に顔を上げた。

「私が悪かったなら謝る。私だって別に悪気があったわけじゃないの。だって、強気態度を取っていないと私は……」

 少女の瞳には、うっすらと水を浮かべていた。

「だって、そうでしょ。突然、見知らぬ世界に連れてこられて、もしかしたら死んだかもしれないのよ。せめて、何かできないかと……」

 アビゲイルの肩は僅かに震える。

「でも、私こうだからうまくできなくて……」

 初めて見せるアビゲイルの表情は、今まで見せることがなかったものだった。

「本当にごめんなさい」

 だが、それはありふれたもので、いたって普通な年相応の姿であった。

 そんなものを見せられた俺は、当然……

「いや、違うだって、俺は別にアビゲイルに怒っているわけじゃなくて」

 こんなことを言ってしまう。

「嘘でしょ。ずっとあなたに悪いことしてきたと自覚があるのよ」

「本当に違うだって……何と言うか、すこし妄想をこじらせただけで……アビゲイルは悪くないよ」

 アビゲイルから浮かべる水は、たった一滴で俺の心を洗い流すのに十分すぎる量だった。

「本当に?」

「本当だよ。俺、嘘はつかないから」

 アビゲイルがジッとこちらの瞳を覗き込んだ。

「……ウソつき」

 グサッ‼

(……危ない危ない)

 寸でのところで、記憶を掬い戻し致命傷は避けられた。

 人は内に隠された本性が大切だと言うが、だからと言って、表面を軽んじてはいけない。

 アビゲイルは根があれだとしても、咲かせる花は、鋭い棘のついた禍々しい赤いバラだ。

 見た目は美しいが、触れたら間違いなくケガをする。

 だが、一度棘が刺さった体には、深く傷跡が残りそうだ。

「ねぇ。もう俺、お腹がペコペコだから、早くお店に行かない?」

 刺された傷がバレないように誤魔化した。

 アビゲイルも我に戻り顔を真っ赤にさせる。

「そっ、そうね。お店も混んじゃうし早くいきましょ」

 と、わなわなと目線をちらすアビゲイルの目が鋭くなった。

「アサヒ。こっち‼」

 突然、腕を掴まれ大通りを走り出した。

「一体、どうしたの?そんなに急がなくてもいいよ」

「別に急いでないわよ。ちょっと怪しいストーカーを振り切ろうとしているだけよ」

 どこか嬉しそうな顔で振り向いてきた。

「ストーカーって、あれだよね?」

「そうよ。私って美少女で、天才だから、いても不思議じゃないでしょ」

(それ、自分で言うか、自分で。まぁ、否定はしないけど……)

 急に走り出して一瞬驚いたが、アビゲイルの陽気な感じを見ると、それほど深刻ではなさそうだな。

(でも、なんだか釈然としない)

 先ほどまで見せていたあどけない少女の姿はどこへやら……

 一瞬で元の姿に戻ったアビゲイル。

 俺、うまく手玉に取られている気がするのだが、気のせいだろうか?

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