目が覚めると……

 パンッ‼

「なに⁉なに⁉」

 強烈な衝撃に目が大きくかっ開いた。

「いつまで寝ているのよ‼さっさと目覚めなさい‼」

 ぼやけた視界が鮮明になっていくと、銀髪の少女が腰を曲げて、顔を突きつけている。

 俺は、鈍い痛みを感じる左頬を手で擦った。

「ここはどこ?」

「なに寝ぼけたこと言っているのよ。さっきと同じ場所に決まっているでしょ」

 少女の言う通り、意識が失う前と同じ暗い路地裏で壁に寄りかかり、地面に座り込んでいた。

「ねぇ、一応確認するけど、あなた見覚えのない銀の指輪はもっていたりしない?」

 少女は怪しむように目を細めた。

(指輪?それって確か、あれのことだよな?)

「これのこと?」

 何の関係があるかわからないが、左ポケットからそれを取り出した。

「やっぱりあなたなのよね」

 俺の持っていた銀の指輪を見ると、少女は何かを納得した。

(う~ん、あれ?何かがおかしい気がするだが、何がおかしい?)

 この路地裏で少女と話している状況?いや、危ないところを助けてもらったのだ。それは違うか。

 なら、俺が危険な目に会っていたこと?確かにおかしいことだけど、それは解決されているから、現状おかしいとは言えないはず……

 あぁ、ダメだ。頭に妙なモヤがかかってまともに思考できていない。

「ところであなた一体何者?さっきまで何語を話していたの?」

 少女は再び質問を投げかけた。

「俺?俺は、新井朝日です。さっきの言葉は日本語だけど」

「アライ・アサヒ?妙な名前ね。日本語?それはどこの言語なの?」

「どこって、日本だけど」

「日本?聞いたことないわね」

 少女は、上着のポケットから手に収まるほどの透明な板を取り出した。その板の表面を人差し指でなぞり始めた。

 今だ、はっきりとしない脳にぼぉ~と、その様子を眺めた。

 『何者か』と尋ねるのは、少女とは初対面だからわかるが、『どんな言語を使っているか』なんて聞く必要あるのか?

 だって、言葉が通じ合っているのだから、少女と俺は同じ言語を使っていることになる。それをわざわざ訪ねるのは、おかしい……

(うん?同じ言語?)


 ポン、ポン、ポン、チン‼


「俺、何語使っているんだ⁉」

 違和感の正体に気づき、俺は飛び上がった。

 今の今まで気づかなかったが俺は、日本語ではない妙な言語を口にしていた。

「突然なによ⁉びっくりさせないで」

 少女が驚いた目を向けてきた。

「だって、えっ?なにこれ?」

 今だ俺は状況を飲み込めない。

 少女は、一度、呼吸して俺の疑問にさも当然のように答えた。

「スチリス語に決まっているでしょ」

「スチリス語?なんだそれ?」

 俺は今もスチリス語と呼ばれる言語を自然と口にした。

 それはまるで、難解な数式や意味不明なパズルを何も考えずに、ふと答えが浮かび上がるような感覚。本来であるなら、途方もない時間を掛けて導き出す答えを一瞬で導き出せるのだから、天才になったような良い気分になるかもしれないが、歯車の噛み合わないのになぜか正確に時を刻む時計を見ているようで気持ちわるい。

「リアリス王国が母国語とする言語よ」

「リアリス王国?」

 聞き覚えのない国名だ。一体どこにある国なんだ?

 ヨーロッパ?それとも、アフリカか?

 街の文化レベルを考えるに先進的な国の多いヨーロッパだと考えるのが妥当かな。

 あの辺は、有名な国に紛れて小さな国がいくつもあるからなぁ~。聞き覚えもない国が一つや二つあってもおかしくないよな。

 いや、そこはどうでもいい。

「一体、俺に何をした‼」

 この際、どこのどいつかわからないリアリス王国だろうが、大国のアメリカ、ヨーロッパのイタリア、隣国の韓国だろうか、然したる問題でない。どこのどこだろうと、異国であることには変わりない。

 そんなことよりも、大きな異常がある。

 俺は高校二年生。小学校の簡素な英語教育を除けば、中学時代から四年間英語教育を受けている。それでも、英語を話せるようなレベルに到底到達していない。

 それなのに、今日知ったような言語を流暢に話せている。

 これを異常と言わなければ、この世界はどうかしている⁉

 少女は答える。この異常な原因の一端を垣間見せる。

「『センセプト』を使ったのよ。他者に知識を与える精神系の魔術。言葉が通じないようだから私の持つスチリス語をあげたのよ。ホント、うまくいってよかったわね」

「まじゅ……つ……?」

 ……今、『魔術』って口にしたよな。

『魔術』って、あの物理法則うんぬんを無視する、あれだよな?

「なに、魔術を初めて聞いたような顔して?魔術なんて普通でしょ」

(そうか普通なのか)

 中二病的な言葉なのにスッと体の中に入ってくる。

 『魔術』と言うのなら、俺がどことも知らない異国語を突然話せても不思議がない。

 目をパチパチとしたまま動かない俺に、少女は不安感を漂わせた。

「あなた、ひょっとして『魔術』を知らないの?」

 ひょっとしなくても、『魔術』なんて代物は知らない。

 物語によく出るような魔術なら、それなりの知識がある。あと、現代のインチキ黒魔術とかも……

 だが、どれも空想上の産物で、『正真正銘』、『効果が伴う魔術』というものは、今この場で初めて体験した。

「あなた‼本当の、本当に魔術を知らないわけ⁉」

 少女に肩をがっしりと掴まれ、頭を揺さぶられる。

「知らない。知らないよ」

 振られる頭からそんな単語が零れ落ちると、少女の手がピタッと止まった。

「それ嘘じゃないわよね」

 突然、真剣な面持ちで尋ねてきた。

「あぁ、嘘じゃないって」

 そう口にした途端、少女は強く頭を殴られたかのようにふらふらとした歩みで一歩、二歩と歩いた。そして、拳を高らかく上げ、歓喜の声を上げた。

「ついに、ついに、私はやり遂げたわよ‼もうダメだと思ってけど、私はついに異世界への道を開いて見せたわ‼これでもう、こんなクソッタレ世界、出てってやるんだから‼」

 歓喜を超えた少女の狂喜の姿。先ほどまでの姿との天と地ほどの温度差に一人、置いてきぼりにされた。

 それでも、たった一つだけ掬い上げられた。

 それは聞き間違えることない一言。

 今まで、あらゆる出来事に凝り固まった正しい論理で俺は、イタリアにいるものだと、結論付けていた。

 だが、一点だけどうしても説明が付けられず、目を逸らしていた。

 自分の部屋から何の前触れもなく、街のど真ん中に立っていた現象。

 これだけは、どんなに論理を積み上げようと積み上げられなかった。

 そんな疑問さえも拭い去った。

 少女が喜びに震える顔を向けてきた。

「初めまして、私、アビゲイル・クロスフィールド……」

 そして、にっこりと満面の笑みを浮かべる。

「ようこそ、異世界へ」

 あぁ、やっぱり。

 俺は、異世界に召喚されていたのか……

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