第122話 健太立つ! (5)

「健太?」

「なに父さん?」

「お前も大人になって女の人と恋をして結婚。お嫁さんを貰ったら。奥さんを大事にするんだ。そして何があっても自分の大事な妻、家族は命を懸けても守らないといけないぞ、健太。お前は男の子。家庭を持てばその家の大黒柱なのだから家族にどんな災いが起きようが臆し怯む事もしないで立ち向かっていかないといかん。分かったな、健太?」

「うん、わかったよ。おとうさん。僕も大人になったらお父さんみたいに母さんや子供のことをちゃんと守り養えるようなりっぱな男になるよ。だから心配しないで任せておいてよ。父さん」と。


 自身の薄い胸をポンと叩き『ゲホゲホ』と軽く咳き込みながらだけれど満身の笑みを浮かべ自身の父へと。自分も大人になり恋をして結婚をし、家族を持てば命がけで妻を、家族を守るのだと。


 もう、太古の昔にでも父に言った。告げた。決意をしたような感覚に陥るほど遠く離れた異世界日本に住む父……。


 多分神隠し、行方不明になった一人息子の自分のことを毎日顔色を変え探索、帰り。帰宅をするのを願い。心待ちにしながら待つ父の面影と約束事が何故か彼……。



 そう、只今この状況下……。


 武も力もない貧相、貧弱な自分へと妻達が、家族が。自分の大事な物、宝、宝玉であるはずの妻を他人、余所者、男が強引に自分の下から奪う。盗む。略奪しようとしている最中を健太はその悪しき男、ウォンに対して恐れ慄き震え怯えながら。


 自身の涙が止まるほど呆然としながら妻の一人であるウルハがウォンに力づく、強引に凌辱されていく姿を何の対処もすることもしない。できないで只指を咥え見ていた。観戦していた。


 まあ、していたのだが前回の終わりのシーンの通りだよ。


 他の妻達の悲痛な顔、表情──泣き叫びながらの、ウルハのことを健太の命を投じてまでも待ってやってくれと。


 それもウルハの夫ならば当然のことだ。


 男が妻子を命がけで守るのは、この地上にいる生きとし生けるものならば種類、種族関係無しに当たり前のことだ。


 だから『健太!』、


『あんた!』、


『パパ!』


『お父ちゃん!』


『健ちゃんウルハの事を救ってあげてよ。お願いだから」の𠮟咤激励を聞き健太は、自身の心の中で(どうしよう? どうすればよいのだろう?)と、彼が悩んだと同時に。


 健太の脳裏意に遠く離れた異世界日本で暮らす。自分の帰りを待つ父との過去に約束をしたこと言葉、台詞が自身の脳裏をかすめる。


 そしてかすめ終われば彼は、健太は我に返り只今自分が、妻が、家族が置かれているこの状況を自分なりに分析──思案を始めだすのだ。


(只今ウォンさんから凌辱行為に遭っているウルハさんだけれど。ウォンさんが彼女への凌辱行為が完全に終われば。僕の背に隠れ怯えているアイカさんがウォンさんからの強引な凌辱行為に遭ってしまうようになる。ならば今からアイカさんの手を握り。強引に引っ張ってこの場から遠くへと駆け足で逃亡、逃げるしかないか?)と。


 健太は脳裏で瞬時に思いながらウォンとウルハの様子を再度……。


 そう、押しかけ女房ではあるのだが、自分のことが大好きだ。愛している。あんたの子しかうちは産む気がないと威勢、気丈に告げてくれたウルハの悲惨、悲痛、痛々しい姿……。


 もうそれこそ、自身の目を閉じ、涙を貯め流しながら顔をそむけたくなるような残酷、非道な行為を目のあたりにしながら観察──。


 自身の奥歯をグッと噛みしめる。


 それこそ奥歯の歯ぐきから血がでませんか? と。


 思わず健太に問いかけたくなる衝動に駆られるほど彼は自身の奥歯を噛みしめると。


 健太は何かを納得した。悟ったようにコクリと頷くと。


「アイカさん逃げるよ」と。


 彼は自身の小さな背の後ろで悪しき男の強引な性的暴力行為、凌辱行為に怯え震える元カノ、妻、妃へと──。


 今から自分達はウルハを見捨て、この場から駆け足で逃亡、逃避行を続けるよと告げれば。


「アイカさん、いつまでも震え怯えていないで立って! さぁ、早く立って! さぁ、逃げるよ」と。


 アイカに荒々しく、勢いよく健太は告げ、吠えながら自身の華奢な腕、手、掌で彼女の腕を掴み握り強引に立たせ始めるから。


 アイカの女盛りの艶やかな唇が開き。


「えっ!」と驚嘆が漏れるのだが。


 健太が、自身の元彼、夫、ではないか。


 アイカの主人、夫がいつもと違う顔……。


 ヘラヘラと何が楽しい。嬉しいのかわからない薄ら笑い……。


 そう、アイカ自身の顔色を窺うように作り笑いをしながら御機嫌窺いをする。見ているだけでも彼女、アイカが頭にくる。不満に思う。だから直ぐに罵倒、暴言、罵声をついつい吐く。放つ、吠えてしまうようになる。


 優男特有の緩んだだらしない顔ではなく凛と威勢、威厳のある顔で健太が妻であるアイカに初めて魅せるから。


 彼女自身も驚きを隠せない顔をしながら。


『はい、健太』ではなく。


「はい、あなた」と、アイカ自身もいつもと違う。妻らしい振る舞いで柔らかく健太へと言葉を返しながらその場を立つ──。

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