第97話 酋長の決断(7)

「えっ、あっ、うん、分かる。分かるぞ、ウォン……。でもわらわは、あの者達から虐められて泣いている健太をこのまま放置するのは忍びない」


 それでもアイカは泣き、喚き、助けを乞う健太を今直ぐ助け、救助したくて仕方がないから不満のある声音で言葉を漏らす。


「ああ、アイカの気持ちは俺も十分承知しているよ。俺は元お前の彼氏、婚約者だったのだから。アイカの男王を想う優しい気持ちと誠実な忠義は、俺自身も余り認めたくはないが今回の件でお前の様子を傍から見ていて良く分かる。理解が出来た……。それでもな、アイカ。今お前が男王を救いに飛び出るのは不味い。不味いのだ。そんな事をお前が今すれば、集落の男達の大半が酋長のアイカへと不満を募らせ始めるから。今後のお前の領地経営に支障が出る恐れがある。だからお前があいつらの荒々しい行為から男王を救うのは今は不味い。それにあいつらの様子を自身の気を落ち着かせて良く見てみろ。あいつらはちゃんと男王を殺さないように手加減しながら暴力を振るっているだろう。だから大丈夫だ」と。


 ウォンは動揺をしているアイカへと優しくゆるりとした口調で丁寧に説明をすれば。


「それにアイカ、俺が何故この場所にいるのか、お前には分かるか?」と問うのだ。


「えっ! 嫌、分からない」


 女王アイカは急にウォンからこんな事を問われてもわからないので、自身の首を振り。


「ウォンは偶々この近くを通っていたのか?」と訊ねる。


(でも、こんな道から外れた場所をウォンが歩く訳はないか)と、彼女は脳裏で思いながら。ウォンの返答を待つと。


「俺はあいつらが嫉妬に狂い男王を殺さないように監視しているのだよ。この集落の酋長と男王の為に。それも今日偶然や偶々ではないぞ、アイカ……。俺はここつい最近毎日のように男王を守る為に監視している」と告げてきたから。


「えっ、嘘?」と、アイカが驚愕しながら言葉を返せば。


「嘘じゃない本当だ……。最初はなぁ、アイカ。俺もこう見えても男王を助ける為にお前のようにあいつらの許へと行き。強引、力づくで、あの惨い。酷い行為を止めようと試みようとしたのだが。良くあいつらの行動を観察していたら男王を殺さない程度で手加減をしながら虐め行為をおこなっている事に気が付いたから慌てて止めずに、毎日このように観察、監視をしながら男王とあいつらの様子を窺っているのだよ。もしもの為になぁ。だから実際男王は怪我はしているが死に至るような大きな怪我……。お前やプラウム、サラが回復魔法で治せる程度の怪我しかしていないだろう。だから俺も下手にあいつらを刺激して更に男王や酋長のお前へと不満や憎悪を募らせるよりも。男王には悪いと思うのだが。少しばかり集落の為だと思って痛いのを我慢してもらおうと思いつつ、男王には毎日自身の心の中で『済まない。済まない。これも集落の民衆の為だ。男王にはすまぬと思うが耐え忍んで欲しい』と詫び涙を流し様子を窺っているんだぜ」と。


 ウォンはアイカの前で自身は悲しい気持ちなど皆無に等しいはずなのに……どころか? 自身の彼氏、元夫である健太のことを悲しい形相で見詰めるアイカを凝視しながら。更に健太に対して嫉妬心と憎悪を募らせているのにも関わらず彼は、苦痛な顔を演技、装いつつアイカへと告げる。


 でっ、当の本人であるアイカはと言うと?


 自身の大事な彼に対して大半の漢戦士達が嫉妬心を募らせながら不満に思っていると聞かされた後での、元彼からの心強い言葉、台詞……。


 自分は前男王である健太のことを支持、支援しているのだと聞かされアイカは、野心家の元彼の言葉、台詞を易々と信じてしまう失態をここで犯してしまう。


 まあ、それぐらいアイカは健太のことが好き、愛しいから。少しでも自身の大事な宝物を支持、支援をしてくれる者も欲しいから嘆願まで始めだすのだよ。


「ウォン、そうなのか? わらわの健太の事をそんなにも思ってくれていたのか。わらわは知らなったよ。本当にありがとう。ありがとう。ウォン……。この件は一生恩に思い。忘れないから本当にありがとう。今後もわらわの大事な家のひとをよろしく頼むよ。お願い。お願いします。うぅ、ううう……」


 気丈な酋長、女王であるはずのアイカが、自身の彼氏のために一人の女性、妻となって、とうとうこの場で佇みながら大粒の涙を流しながらウォンへと嘆願……でっ、最後には嗚咽まで漏らし始める。


 だからウォンは自身の心の中で、


(クソあのチビ必ず俺が殺してやるからな)


 と、更に健太に対して嫉妬心と憎悪を募らせる。


 でも彼の、ウォンの表向きの顔は満身の笑みを浮かべた優しい顔、容姿でね。


「泣くな、アイカ、ここで男王の様子をお前が見ていたら。自身の心が切り裂かれそうなぐらい辛いだろうし。あんな痛々しい物を妻にお前が見ていたら心の病に罹る可能性があるから神殿に帰っていろ。男王の事……。この件は今後俺に任せてくれ。俺はお前の従兄であり。兄貴みたいな者だから。男王の件は悪いようにはしないから」と。


 この場で佇みながら嗚咽を漏らすアイカの頭を優しく撫でながらこの男、ウォンは嘘ばかりを本当のように告げ、説明をするのだ。


 だから健太の彼女、妻と完全に化しているアイカは、涙をポロポロ流しながら自分達夫婦を邪な策で陥れようと画策を企てる男、ウォンの甘い誘惑に対して素直に「うん、うん」と頷いてしまう。


 だからウォンの離反の策は完全に成功、成就したから。


 今後彼、健太への漢戦士、グラディエーター達の虐めは激しさを増し。彼を心の病へと陥れ、閉じこり。引きこもりへと導いていくのだった。



 ◇◇◇

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