第95話 酋長の決断(5)

「アイカ! この集落の酋長、一族の長として、再度お前に問うのだが。お前が酋長として先祖代々受け継がれてきた物として守らないといけない物は、俺やあいつら、この集落の血族達なのか? それともアイカ、お前の元亭主なのか? どちらなのだ」

「わ、わらわか?」

「ああ、そうだ。お前だ。この集落の酋長、女王として俺はアイカに訊ねている」

「えぇ、えぇ~と……。それは、それはな、ウォン……」

「ほら、早く言えよ。アイカ。酋長としてお前が今後守りたい。守らないといけない者達は一体誰なのかを、さぁ、早く俺に言え。告げ。教えてくれよ。女王様頼むから」と。


 先程からウォンは、自分達この集落の民をとるのか、アイカの元夫であり最愛の彼である人種の健太をとるのか、を決めかねている。決断ができないでいるから下を向き、自身と目を合わせないようにしているアイカに対して、自分の計略した策を成功させるために更に勢いよく、急かしながら彼女へと追い詰めるように問う。


 だからアイカは、本当に困った顔……。


 そう、彼女は女王さま、酋長さまではなく、健太の妻としていつ泣きだしても可笑しくない顔をしながら。今もなお集落の漢戦士達から。


「ほら、チビ遊んでやるよ」

「俺が鍛えてやるからな」

「ほら、かかってこい」

「俺の事を殴ってこいよ」

「チビ、いつまでも転がっていないで早く立てよ」と言った荒々しい台詞を浴びながら。


 自身の横たわる華奢な身体に蹴りを、踏みを入れられ続け。


「ゆるしてください」、

「僕にこれ以上酷いことをしないでください」、

「僕は別に鍛えてもらわなくても結構なので。僕のことをもう解放してください」、

「おねがいします。おねがいします」、

「誰かぁっ! 誰かぁあああっ! 僕のことを助けてぇえええっ! おねがい。おねがいだからぁあああっ!」と。


 泣き叫びながら、助けを乞う。求める健太の方をアイカは頷きながらもチラチラと見詰め。


(わらわが助けたいのは健太、家のひと、主人……。だからわらわが今後も守り続けたいのは愛する夫健太とそのうちできるだろう家のひとの子供だけだから。わらわの健太に酷い事をする者達は皆罰してやる。折檻だ。わらわが健太の代わりにあいつらを相手にして皆殺しにしてやるのだ。だからウォン、わらわの手を離せ。今直ぐに。でっ、ないとウォン、貴様もわらわの手で冥府へと送り届けてやるからな……)と。


 本当は彼女、女王アイカは憤怒しながら言いたい。告げたい。咆哮を吐き、放ちたい衝動に駆られているのだが、彼女の先祖や両親達は、自身と同じ血を含む国の民を守るために己の身を投じてきた。今後も守護して次の世代へと繋げ繁栄をさせていけないといけないとアイカは先代の女王ある母や男王であった父から幼い頃より耳が痛くなるほど聴かされ育ってきた。


 だから自身の本当の気持ち。本音をアイカは荒々しく吐く、放つわけにはいかない。


 またそのことを元彼、婚約者、男王になれなかったウォンは重々承知している。





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