第8話 言うなら今が最後のタイミング

 あの後、私はどんな顔をして相談にのればいいのかさっぱりわからなくて、困惑した。

 ショウはこちらの気持ちなんかつゆしらず、デートのアドバイスを求めてくるし。

 家に帰ってからもラインで……映画観終わったらどうしたらいい? だの、この服とこの服だったらどっちが一応女子からみていいかな? だのどうでもいい連絡が頻繁に来る。


 私が相談したリサ姉はというと、相変わらず『行っちゃえ行っちゃえ! デートくらいいいじゃん、いいじゃん』って言うし。


 私も私で『私の正体を知ったらショウが傷付くんじゃない? 行かずにフェードアウトするべきなんじゃないの?』という天使私と。

『いいじゃん、デートくらい。そんでごめんなさいって付き合うのは断ればいいって。デードだよデート!』ってやたら声の大きな悪魔の私が心の中で戦っていた。


 行くかはまだわかんない。でも準備くらいしたほうがいいのかな~って。

 あくまでも用意するに越したことがないというだけよ。


 スカートのほうがいいよね? いや、ワンピースのほうがいいかな?

 鏡の前で当ててみる。

 うーん、足元はスニーカーだし。フェミニンなのとあえてあわせることで甘さを押さえて……とついつい真剣に当日のコーディネートを考えてしまう。


 誘われたときの記憶がおぼろげだったけれど、ショウから届いているラインをみるかぎり、当日は映画をまず見るつもりみたい。

 映画館って……確実に隣に座るじゃん。

 いや、友達どうしでも一席開けて座るとか普通しないけど。とにかく近い、近いよ。横向いたらすぐそこにショウいるじゃん。

 近距離にくるわけだし、涙袋をつくっていつもより瞳の印象を強くして。

 グロスよりも、ツヤがあるタイプの口紅の方がいいかな……いや、別にキスとか考えてる訳じゃないけど。

 あくまでね、うん、いろいろ準備したほうがいいかなってだけよ。などと心にいいわけをしながら私は何日も前から準備をしていた。



 デートの日はあっという間にやってきて、結局あれやこれやと念入りに準備していざ出陣である。

 結局初デート意識してガッツリ準備したのトランクに入ってる。


 外でウソの私に変身する時間がいるのでかなり早めの時間に家を出たんだけれど、同じ電車に乗ろうとしているショウを見つけて慌てて隠れた。

 化粧する時間考えた私と同じ電車に乗ろうとするとか、いくらなんでも早すぎじゃない?


 ショウは昨日最終確認って写真を送ってきた服を着てたし。

 見たことない新しいワンショルダーの鞄持ってたし、スニーカーだっていつものじゃない。

 何よりかにより、私チラッと見た一瞬でショウの情報得すぎ。流石に自分で自分が気持ち悪いし。

 いまさら言うのもだけど、ショウとの恋愛において私の努力の方向完全に間違ってる、ストーカーレベル凄く高いわ私。




 そわそわと落ち着かない様子で、スマホを取り出して画面を見ながら髪型を治してるし……ショウは本当に今日を楽しみにしてたんだろうな。

 なら、なおさら。相手が私でしたってばれたらダメじゃん。



 ショウのことを考えたらデートをするべきではない。

 ここまできたけれど、私はあえて行かないことにした。



 心苦しいけどこれでいいのだ。ショウはデートをすっぽかされて、後日ユウキのほうで慰める。そして、いつか今日のことはショウの中で忘れちゃうと思う。

 私は踵を返した……

 でもすぐに帰る気にはなれなくて時間を潰す。



 待ち合わせてた時間から1時間たった。

 未だに、ユウキのスマホには何の連絡もきていないこともあって気になった私は待ち合わせ場所にこっそりいって様子をうかがうことにしたんだけど。

 まだいる。

 スマホ見ながら少しだけ悲しそうな顔で……



 何やってんのよショウ。待ち合わせ時間からもう1時間も過ぎているんだよ。

 1時間も待つとかバカじゃないの。

 すっぽかされたって認めてさっさと帰ればって……馬鹿は私だ。

 振るにしても、はっきりと本人に言えばよかったのだ。こんなの一番最低じゃん。

 これが初恋だったらトラウマ物だ。


 私は預けていたトランクを引きずり、適当な化粧室に移動する。

 服を着替えて何回もシミュレーションしたメイクを施す。ベースとファンデーションと眉くらいはしてきてたからここからは早い。

 最後にウィッグをかぶる。



 準備は何度もシュミレーションしていたからそんなに時間がかからずできたんだけど。

 ユウキの時の着替えなど入れたトランクをしまうためのコインロッカーが空いてなくてロッカーを探すのに手間取った。

 ロッカーを見つけて荷物をしまえた時には既に約束の時間から2時間も過ぎていた。


 私は走った。走って待ち合わせ場所に向かった。

 そこにはもうショウはいなかった。


 息を切らせたまま私は辺りを見渡した――そうか流石に帰ったよね。

 予定通りこれで、私とショウの血迷った関係は終わった、これでいい。

 でも、あんな顔をショウにさせたことで、もやもやとした気持ちが残った。

 私は待ち合わせ時間なんてとっくにすぎたのにショウがさっきまで立っていた場所に立ち尽くし、うなだれた。



「ユウちゃん」

 聞きなれた声に振り替える。

 そこにはペットボトルを持ったショウがいた。

「あの、ごめんなさい。私……」

「遅れてごめん、ちょっと前までそこにいたんだけど喉乾いちゃって……それで」

 私が大幅に遅れたにも関わらず、ショウのほうがほんのわずかの時間ここを離れていたことを謝っているし。


 いい奴過ぎるでしょ!!

 調べただろう映画の時間過ぎてるどころか、作品によっては上映終わってるよねとかいろいろ頭によぎる。




 私達は2時間遅れで初めてのデートをすることにした。

 沢山謝る私に気にしないでってショウは繰り返す。

 自分も少し遅れたからとか言うけど、私はショウが待ち合わせ時間のずっと前にきてそこに立っていたのを知っている。

『俺がちょっと動いたりしたからわかんなかったのかも』とかショウはそんなことを繰り返していた。



 なんとなく適当に映画をみることに決めてどっちが支払うかもめて。

 最初くらい払いたいというショウと遅れたから払いたいという私の戦いは、飲み物は私が買うということで決着がついたけど、金額が全然違うよ!

 いつもお金ないって言ってるじゃん。




 カップル席だったらどうしようと思ったけれど、あいにく埋まっていたおかげで普通の座席となった。

 それにしても、カップル席の人ってどうやって座ってんの? 肘おきないんだよ。

 こんな細い肘おきが間にあるだけの今でも十分すぎるほど距離が近いと思う。


 ショウと二人で映画は行ったことはもちろんある。

 でもそれは友達同士だったし、割り勘で買ったポップコーンを損してたまるかと取り合って食べたり、先にパンフレット買っちゃう派のショウのパンフレット覗きこんでたりしたら映画って始まってたし。


 付き合ってる時は、映画が始まるまでのこの時間どうやって過ごすのが正解なの? 気にしないようにしなきゃと思えば思うほどショウを意識してしまう。

 うぅ、ショウの匂いがする……


 真ん中の肘おきは使わない方がいいよね。

 緊張してるせいか、やたら喉が乾く。

 あっ、今日スカートだったから、ブランケット借りてくればよかった。

 膝丈のスカートだったけれど。意識せず座ってたもんだから結構上の方にあがっている。

 いつもパンツスタイルだったからスカートの時の気をつけるとかが私できないんだよ。



 暗くなる前に取ってこよう。

「シ……ショウ…君」

 それにしても慣れない、この呼び方慣れない。

「……何!? どうかした?」

 あっちはあっちで緊張して違う世界にいたようだ。

 でも、どうかしたの『し』の時に目線が一瞬私の太股に下がって戻ってきたのを私は見逃さなかった。


「空調効いてるから、膝掛け借りてくるね」

「あっ、座ってて取ってくるから」

 というやり取りを経て、私はブランケットをゲットした。一枚でいいのに二枚もとってきている。一枚だけ貰ってどうするのかなと思えば自分にかけていた、なるほど。

 ブランケットをかけて暫くしたら館内の灯りが落とされた。

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