20 「黙秘権を行使します。」



「あ、そ、そうだ!お父さん、最近仕事は忙しいの?」


 お通夜のようになってしまった場の空気をどうにかしようとしたのか、日向さんがそう倉井さんに話しかける。


「いや。最近は割と落ち着いているな。もうしばらくは主力メンバーのアルバムの発売予定がないからな。そう言う日向こそどうなんだ?この前レポートが終わらないと嘆いていたが。」

「ああ、うん。どうにか終わったよ~。」

「そうか。それはよかった。」


 なんでだろう。普通の会話のはずなのにどこか固いというか、ぎこちないというか、そんな感じがする。お互いに「頑張って話を繋ごう」という意思を隠せていないせいだろうか。


「ちなみに、逢音君は課題とかはどうなんだ?もう夏休みだろう?」

「ああ、はい。僕はもう課題終わらせてますね。溜めておくのも好きじゃないので。朝日さんも、もう終わらせてるよね?」

「――うん。」


 隣に座る朝日さんにそう話を振ると、少し間が開いた後俯きながら小さな声で返事が返ってきた。やっぱり、倉井さんがいるから気まずいのかな。僕だってだいぶ気まずいんだけど。


「そうか。本来は夏休み前が締め切りだった課題を夏休み中にやっていたような人もいるくらいだからな。余裕があるのはいいことだ。」

「――ねぇ、お父さん。それ私のことだよね!?ちょっと!なんで言っちゃうの!?朝日には言ってなかったのに!」

「え、知ってたけど。」

「嘘でしょ!?」


 ショックを受けて騒ぐ日向さんに、心なしか場の空気が緩む。やっぱり、日向さんは騒いでこそだね。朝日さんも倉井さんもあんまり自分から話すタイプじゃなさそうだし、日向さんが話の主導権を握らないと話が続かないだろうから思う存分騒いでもらわないと。


「そんな。私がせっかく『デキるお姉さん』をしていたというのに。」

「いや、デキる感じなんて最初からないから。」

「嘘だよね!?自分なりにできてるつもりだったんだけど!?ね、逢音君!できてたよね!?」

「黙秘権を行使します。」

「遠回しに言うならハッキリ『できてない』って言ってあげるのも優しさだよ!?」


 はっきり言ったらそれはそれで文句を言われる気しかしないんだけど、それを言うとさらになにか言われそうだから黙っておく。どうせ、なにも言わなくても勝手に話は進んでいくだろうし。


「――トイレ。」


 朝日さんはそう言って立ち上がり、すたすたと歩いていく。それを一瞬目で追った日向さんだが、「わかった~」とだけ言うとまた話を続ける。普段は少し煩いと感じたりする日向さんの話も、こういうときはありがたいね。

 あ、そういえば、日向さんと倉井さんが一緒にいるのを見るのは初めてかもしれない。こうしてみると、顔のパーツが似てるような気がする。やっぱり親子なんだなとしみじみ思う。そういえば、朝日さんも倉井さんと似てるところあるな。朝日さんと日向さんはそんなに顔が似てないから姉妹感ないけど、倉井さんを間に入れると一気に姉妹だってわかる。遺伝子的に、受け継いだパーツが朝日さんと日向さんで違うんだな。

 そう考えていると、ポケットに入れていたスマホが振動した。通知の音がしないのを不思議に思ったけど、通知音をオフにしていたことを思い出して納得する。

 なんだろうと思いながら、日向さんと倉井さんが話に熱中している間にスマホのロックを解除すると、朝日さんからメッセージが来たのだとわかった。

 どうしたんだろう。僕はすかさずそのメッセージを読む。


『今すぐ、寝室に来て』


 どうしよ、まったく意図が読めない。なんで僕が朝日さんに呼ばれるんだ?トイレ行ったんじゃなかったのかな?

 あ、もしかして日向さんと倉井さんのいないところに行きたかっただけなのかも。でも、僕を呼ぶ意味はさっぱり分からない。だけど、行かない理由もないし行こうか。

 ただ、わざわざメッセージで来たということは、日向さんと倉井さんには知られたくないんだろうな。だったら、僕はどうにかしてここを抜け出さないと。

 適当な言い訳でもしておこうかな。


「あ、手が汚れたのが気になるので洗ってきます。」

「んー、手?あ、ピザとか食べたときに汚れた?」

「そうです。どうも油っぽくて落ち着かなくて。ただ、洗ってもなかなか落ちなそうですよね。」

「あー、なんか油汚れって落ちにくいもんね。」


 と、即席にしてはまぁまぁの言い訳をして僕はその場を抜け出し、朝日さんの寝室に向かう。えっと、たしかこの部屋だった気がする。

 僕がノックをすると、すぐにドアが開いて中から朝日さんが出てきた。


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