34 「そっか。そういう考え、僕は好き。」



 はっ!いつもの癖で早食いしてしまったっ!この美味しさをゆっくりと味わおうと思っていたのに、やってしまった。って、なんか今日の僕テンションが崩壊してる。美味しすぎるものを食べると、人は狂うのかもしれない。いや、僕だけか。


「ごちそうさまでした。」

「食べるの、速い。」

「癖なんだよね。食事の時間を無駄にしたくなくてさ。」

「その徹底っぷりがすごい。」


 朝日さんは呆れたようにそう言うと、「お粗末様でした」と言い、席を立つ。まだ残ってるけどどうしたのかなぁと思いつつ様子を見ていると、どこからか一冊の本のようなものを取り出した。

 って、あれ?なんか見覚えがあるんだけど。すっごく悪い予感がする。


「これ、知ってる?」


 朝日さんはそう言って、その本――いや、その同人誌を僕に差し出す。同人誌といっても、年齢制限の掛かるようないかがわしいものではない。

 しかし、それは僕にとって見覚えがありすぎた。実は自分は、昔一度だけ『星空の不意打ち』という同人誌を通販の形で同人誌を売ったことがある。ただ、部数の見積もりが甘かったらしくすぐに売り切れてしまい、結局もう一度業者に発注した。で、なぜその本の話をしたかというと、今まさにその本が目の前にあるから。


「し、知らないけど、どうしてこれを?」

「わたしの好きな本。読んでみて。」

「あ、うん。わかった。」


 勧められた以上は読まないのも失礼だと思い、僕はそれを受け取って本を開く。裏設定まで知り尽くしているのに改めて読むのは少し変な感じだが、こういうことでもない限り読み返すことがないのでいい機会だろう。ただ、なぜ朝日さんがこれを読ませてきたのかは謎だけど。

 内容としては、ただのカップルが星空を見上げて話をするというだけのものだ。我ながらなぜこれを同人誌にしようかと思ったのかは謎だけど、かなり評判は良かった。ただ、一番褒められたのは絵でストーリーに関しては特になにも言われなかった記憶がある。

 あまりページ数のある話ではないので数分と経たずに読み終わる。うん、記憶の通りでしたね。ただ、本になんかいも読み返したような跡が付いているのだけが気になった。


「どうだった?」

「よかったんじゃないかな。絵が綺麗だったし。この作者って、朝日さんが好きな人でしょ?」


 自分のことをこういうのは恥ずかしかったが、カモフラージュのためには仕方がない。朝日さんに僕が『一つの夕焼け』だとバレて「なにか描いて」とかお願いされても困る。僕はもう描かないからね。


「うん。この人の作品は、いつも前向き。星空深夜も好きだけど、こっちのほうが好き。」

「っ!」


 星空深夜と比較されたことに、僕は一瞬なんともいえない気持ちに襲われる。嬉しいような、ゾクッとするような、そんな感じ。


「どうかした?」

「いや、なんでもないよ。」

「そう?ならいいんだけど。」


 少し心配そうにする朝日さんに、「大丈夫だからさ。ありがと」といいながら本を返し、ついでに聞きたいことも聞いてみる。


「そういえば、その本、なんかすごい読み返した跡があったね。」

「うん。この本、すごい好き。特に、この『あの無数の星の一つが消えても、夜空は綺麗なままでしょ?それって、たくさんの似たものがないと、価値がないってことだから、かわいそうだと思うよ。』ってところが好き。この言い方だと諦めてるようにも聞こえるけど、実際はわたし違うと思う。この明るい表情とか、背景とか、絵の雰囲気とかから、わたしは、『逆に自分がどんな光り方でも世界夜空は美しいんだから、気にせず生きよう。気にして生きてる人はかわいそう』って言いたいんだと思う。少なくともわたしは、そう思う。」


 いつにもまして饒舌な朝日さん。もしかしたら、誰かにこんな話をしたかったのかもしれない。好きなことの話って、ついついしたくなるものだと思う。だから、今まで誰にも話してこなかったんなら、僕に話したくなっても不思議じゃない。

 あと、なんかすごい嬉しい。たぶん、自分の創ったものに対していろいろ感じてくれる、それが嬉しいんだろうな。って、なんか他人事みたいな言い方だね。


「そっか。そういう考え、僕は好き。確かに、あの主人公言ってることのわりに楽しそうな顔してたしね。」

「うん。その話と表情の差からできる微妙な雰囲気とかも、この作品は完璧。本当に、好き。」

「――ありがと。」


 朝日さんの言葉を聞いて、僕は思わずそう呟く。話に夢中だった朝日さんはその呟きを聞き逃してくれたようで「ん?なんて言った?」と聞いてきたので、「なんでもないよ」と返しておいた。


 なんとなく、今日はいい日かもしれない。


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