6 「そうだったね。」



 家に帰ってから冷静になって考えてみると、なぜ自分があんなにも倉井さんがあの名前を使ってる理由に執着してたのかがわからない。そんな必要は全くなかったわけだし、僕はもうすでに『一つの夕焼け』という名前を使うことはないんだから関係ない話だ。ただまぁ、あの名前に愛着がないわけではないので理由は気になるところだが、僕は倉井さんに嫌われているようなのであきらめた。いや、僕が嫌われているというより、倉井さんは僕以外ともあまり関わろうとしない。何かあるのかもしれないと思うのだが、それを聞いたところでどうしようもないので今は何もできていない。


 だが、今の一番の問題はそれではない。


 入学式からだいぶ経ったというのにいつまでもいつまでもしつこく勧誘してくる、石橋君のほうが問題だ。結局彼は『モテ方研究同好会』をマジで作って女子にドン引きされた。というか、女子だけじゃなくて男子も大半が白い目で見てた。それでも十五人も部員が集まったのは奇跡としか言いようがなかった。来年度には同好会から部への昇格を狙っているらしい。

 そんな石橋君だが、意外にもクラスでは僕より友達が多く、高校生活を満喫している。理不尽だ、理不尽すぎる。是非とも抗議したいものだが、僕が抗議したところでたぶん現状は変わらないだろう。入学式から二か月近く経っているのだから、今更何を言っても無駄だと思うし。そもそも、友達ができないのは僕のコミュ力が低いのが問題。まぁ、そういう意味では話しかけてくれる石橋君のおかげでボッチ回避なわけだけど、なんか納得いかない。


「なぁなぁ、次の時間だよな?テスト結果の返却!」


 休み時間、僕に話しかけてきた石橋君はやけにハイテンションでそう話しかけてくる。相変わらずテンションが高くて、僕じゃあついていけない。僕たちの間には温度差があると思うんだよね。そういえば、遠足の時にカップルができたんだけど、その時も一人だけ血の涙を流してたなぁ。周りはみんなお祝いムードだったのに、一人だけ悔しがってた。

 ちなみに、この学校では教科ごとにテストが返され、そのあとで学年順位がホームルームの時間に配布されることになっている。ほかの学校は違うのかもしれないけど、僕はほかの高校を知らないからなぁ。


「そうだったね。」

「やけに余裕だな?もしや、自信ありなのか?」

「どうだろう。」


 自信がないわけではないというか、今回のテストはかなり良かったという『事実』がある。教科ごとに返ってきた僕のテスト結果は、かなり良いものだったと言えるだろう。それにしても、クラス中が賑やかだ。やっぱりみんなテスト結果が楽しみなのか、不安なのか。


「俺、今回のテストは自信ありだ。何故なら、俺はこの中間テスト、本気で勉強したからだ!実際返されたテストを見ても、上位に入るのは間違いない!」

「へぇ。」

「俺は、こう考えた。勉強できる奴はモテる!モテまくりだと!だからこそ、今回のテストは本気を出させてもらった!」


 やっぱり、石橋君は『モテ方研究同好会』のトップなだけあって、その行動の動機の大半がモテに関するものだ。むしろ、ここまでモテを意識して行動できるのは素晴らしいとしか言えない。

 ただ、勉強できるからモテるというのは疑問だ。うちの母親は「結局大半は顔」と言っていたし、妹も「いや、顔でしょ」と言っていた。うちの女性陣がおかしいだけかもしれないが、女性はそんなもんなのではないかと思い始めている。いや、中身が大事でないとは言ってない。だが第一印象を決めるのは顔なので、顔がいいやつはモテるというのは当たり前な話も気もする。


「あ、先生が来やがった。緊張するな。」


 石橋君が言うとおり、前の扉から先生が入ってきて、それに気が付いた生徒たちは急いで席に着く。それでもまだガヤガヤとするのは、やっぱりみんな興奮しているのだろう。初めてのテストだから、そうなるのは仕方ないけどね。


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