3 「こんなやばいやつとは思ってなくて。」
「うるさい。」
僕の隣の席に座る絵描きの美少女は、鉛筆でびしっと石橋君を指しながら彼を睨みつけてそう言う。顔は怖くないんだけど、謎の気迫があって少し怖い。あーあ、怒られた。
「そこの君も、友達なら静かにさせて。」
「あ、友達じゃなくてたまたま席が前後になっただけだから。こんなやばいやつとは思ってなくて。」
「それは流石に傷つくぞ!」
いや、この十分程度の間でクラスメイトをドン引きさせてるくせに何言ってるんだろうこいつ。周りから僕に向けられる同情と「そいつの制御はお前に任せた」みたいな視線が妙に痛い。石橋君を僕が担当とか絶対いやだからね?こいつ何しでかすかわかんないもん。こんな人がいるなんて聞いてない。僕もう地元に帰る!帰っても家ないけど。
「とにかく、煩いから静かにして。」
「は、はい。」
女子に怒られてしゅんとする石橋秋斗容疑者(たぶん十五歳)。入学早々意味不明なことを言ってクラスメイトを怖がらせた容疑で逮捕されました。本人は容疑を否認していますが、余罪もあるとみて捜査を進めています。
とかアホなことを思いついてしまった自分を心の中で殴りつつ、僕は教室にかかっていた時計を見る。そろそろ体育館に移動するために先生が来るころかな。あ、来た。
「おはようございます!一年一組の担任になった
若い女性教師がそう元気な声を出しながら教室に入ると、黒板の端に白いチョークで「八橋香澄」と書く。小柄な女性で、年は恐らく二十代半ばから後半。まぁ、どうでもいいんだけどね。
「び、美人女性教師、だと?これはどんな夢のような展開だ?」
後ろからやばい声が聞こえてくるけど無視無視。変に絡まれても面倒だ。というか、絡まれるぐらいなら今すぐ教室から逃げる。
「じゃあ、出席番号順に入場しますので、廊下に並んでください!」
中学の頃はよくしたけど、高校でもするんだ、これ。
いやまぁ、綺麗に入場・退場を済ますためにはこの方法が一番いいのかもしれないし、そういう意味ではこの方法が最適なのだろう。でも、せっかく高校に入ったんだから、もっとハイレベルな入場がしたい。いや、ハイレベルな入場ってなんだって話になるんだけどね。
こんなくだらないことばかり考えていると全員が並び終わったらしく、先生の誘導に従って全員が進み始めた。ちなみに出席番号が一番の僕が先頭だ。どうでもいいけど先頭ってなんか生贄感あるよね。
合奏部による演奏が行われながらの入場が終わると、そこからは典型的な入学式が始まる。
入学式は退屈。その一言に尽きる。カツラ疑惑のありそうな校長も髪がない教頭も、美人な保険医もいない中、ひたすらに長ったらしい話を聞かされ、知らん人から挨拶され、もう家に帰りたかった。中学と何も変わらない退屈っぷりは早急に改善が必要だと思う。やっぱり親は来なくて正解だね。
そして今は教室に戻り、先生から学校生活上の注意などを話されているけど、配られたプリントを見ればわかるので話す必要なんてないと思う。まぁ、話を聞いたほうが覚える人向けなんだろうけどね。
みんなが飽きるような話が十分ほど続いた後、先生がプリントの一番下まで説明し終えた。先生がはチラリと時計を見ると、少し頷いて再び口を開きとある言葉を言う。新入生にとって大事な言葉を。
「じゃあ、時間もあるので自己紹介をしましょうか。」
来た。
僕たち生徒の第一印象、ひいてはこれから先の高校生活まで決める大事な大事な儀式ともいえる自己紹介。
一見難しそうに見える自己紹介だが、もちろんそれにも攻略法がある。それは、インパクトを残さないことだ。普通は逆だと思うかもしれないが、平和な学校生活を送るうえではインパクトを残すのはあまりよろしくない。別に僕は何かの主人公になりたいわけではないし、むしろなりたくない。平和が一番なのだ。ラブアンドピースってやつである。少し違うけどね。
「じゃあ、一番の逢音くんからお願いするね。黒板の前まで出てきて自己紹介してね。」
「はい。」
指名された僕はおとなしく黒板の前まで移動し、トップバッターという名の生贄になる。ここで僕が変な流れを作りたくないので、努めて冷静に、それでいて普通の挨拶をする。昔から思ってたけど、出席番号一って損だよなぁ。
「初めまして、逢音夕です。ここに進学するときに県外から引っ越してきたので、まだこの辺のことも分かりませんし、全く友人もいません。ぼっちは回避したいので、仲良くしてください。」
ふぅ、こんなもんかな。わりといい感じの自己紹介ができたと思うから、自分なりに及第点としておこう。変な印象は持たれてないはずだ。石橋君のせいでもう手遅れかもしれないけど、そこは気にしたくない。気にしたら負けだ。
僕が自分の席に着くと、入れ替わりに石橋君が席を立つ。刹那、何故か悪寒がした。悪い予感しかしない。さっきの行いを見ているのに、悪い予感がしないわけがなかった。せめて、高校生活を終わりにするようなことはしないでくれよ。僕はお前の為を思っているからこんなことを言うんだ。まぁ、心の中で言ってるだけだから何も伝わるわけないんだけどね。
「俺は石橋秋斗!この機会を借りて、みんなに言っておきたいことがある!」
バンっと教卓を叩きながら大声でそう言う彼に、教室中が少しざわめく。
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