本当にあった怖い話5「山」

詩月 七夜

 本書は、海外で「神々の峰」と呼ばれる山に挑み、消息を絶った登山隊の隊長を務めた人物が遺した手記である。


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○月○日:晴れ

 朝から青空が覗く。

 絶好の登山日だ。

 メンバーの健康状態も良好。

 全員、意気も高い。

 この登山は、我々メンバーが初めて挑む難関の道行きになる。

 が、これまでの輝かしい戦績を考えれば、決して不可能なチャレンジではない。

 神よ、どうか、ここに集いし8人の勇士に御身の祝福をたまわんことを。



○月△日:晴れ

 登頂一日目が過ぎた。

 予定通りの行程だ。

 ビバークに適した地形にも恵まれ、キャンプの設営も無事に済んだ。

 明日は早朝の出立だ。

 早めに休んで、明日に備えよう。

 夜半に狼の遠吠えらしきものが聞こえた。

 現地のガイドが怯えていたし、明日は見張りを立てよう。



○月□日:晴れのち曇り

 登頂日二日目。

 今日は早くも難所にぶつかった。

 どうも、ここ数日の好天で気温が上がり、登頂ルート上で雪崩が発生したらしい。

 全くついていない。

 仕方がないから、現地ガイドに「他のルートで行く」と告げる。

 最初、頑なに拒んでいたが、交渉の末、倍の金額で引き受けてもらえることになった。

 痛い出費だが、ここまで来て諦められない。

 夜半、また獣の声。

 見張りについた時、二度聞いた。

 薄気味悪い声だ。



○月●日:曇り時々雨

 四日目の今日、ようやく雪崩の跡を迂回し、元の登頂ルートに復帰。

 一日無駄にしてしまったが、やむを得ない。

 今日は天候の変化にも悩まされた。

 昨日までの好天が嘘のように、雨風が吹き始める。

 だが、この程度で俺達の足は止められない。

 夜になり、ガイドの様子がおかしくなった。

 頻繁に「引き揚げよう」と主張する。

 しかし、理由を聞いても要領を得ない。

 グレンが「金を払っているんだぞ」と詰め寄っていたので、止めた。

 今回の登頂には、彼の助言が必要だ。

 何とか宥めて、改めて同行を依頼する。

 彼は「〇〇〇(よく聞き取れない)が追ってくる」としきりに呟いていたが、よく分からなかった。

 そして、渋々だが、最終的には了承した。



○月▲日:曇り

 やられた…!

 今朝起きてみると、現地ガイドの姿が無い。

 おまけに、荷物の一部も持っていかれた。

 くそったれ!

 昨日、奴に一人で見張りを依頼したのがまずかった。

 悔やんでも仕方がないが、正直痛手だ。

 仲間内で「このまま登頂するか、下山するか」で話し合う。

 結果、ほぼ全員が「このまま登頂する」に合意してくれた。

 失ったものもあったが、改めて得たものもある。

 この8人なら、必ずやこの山を登頂できるだろう。



○月■日:晴れ

 登頂八日目。

 登頂ルートのほぼ三分の一をクリア。

 道が段違いに険しくなる。

 ここからは、クライミングで登る場所も増えそうだ。

 疲労がつのるが、メンバーはまだ意気軒高だ。

 そうだ。

 俺達ならやれる。



△月○日:曇り

 朝起きて、大きな騒動があった。

 夜、見張りに立っていた筈のケビンが行方不明になる。

 荷物はそのままだったから、何か事故に巻き込まれたのかも…

 いすれにしろ、こんなことは初めてだ。

 メンバーの間に動揺が走っている。

 苦渋の決断の末、一晩だけ待ってみて、戻って来なければこのまま登頂する決断をする。

 ああ、ケビン。

 どうか無事でいてくれ。



△月△日:曇り

 早朝に起床。

 昨晩はよく眠れなかった。

 そして結局、ケビンは戻って来なかった。

 何ということだ…

 嫌な予感が的中し、一同声もない。

 だが、予め決定していたことだ。

 テントを一貼り残し、中にケビンの荷物を残しておく。

 そして、最悪の事態を想定し、一人ずつケビンの荷物の中から邪魔にならなさそうな物を選び、持っていくことにする。

 つまり…遺品代わりだ。

 俺は彼のサングラスを荷物に入れた。

 ケビン、君の無事を祈る。

 もし…もうこの世にいないなら、どうか俺達を見守っていてくれ。



△月□日:霧のち曇り

 登頂開始から十四日目。

 いよいよ、頂上が目視できる距離に来た。

 だが、まだ予定の半分ほどしかクリアしていない。

 疲れた。

 朝から立ち込めた霧が、予想以上に俺達の体力を奪っている。

 日中も気温も下がってきた。

 これからのルートは、更に厳しいものになるだろう。

 夜半になり、また狼の声がする。

 今夜から、二人体制で見張りを立てることにした。



△月×日:曇り

 昨日の夜は散々だった。

 夜中に、見張りに立っていたグレンとバーンが騒ぎ始める。

 何事かと思い、起きたら、二人が殴り合いをしていた。

 慌てて引き離したら、この先の登頂について、バーンが異論を唱え「下山すべきだ」と言い始めたからだという。

 隊員の中には、彼に同調する者もいるかも知れない。

 そこで、皆で起き出し、真剣に今後について話し合う。

 すると、今回は見事に意見が割れた。

 登頂反対派はバーン、マーク、エド。

 登頂賛成派はグレン、オルソン、ミハエル。

 残りの一票は、俺だ。

 判断に迷ったが、俺は隊の状況から下山するのが妥当と判断した。

 グレン達は不服そうだったが、隊がこんなバラバラの状態では登頂もままならない。

 残念だが、ここは全員が無事に帰ることが出来る道を選ぶほかない。

 もしかしたら、ケビンも下のビバーク地点で待っているかも知れない。



△月●日:晴れ

 やや遅めに起床し、仰天した。

 何とグレン達の姿が見当たらない。

 どうやら、賛成派二人と頂上を目指して出立したようだ。

 追い掛けようとするが、バーン達が引き留めた。

 昨晩の遺恨があるのかも知れないが、確かにバーン達が言うように、グレン達に追いつけるという保障は無い。

 辛らつな言い方をすれば、隊の方針に逆らって、無断で登頂を始めた三人に非があるとも言える。

 こうした場合、山ではチームとしてまとまって動かねばならないのだ。

 とにかく、このままでは三人が危ない。

 一刻も早く無線のある地点まで移動し、救助を要請する必要がある。



△月▲日:曇りのち雨

 下山過程で、エドが怪我を負う。

 右足を痛めたようで、移動がままならない。

 最悪だ。

 天候も落ち着かず、足元も酷い状態だ。

 仕方なく移動を諦め、ビバークする。

 全くついていない。



△月■日:晴れ

 何ということだ…!

 エドの姿が消えてしまった。

 昨晩、外に用を足しに出て、遅いと思ったら、既にその姿が無かった。

 近くにはエドのものである杖が落ちていた。

 どういうことだ。

 あの足ではそう遠くには行けないはずだ。

 滑落するような地形でもないし、全く行方が分からない。

 マークが「昨晩も狼のような声を聴いた。もしかしたら…」と言っていた。

 だが、付近にエドが襲われたような形跡はない。

 何なんだ?

 ケビンの時もそうだったが、この山には何かいるのか…?



△月×日:霧のち雨

 半日待ったが、エドは帰って来なかった。

 仕方がない。

 非情な決断だが、グレン達のこともある。

 俺とバーン、マークは下山を再開した。

 ビバークは狼の襲来を考え、岩場で高さがある場所を選ぶ。

 疲労が重なってきついが、寝ずの番は継続した。

 くそ、こうなると分かっていたら、銃を持参すべきだった。



△月◎日:晴れ

 翌朝、バーンに叩き起こされる。

 聞けば、マークの姿が無いという。

 驚きに一瞬で目が覚めた。

 付近を捜索しようとする俺に、おもむろにバーンが言った。

 「探しても無駄かも知れない…」

 理由を聞くと、バーンは躊躇いがちに話し始めた。

 昨晩、マークと見張りを交代する際、バーンは休んでいたテントの中で、マークとが会話するのを聞いたという。

 最初は耳を疑ったが、マークの会話相手は、まぎれもなく行方不明になった筈のエドの声だったらしい。

 しつこく確認する俺に、バーンは青い顔で言った。

 「間違いない。あれはエドの声だった」と。

 バーンによれば、エドの声で話す何かは、マークに「こっちに来い」「みんな、待っている」と告げていたらしい。

 バーンは震えながらそれを聞いていて、声がしなくなってから恐る恐るテントから外を覗くと、既にマークの姿は無かったという。

 信じがたい話だった。

 俺は正直、バーンを疑ったが、バーンとマークは学生の頃からの親友同士だ。

 それに、バーンがマークに害意を持って襲い掛かったとしても、至近距離にいた私が気付かないとは思えない。

 極めつけは、バーンの怯えようだ。

 負けん気が強い彼が、こんなにも憔悴し、怯えるのは初めて見た。

 幸い、天候にも恵まれた。

 ここは明るいうちに早々に下山するに限る。



△月〇〇日:曇りのち晴れ

 早々に下山を進める。

 目下、帰路は順調だ。

 天候も悪くない。

 夜が近付く前に、距離を稼ぐ。

 今夜も眠れない夜になりそうだ。



△月△▲日:曇り

 朝、バーンより早く目覚めたので彼を起こす。

 二人で朝食を食べていると、人の声がした。

 ケビンの声だ!

 彼の荷物を置いてきたビバーク地点は、もう少し下だと思ったが、俺達を探しに登頂してきたのだろうか?

 応えるために、テントの外に出ようとすると、凄まじい形相でバーンが引き留めた。

 彼は何か言い掛ける俺の口を塞ぎ、息を潜める。

 そうこうしているうちに、ケビンの声がすぐそばで止まった。


「やあ、そこにいるのは〇〇(俺)とバーンかな?」

「良かった。物凄く探したよ」

「下山するんだろう?一緒に行こう」

「大丈夫、エドもマークも一緒さ」

「たぶん、」 


 俺は背筋が凍った。

 外にいるは、確かにケビンの声でしゃべっている。

 だが、

 まるで、何人ものケビンが、、間を入れずしゃべり続けているように聞こえる…!

 それはおおよそ、人間のしゃべり方には聞こえなかった。

 何だ?

 いま、外にいるのは何なんだ?

 怖気が走る中、外のは「また、夜に迎えに来るよ」とゲラゲラ笑いながら、去っていった。

 沈黙が下り、俺とバーンは申し合わせたように下山の準備を始めた。

 冗談ではない!

 アレが何なのか知らないが、今は一刻も早く下山しなければならない!

 ああ、神様!

 どうか汝の子らをお救いください!



(ここからの手記は、文字が乱れており、判別不可能な状態にある)



△月□■日:はれ

 どうしたらいい…

 バーンが…

 バーンがかえらない


 夕暮れの森の中で、アレに出くわした


 アレはいったなんだ?


 奴はケビンの顔をしていた


 マークの服をもってた


 そして、グレンのジャケットを咥えて、引き裂いていた。

 口からは、グレンの腸が…


(ノートには、吐しゃ物の跡が残る)


 冗談じゃない!

 あれは…なんだ?


ああ、かみsま


            こわい


      たすけて          こえが


  やめろ            グレンなのか


      どうして


いあやだ        あしおとが        する



                   だ

  れか


         こわあ        い


 ママ                   いたい



   ころ         して              ああああ



 きもち   いいいいいいい           たべてる        

 

    おれを


     いたい                       もげる



      かい      ぶつ      だ    おおおお


                   はや     く


  ころ                    して             !



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 ノートの文字は、ここで途絶えていた。


 近年、この手記とわずかな装備品の回収が行われた後、正式に彼らの捜索が終了したという。

 

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本当にあった怖い話5「山」 詩月 七夜 @Nanaya-Shiduki

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