エピローグー新たな季節ー

 桜の咲き誇る4月、大学の4年生となった。

 俺は相変わらず本を読み漁って日々を過ごしている。

 今日は駅でとある人物と待ち合わせをしているのだ。まだ集合時間には早いので木陰のベンチに座って本を読んでいる。

 ひねくれ者が町を去ってからもう4か月になる。その間に周りは大きく変わったが、あいつは今どこでどうしているのだろうか。

 ひねくれた頭をフル回転させて異国の人々の度肝を抜いているのだろうか。奴ならそれくらいやっていそうなものだ。

 想像してちょっと笑いが漏れた。


「何を笑っているのです?健司さん?」


 声が聞こえて僕は顔を起こした。


「なんだ来ていたのか」


 僕は本を閉じて立ち上がった。

 春らしいさわやかなワンピースを着た天音さんは、いつにもましてきれいに感じた。


「ちょっとどうしたんです?見とれてしまいましたか?」


「いや、まあ、そんなところだ……」


「奥手ですねぇ」


「そうからかうなよ。女性と付き合うなんて初めてなんだ!」


「私だって男性と付き合うのは初めてです。同じですよ。少しずつ慣れましょう?」


「慣れろか。俺はまだ、マリンと下の名前で呼ぶ事に違和感があるのだけど……」


「今年からは空もいるので、下の名前で慣れてください」


「うむ……善処しよう」


「そうしてください。もう付き合ってるんですから私たちは」


 そう、僕とマリンは付き合っているのだ。

 付き合い始めたのは4月1日からなのでまだ付き合ったばかりという所である。

 付き合う事になったきっかけは、なんともいえないものであった。

 天音さんにした10万円の借金、そして成田から帰るまでの送迎。これのお返しという形での告白ということになった。いやなってしまったのだ。

 何とも情けない話だが、この方法は天音さんが山吹と共に考えた最終手段であったらしい。

 実はマリンは前々から俺のことが好きだったらしい。

 しかし、そのことにこちらは一切気が付いていないのでどうしようか迷っていたそうだ。

 そんなところで山吹に出会い、そこからたまに相談に乗ってもらっていたらしい。

 そこで、いくつも案を出して一つ一つ実行していったが、あまりにも感が鈍い俺に散々スルーされて、流石の山吹も一時頭を抱えていたらしい。

 そりゃあ別れ際に今世紀一の朴念仁なんていう訳だ。

 そんな経緯を経て交際をスタートさせて、今日は初デートのようなものだ。

 現在、次のコンクールに向けて小説を書いていたのだが、構想を練るのに疲れたので気分転換に桜を見に行こうという話になったのだ。

 駅から十分ほど歩いたところに桜並木が続く大きな公園がある。このあたりだと一番有名なスポットだからか花見客が多くいた。


「満開だな。こりゃ凄い」


「そうですね。良い気分転換になりそうです」


 ベンチに座って静かに揺らぐ桜を眺めて大きく深呼吸するととても気分が良い。


「いいですね。こういうのも」


「そうだな。凝り固まった脳細胞がほぐれていくように感じる」


「健司さん、今回の作品は構想に時間がかかっていますね?どうしたんです?前までならもっと早くできていたのに」


「うん?ああ、それは…….なんだかパンチが足りないように感じてな。山吹のようなぶっ飛んだ発想は僕にはないからな。奴がいることのありがたみが、今になってわかるなんて皮肉なものだよ」


「人間誰だってそんなものですよ。私だってそうです。あの面白い話を聞けないのは残念です」


「そうだな……平穏すぎる日々はつまらない。人生には少しのトラブルやハプニングがあった方が面白い。そういうことなんだ」


「そうですね。そうだと思います」


 僕は空を見上げた。雲一つない青空が地平の彼方まで広がっている。この空を奴も見ているのだろう。なんて月並みなことを考えてみた。

 俺は凡人だ。奴とは違うし、奴にできないことができる。


「……平凡でも面白い作品は書けるもんさ」


 小さくそうつぶやいたタイミングで電話が鳴った。俺のではない、マリンの携帯が鳴っている。


「なんだ?」


「空からメッセージだ。……えっ?」


「なんだ?」


「健司さん逃げますよ!」


「まさか、またファンクラブか!?」


 俺たちの座るベンチめがけて男たちが走り込んでくる!間違いなく天音ファンクラブ会員たちだ!


「クッソ!ゆっくり花見もできないじゃあないか!」


「こういうときにも山吹さんのありがたみを感じますね!」


「ああそうだな!山吹ぃ!今だけカムバーーック!!」





 遠く後ろから誰かの呼ぶ声がした。振り返ってみたが誰もいない。しかし確かに聞こえた。何とも懐かしい声が。


「何をしているというのか……」


 私はあてもなく、ただ彼方まで続く荒野を進む。全く未知の世界は私の興味をそそってくる。

 世界は広く、そしてとても不可思議だ。だからこそ面白い。


「おいあんた、どこに行く?」


 道端で座り込んでいた男に話しかけられ足を止める。

 薄汚れていて何ともみすぼらし。目には何も宿っていない。何も感じない。


「真っすぐこのまま。行けるところまで」


「何もないぞ」


「そんなことは無い。何もない場所などないさ。必ず成果はあるのだよ」


「おかしな奴だ。何なんだお前は?」


 なんなんだ?そう聞かれてら答えねばなるまい。


「私は山吹修一郎。今世紀一のひねくれ者だ!」

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ひねくれロジック! ひぐらしゆうき @higurashiyuki

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