第10話 さらば、ひねくれ者よ
少し場所を移動しようと言い、山吹と僕は近くのベンチに腰掛けた。
聞きたいことは山ほどあるが、まずは聞いておかねばならないことがある。
「山吹、何故また海外に行く気になったのだ?」
「手紙にも少し書いたが、世界を見て回りたいからだ。世に居るひねくれ者たちに会ってみたいのだよ。実を言うと大学を退学になっていなくとも海外に行くことは決定していたのだ。留学という形でな」
「お前が留学だと?」
講義も適当に聞き流し、問題を少なからず起こしてきたこんな奴には絶対に留学の話なんて来ないはずだ。確かに天才であるのだろうが、それを知るものが学校内に居るとは思えない。
「まあな。どうも工学部の須藤教授は私の過去を知っていたらしい。全くどこから聞いたのやらな。善意で言ってもらったことを無下にするわけにはいかんし、行かねばと思っていたが、私は留学がしたいわけではない。世界中のありとあらゆる場所を放浪したかった」
須藤教授……。僕は姿を見たことがあるだけで話したことがないため、どのような人物なのかを知らない。噂ではかなり情報通だという話しだ。学生の情報についてもある程度調べているのだろうか?なんだか危ない気配がする。
「だからか。だからあんなことしでかしたのか……。そうしてまんまと退学という流れになった。はぁ……ではそれを止めるために死を覚悟した僕の労力は何だったんだ」
「あれはあれでよかった。君の株は上がったことだろう」
「馬鹿言うな。いろんな人から心配された」
「はっはっは!そうかそうか!」
「笑い事ではない!」
「ああすまないすまない。しかし矢田氏よ。よくここまで来たものだな」
「別に。ただ誰からも見送られないというのはむなしいと思っただけだ」
「ツンデレなのか?君ってやつは」
「誰がツンデレだ!そんなわけあるか!」
「まあそういうことにしておいてやろう」
「そんなことはどうでもいいのだ。お前に聞きたいことはまだあるんだ」
「なんだね?」
「お前の過去については聞いたよ。随分と悲惨なもんだ。僕とは全く違う生き方だった。レベルが他の人間と会わない。それはとてもつらいことだったはずだ。ならばレベルの合う場所へと行けばよかった。大学だってもっと上に行けばよかったのではないか。海外大学に進学だってできただろう?どうしてだ?」
「当然の疑問だろうな。家族からも言われたものだ。……しかしな、たとえそのような場所に行っても君のような者には出会えないのだよ」
一体どういうことだ?こいつは共感してくれる人間を求めていたはずだ。僕のような奴に出会う必要性なんてないはずなのだ。
「要は君のような一般的な視点から意見が聞けないのだ。レベルを上げればその分話が分かる人間が増える。しかし、そこに一般的なものの見方をしている者は少なくなってくる。必ず物事には複数の異なる視点からの味方というものが必要なのだ。そのためには私がレベルの合わない場所に居なくてはならない。君はそんな場所に居た私の求める人間だったのだよ」
「天才だけでいいってわけではないってことか」
「そういうことだな。どうも私らしくないな。全くひねくれていない」
「だって、お前は元々ひねくれた人間ではないのだから。ただ頭が良すぎて変人に見られただけの人間だろう?」
「……それはそうか。しかし、今は紛れもないひねくれ者さ」
「それはよくわかっているさ」
山吹は時計を見ておっとと言ってトラベルバックをもって立ち上がった。
「時間か?」
「うむ。そろそろ出国手続きをしなくてはならん時間だ」
「そうか……」
僕も立ち上がってひねくれ者に手を差し出した。
「必ず帰って来いよ」
「当然だ。その時まで君はこの国で凡人らしく頑張りたまえ」
僕と山吹は握手を交わせ、ひねくれ者を送り出した。
「おっとそうだ!!」
山吹は少し歩いたかと思うと振り返り、こちらに向かって叫んだ。
「私がこの旅から帰るまでにちゃんと気持ちに応えてえてあげるのだぞ!彼女はずっと君からの言葉を待っているぞ!」
気持ちに応えろ?彼女とは誰だ?アイツは一体何を言っている?
「いいか!ちゃんと男を見せるのだぞ!朴念仁め!」
「ああ?誰が朴念仁だ!」
「君以外誰がいる!私が今世紀一のひねくれ者ならば君は今世紀一の朴念仁だ!」
なんだその不名誉な称号は!ふざけたことをぬかす山吹に怒りが込み上げてきた!
「なんだとこの野郎!お前が帰ってくる前にバラ色人生にしてやる!」
「その意気だな!まあ頑張りたまえ!さらばだ!」
「とっとと行ってしまえ!」
山吹は人込みの中に入っていき、そのうち見えなくなってしまった。
山吹は新しい場所へ向かっていった。僕も奴に負けないよう頑張らねば。
「よし、帰るか」
12月10日。ひねくれ者はこの国を去っていった。いずれまた戻ってくるときにはさらにひねくれて帰ってくるであろう。まあそんな奴になっても僕がいれば大丈夫だろう。奴の友人の僕がいれば。
エスカレーターを降りて一階に着くと、何と天音さんがそこに居た。
「どうも。山吹さんとのお別れはできましたが?」
「そりゃあできた。しかし、天音さんよ。なんでこんなところに?」
「いえ、きっと大変な旅でしたでしょうから迎えに来ました」
「迎え?何で?」
「レンタカーでですね。最近免許を取ったものですから」
そんな情報初耳なのだが。まあいい。どうやって帰るか考えねばならなかったのだがその手間が省けた。
「そ、そうか。それはありがとう」
「どういたしまして。さあ、帰りましょうか。お金の代わりのお返しは、また返してもらいますよ?」
「わかっているよ。返すさ」
そうして天音さんの運転で僕は町まで帰ることができた。
町は少し静かになった。大学内でもしばらくすればあのひねくれ者の記憶は薄れていくこととなるだろう。平穏すぎる大学というのは少々つまらないが、まあ、こういうのもいいだろう。
そうして、少しずつ変化していきながら時間は過ぎていった。季節は春。始まりの季節となった。
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