第7話成田に向けて

 駅から出ているディーゼル車両で隣の県まで行けるものは3時間に1本来る程度だ。乗り過ごせば3時間は待たなければならないのだから田舎という所は不便だ。

 時刻は1時25分、あと10分もすれば目的の車両に乗り込むことができるだろう。値段はそこまで高くないが難点は速度が遅いことくらいだろうか。正直値段を考えればバスの方が安いのだが、僕はバスよりも列車の方が楽なので良いのだ。

 僕は切符売り場でチケットを買った。都会であればICカードが使えるだろうが田舎にはICカード対応の自動改札など存在しないのだ。

 改札を通りプラットホームに出ると数人の老人がいるだけであまり人は多くない。車を持っているなら車の方が早いし小回りが利くので遅い列車など利用したりしない。まあ、こんなことは田舎特有の現象だろう。

 寒空の下、吹きさらしのプラットホームで待っていると不快な金属音をあげながら年季の入ったディーゼル車が入ってきた。車内に乗っている人はいないようだ。本当に利用客の少ないことだ。

 暖かな車内は快適で、人がいないので座席も贅沢に広く使える。自身の横にリュックを下ろして本屋で買った「変人」を手に取った。しかし、いくら人がいないとはいってもこんなボロボロな表紙の本を読むのは気になる。僕はいつも持ち歩いているブックカバーをリュックの中で被せて、取り出した。

 本を読んでいれば時間なんてあっという間に過ぎていく。しかし、集中しすぎて乗り過ごすなんてことがないようにしなければならない。

 そんなことを考えているとディーゼル車はゆっくりと発進した。僕は外の景色を少し見つめると本に集中した。


 物語が中盤に差し掛かった頃に僕は顔を上げた。列車は駅に止まっているようで、いつの間にか車両内の人数が20人ほどまで増えていた。駅名を確認すると目的の駅まであと一駅であることに気が付いた。何ともいいタイミングできりをつけられたようだ。

 時刻は午後3時27分どうやら2時間ほどたっているらしい。いつもなら本は読み終わっているのだろうが、今回は乗り過ごせないという意識もあってかなりゆっくり読んでいたからだろう。

 本をリュックにしまい込んで背負うと、立ち上がって出口付近のつり革につかまった。


 隣の県の中心地までやってきた。大学周辺と違って高層ビルが並び立っており、いかにも都会という感じがする。こんなところまで自分から進んできたことがなかったためとても新鮮に感じる。


「さて、何処かで食事を済ませて酔い止めと飲み物を買っておかないとだな」


 どこかのローカル番組の御陰で深夜バスの恐ろしさというものは重々理解している。万全の準備をして挑まなければ凄まじいダメージを受けることになるとのことだ。

 僕は準備を始めた。まずは駅近くの薬局で酔い止めの薬を購入した。中でも効果の高いものを店員に聞いたのでこれでバス内で酔うことは無いだろう。

 続いて大型ショッピングモールへと向かい、首枕を購入した。バスの狭い座席で少しでも眠るためにはできる限り快適な環境を目指すことが重要である。ついでに寒そうなので着る毛布も買っておいた。

 そして食事だが、これは軽食にしておいた方がいいだろう。あまり食べすぎると酔い止めがあったとしても気持ち悪くなってしまう可能性がある。コンビニのサンドイッチで済ませるとしよう。そのついでにお茶とコーヒーを買っておこう。僕は1日の間に定期的にコーヒーを摂取するのがルーティンとなってしまっているのだ。

 ともかくこの深夜バスを無事に乗り越えて、体力のある状態で成田まで向かわなければならない。恐らく山吹捜索に成田空港内を駆け回り体力を使うだろうということがなんとなくわかるからだ。

 僕は駅に戻ってきて深夜バスの乗車券を購入した。あともう1時間後にはバスの車内で格闘をすることになるだろう。


「さて、覚悟決めていこう」


 僕は酔い止めを飲み込んだ。気分は良好。太陽は沈み、薄暗くなって気温はますます下がってきた。夜の街並みは綺麗だが何とも言えない威圧感をひしひしと感じる。

 駅から真っすぐ伸びる道の先から大きな光が近づいてきた。どうやらあれが僕の乗る深夜バスのようだ。

 駅のロータリーに停車するとそのでかさに圧倒される。これが深夜バスのプレッシャーというものなのだろうか?


「どうやらこれが最大の難関って感じがするな……」


 僕は深夜バスへ重い一歩を踏み出した。

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