第5話ひねくれ者からの手紙

「拝啓 矢田健司殿


 このような堅苦しい手紙を書くような人間ではないのは私自身よくわかっている。だが、このような状況になった以上、私としては君に誠意を示しておこうと思ったのだ。

 まずは君が一番気にしているであろう私の処分のことをまず教えておこう。あの日堺教諭と金城教諭に連れていかれてからこってり絞られた。君の事だからわかっているだろうがあの二人に怒鳴られようが私はまったく気にしない。そんなことはあちらもわかっていたのだろうな。学長を呼ばれてしまって、さらに校内に居た姉まで呼ばれて、その場で退学処分を言いわたされたというわけだ。まあこんなことは異例中の異例。世間体を気にしたのか何なのかはわからないのだが、1か月の間は停学処分として扱われることになった。大人の事情というやつ程くだらないものはない。そうは思わないかね?

 まあ複雑な事情はこのあたりにしよう。

 しかし、こうして文章を書くというのは中々難しいものだな。この分野に関しては君の方が上であると認めざるを得ないだろうな。まあそれもそのうち私が超えていくがね?

 閑話休題。

 

 さて、この手紙を読んでいるということは姉から私の過去を聞いた後であろう。断わっておくが私は過去を話せなどと姉に伝えたりはしない。私は過去にこだわらない人間だからだ。ただ、あの姉の事だからきっと話すだろうと思うのだ。あの人はなんでも見透かしているようなところがある。きっと私が過去を書かないということは見透かしているはずだ。

 だからここでは語らんさ。まあだから、君には少し私の本音というやつを知っておいてもらおうと思うのだ。

 

 矢田氏とは出会った時から、何処か他の凡人とは違うようだと感じていた。私は人を見る目はあると思っている。その通りに君は私の話を聞いて会話をしてくれた。君以外の奴なら話を聞くことすらしない。むしろ嘲笑するであろう。

 君にとっては非常に鬱陶しい人間だったであろうが、私にとってはまともに会話ができる唯一の存在であった。他の者とレベルが違いすぎて話が合わないというのはある意味仕方のないことだ。現に歴史に名を残してきた天才たちは常人には理解できない行動に走る。だが、その行動で大きな発見をするのだ。私のやっていることは過去の天才たちと同じようなことだ。ぶっ飛んだ発想のように君は思っていたかもしれないが、私はいたって真剣だったのだよ。

 私はいずれ大きな発見をして、世界をひっくり返すだろう。だからそのために私はもっと広い世界を見なければならないのだ。

 私は今世紀一のひねくれ者と呼ばれてきたが、まだ今世紀一というには早いだろう。しいて言えば日本一のひねくれ者といったところだろう。きっと世界には私以上のひねくれ者がごまんといるはずである。

 そういう意味では退学になったのは都合が良い。矢田氏よ、私は12月10日の12時にこの国を発つ。数年はこの国に戻ってくることは無いだろう。しばしの別れだ。

 最後に、君という凡人中の凡人に出会えてよかったと思っている。

 さらば、友よ。


敬具」


 12月10日は明日の日付。千里さんの言っていた時間はそうないというのはそういうことだったのかと気づいた。


「こんな手紙を間接的に渡すくらいなら、直接渡せってんだ!」


 僕は急いで喫茶店を飛び出した。

 確かにあの男は鬱陶しかったし、うざったらしかった。だが、そんなひねくれ者に振り回されながら1年半付き合ってきた仲だ。見送ってやらないといけないと思った。


「くっそあのひねくれ者!最後の最後まで世話が焼ける!」


 僕は急いでマンションに戻った。

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