第4話山吹修一郎の過去

「修一郎はいわゆる天才っていう類の人間だった。それがはっきりとわかってきたのは幼稚園の時からだったわ。大抵のことはすぐにできるようになった。特に勉学に関しては幼稚園の時に割り算までできていたし、小学校で習う程度の漢字は読み書きできるようになっていた。そんな修一郎はいつしか神童と呼ばれるようになったの」


 神童とはまた大それた通り名だ。とても今のアイツからは想像できない。しかし、そんな呼び方をあの男が良しとするとはとても考えられない。


「問題は修一郎が小学校に上がってしばらく経ってからのことだった。修一郎は学校で浮くようになっていたの。理由は単純に修一郎があまりにも頭が良すぎて学校の先生ですら修一郎の話を理解できなくなっていたのよ。本当なら友人を作って元気に遊びまわるような時期なのに、修一郎は本の虫になっていたわ」


「一体どんな本を?」


「よく読んでいたのは相対性理論に関する文献とか歴史書ね。あと、本気でフェルマーの最終定理についての論文を書こうとしてたわね。結局うまくまとまらなくてとん挫したみたいだけど」


 成程、絶対に小学生のやることじゃあないし、小学生で読む本のラインナップじゃあない。そりゃあそんなことをしていれば小学校の中で浮いても仕方がないと言わざるを得ない。


「そのままにしておくわけではないんでしょう?」


「ええ。このままではいけないと修一郎は思ったみたいで小学校4年生のころには学校にいる間だけは普通の小学生を演じるようになったわ。当然修一郎はつまらなかっただろうと思うけどね」


 自分より遥かに下の同級生たちに無理やり合わせる。当然ストレスは溜まるだろう。


「そんなに長く無理な演技続くのですか?」


「小学校の間は何とか持ったのだけれど、中学校に進学してからあまりにストレスが溜まってしまって半年学校に行けなくなってしまったの」


「そりゃあそうでしょう。……もしかしてそこから今みたいにひねくれた男になったのですか?」


「正確には高校生になってからよ。中学時代は結局無理し続けたわ。だから高校生で今のキャラクターに方向転換したけど、友人と呼べるような関係になった人は一人としていなかったの。だから、大学に入って君と出会ってから修一郎は少しずつ本来の自分を見せるようになったと思うの」


「僕にはよくわからないです。昔のアイツを直接見たわけではないのですから。でも、いつも生き生きしていた」


 しかし、あの男が過酷な学生生活を送ってきているとは思ってもみなかった。もっと楽観的でどんな環境でも笑ってやり過ごしてきたのではないかと思っていた。

 ここまで話を聞いて、僕はアイツに関して大きな勘違いをいたのがよくわかった。本当は普通に話したり遊んだりすることができるような友人が欲しかったのだ。あまりにも常人離れした才能を持って生まれてきたがために普通が普通ではなかったのだ。その結果が今の山吹修一郎を形作ってきた。だから、大学で出会った僕という人間にそんな過去の鬱憤や欲求不満を僕にぶつけてきていたのだ。しかし、そうなると疑問がある。


「……なんで僕だったんでしょう?アイツは僕に出会ったとき運命だといった。どこが運命なのかさっぱり僕にはわからない。奴は僕のことを平凡だの凡人だのと言った。あいつにとっては今までで出会ってきた人間はすべて凡人だったはずだ。僕と何の違いもないはずでしょう?」


「私は本人ではないからはっきりとは言えないけども、君ははっきり言って平凡な人ではないと私は思う。学祭の日に君のサークルが販売していた本を買って読んだけど、君の文才は非凡なものよ。構成も言葉選びも独創性があって素晴らしかったわ」


 こうも褒められると恐縮してしまう。正直な意見なのだろうが嬉しいことではある。だが、僕は非凡な人間だろうか?そんなことは無いと思う。


「矢田君はあまりピンとこないことかもしれないけど本当よ。そんな君になら自分の本心や考えを遠慮なく話せると思ったのではないかしら」


「迷惑ですそんなの」


「そうでしょうね。でも君は修一郎にとっては本当に救世主なのよ。きっとね。じゃないとこんなものを私に託してはいかない」


 千里さんはポケットから茶封筒を取り出して、僕の前に置いた。


「……これは?」


「矢田君宛の手紙よ。中身は確認していないけど、きっと君の知りたいことは書いてあると思うわ」


「なんで最初からこれを手渡さないんです?」


「きっと修一郎の事だから自分の過去の事なんて書かないと思ったのよ。無駄にかっこつけたがるからね」


 千里さんはコーヒーを飲み干すと席を立った。


「どこへ?」


「もう私の話せることは無いし、手紙も渡したから帰るわ。ここの料金は払っておくから安心して」


「千里さん!」


「すぐに手紙を読みなさい。時間はそうないと思うから……。それじゃあまた会いましょう」


 千里さんはそういうと料金を支払って喫茶店を出て行ってしまった。


「時間はそうないって、どういうことなんだ」


 僕は茶封筒を手に取ると封を破り、手紙を取り出した。

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