第2話雪の舞う道にて

 マンションから出ると町は薄っすらと白く染められていた。降る雪は風に流れて何処かへと飛んで行く。上を見上げれば灰色によどんだ雲はじっとその場に停滞し続けていて、昼とは思えない程暗くどんよりとしていた。こんな天気もやる気が出ない理由なのではないかと思えた。


「さて、どこに行こう?」


 図書館に行こうか、それともカフェにでも行っておいしいコーヒーを飲もうか。少し遠くに行って映画でも見ようか?そんなことを思いながら歩み始めては見たが、何をやっても気は晴れないような感じがする。なんとなく自分の中で根本原因を解決しなければどうにもならないことは分かっているのだ。分かっているのだが、その原因がさっぱりわからないのだから仕様がない。

 そういえば、こうして歩いている時もほんの二か月前まで奴の出現に備えて常にピリピリと感覚を研ぎ済ませていたものだ。奴が出没しなくなった今となってはそんな必要もなくなった。厄介な男が一人いなくなっただけでこうも気楽に道を歩くことができるのかと心底安心したものだ。今となっては当たり前になって何とも思わなくなったが、実際は前までがおかしくてただ普通に戻っただけなのだ。そう考えるとどれだか僕の生活が奴のせいで歪められていたのかがよくわかる。

 行きつけのカフェ、ソラシドを通り過ぎて少し大きな通りに出た。左に行けば図書館に、右に行けば商店街へ続いている。


「天音さんに教えてもらった古本屋にでも行ってみるか。買ってきた本はもう読み終わってしまったことだし」


 僕は古本屋のある商店街方面へと足を向けた。

 商店街に近づくにつれてイルミネーションが施された街路樹が現れた。 僕はこういうものを見ると今年も終わりなのだと実感する。そして、今年も一人、クリスマスを迎えるのだろうなというさみしい未来予想までしてしまうのだ。

 決して彼女が欲しいとかそういうことではないが、家族や友人と楽しく過ごす日という固定観念のようなものが僕の中にある。それ故に寂しいような感じがするのだ。

 イルミネーションを眺めながら歩いていると古本屋が目に入った。店の中に入ると店主がいらっしゃいと声をかけてくれた。安い本が詰められた棚に向かい、古本を漁る。どれも表紙が色あせていて紙が日焼けしている。あまり状態は良くないが、独特の匂いや読み込まれて折り目のついたページがいい味を出していてこれはこれでいい物なのだ。

 その中にタイトルが読めない程、表紙がボロボロの本を見つけた。なんとなく気になった僕は本棚から引き取った。


「変人、作者石動正親……知らない人だ」


 タイトルからはどんなジャンルの本なのか全くわからない。僕は少し中身を読んでみた。

 この本の主人公はあまりにも突拍子の無い考え方や理論を持っている。そんな彼の考えを多くのものは否定してけなすのだ。そんな中、ヒロインや友人たちだけは馬鹿にせず彼の考えを受け止めて理解を示していくのだ。そうして、終盤には実はこの主人公の言っていることが本当は正しいことが分かり、それを理解できない多くの者が生きるのに困窮していくという話であった。

 かなり飛ばして読んだため完全に話の内容は理解していない。しかし、この本の主人公に山吹が重なって見えた。もちろん奴とこの物語の主人公は似ているようで違う。だが、似たような境遇なのではないかと思えた。

 この本との出会いは恐らく偶然ではないのだ。きっと僕は山吹について何か知らなければならないことがあるのだ。

 僕は『変人』を買うと、外に飛び出して急いで山吹の家に向かった。走っていけばここから10分もかからないはずだ。白く染まった道を走る。ところどころ凍っていて足を滑らせそうになりながらも懸命に走った。

 息を切らせて佐間荘の前までやってきた。するとそこには見覚えのある女性が立っていた。


「あ、貴女は……」


「お久しぶり。学祭であって以来かしら?矢田君」


「……千里さん」


「少し、お話しできないかしら?」


「ええ、僕から聞きたいこともあるんです。修一郎について」


「そう、それは丁度よかった。私の話というのも修一郎に関してなのよ。近くのカフェに行きましょうか。ここじゃあ寒いし」


「ええ、そうですね」


 きっとこれも必然なんだ。今日家を出ようと思った時からこうなると決まっていたのだろう。

 僕は聞かなくてはいけないのだ。山吹修一郎について。僕はアイツの事をほとんど知らないのだから。そして、話を聞いたらなんとなく、僕の悶々とした感情も晴れるような気がした。ただ何となくそう感じたのだ。

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