第15話Takeoff
階段を駆け上がって屋上の扉を勢いよく開け放った。
屋上には軽金属や強力なゴムチューブ、木材を使って作成された巨大カタパルトがあった。昨日までこんなものがなかったのは僕含め、学校の全員が知っている。となれば今日一日でここまで作ったということになる。一体どうやったというのだ?
「よう。来たかね矢田氏よ!」
背を向けたまま山吹はそう言った。その背には明らかに不自然な巨大なバックパックを背負っている。構造はよくわからないが、パイプが複数取り付けられており、上部は金属製のタンクでふたが付いている。バックパック下部には噴射口のようなものが二つ付いているようだ。他にも色々とついているが何なのかさっぱりわからない。
「来たかじゃない!そのバックパックは何だ?」
「これこそが私の研究成果だよ。これを使って空を飛ぶのだ。所謂ジェットパックというやつだ」
「馬鹿かお前は!」
どう考えても危険だ。どうやって材料を集めてきたのかわからないが、素人の作ったものだ。不備があればこの高さから真っ逆さまに落ちて最悪死んでしまう!
「心配はいらんぞ矢田氏よ。万が一には備えてある。君はここで私の雄姿を見ていたまえ!」
「そんな訳にいくか!今すぐそのバックパックを取り外せ!」
「矢田氏よ!いくら言われようとやめぬぞ!この準備に私は莫大の金と時間を費やしたのだ。君に制止された程度で止まりはしない」
振り返った山吹の顔は真剣そのもので、いつもの飄々とした態度は鳴りを潜めていた。
「お前が真剣な顔してるところなんて初めて見たよ。だが、こんな危険な事させはしない」
僕はカタパルトの前に手を広げて立ちふさがり、山吹とにらみ合う。
「どきたまえ矢田氏よ」
「どうやってもどきはしない」
そうしてにらみ合っていると後から堺、金城の両名が屋上にやってきて怒号を浴びせかかる。
「うるさいのが来たものだ」
「観念して素直に説教受ければいい。命落とすよりましだろ?」
「馬鹿を言うな矢田氏よ。私は死なん。たとえ失敗しようとな!」
山吹はポケットから自作の煙球を取り出して地面にたたきつけた!煙が風で広がり僕の視界が奪われる。
教員二人の方を見たがそちらにも煙が向かっており、山吹を見失っていた。
この間に山吹は移動してカタパルトで空へ飛び出すつもりだ。
「くそ面倒臭いな!山吹ぃ!!」
僕はカタパルトのある屋上中央に走った。煙で見えやしないがそこにいるのは確かなのだ。
「さあ見たまえ!いざ!Takeoffだ!!!」
「やらすかぁ!!」
僕は勢いよく前方に跳躍して、発射台の上に立つ山吹に飛びついた!
「なに!!矢田氏?!」
山吹は焦って体勢を崩した。その拍子に山吹の足がスイッチのようなものを踏んでしまった。
「ええい、くそ!矢田氏!私の前にしがみつけ!!!」
嫌な予感を感じた僕は山吹の言う通り、山吹の前にしがみついた。非常に気持ちの悪い恰好だ。こんな格好を大衆に見られるのは人生の汚点でしかない!
かちりと音がして、勢いよく前に動き出した!
一気に加速して、一瞬で屋上から発射された!
「うおぉぉぉ!!」
「矢田氏ともあろうものが変な声を出すな!!」
山吹はバックパックの肩紐に取り付けてあるスイッチを操作してジェットパックを噴射した!
「おい、落ちてないか?!」
「一応120㎏の人間でも飛べるよう設計している!」
「山吹お前何㎏だよ?」
「61kgだ」
「僕が59だから、ギリギリ大丈夫ってことか?」
「設計上はな!」
「おい!」
なんて心もとない返しであろうか!くそう。これでもし死にでもしたら本当に許さん。
「仕方なかろう!君がしがみついてくるからこうなったのだ!」
「うるさい!お前が素直にこちらの言うことを聞いてやめればよかったのだ!」
下を見るとだんだん地面が近づいてきている。それに、もう少し進んでいくと大学の敷地内を飛び出して公道に出てしまう。
「おい山吹!万が一に備えているって言ったな!何かあるんだろう?」
「手作りパラシュートがある」
「心もとねぇ!」
なんで自分で作ってしまうんだ!そこはちゃんとしたしたものを買え!
「素材は何使ったんだ?!」
「丈夫そうな布だ」
「ふざけんなこの野郎!丈夫
「落下速度は落ちる」
「そういうことじゃねえんだよ!……ああもういい!!とっととパラシュート開け!」
「全く騒がしいな矢田氏よ。わかったわかった」
仕方がなさそうに山吹は紐を引っ張り、継はぎだらけでついでに縫い付けの甘い安心感の全くないパラシュートが展開された。
なんとなく落下スピードが落ちたように感じる。これなら何とか生きて地上に帰ることができるかもしれない。
「矢田さーーん!!」
下から天音さんの声が聞こえてきた。声のする方を見てみると正門広場の中央に陸上部が使っている高跳び用のマットが持ち込まれていた。
「あそこに何とか降りれませんか!?」
「何とかやらせてみよう!!」
「方向転換はできんぞ!」
「重心を傾ければ向きくらい変わる!やれることはやる!」
「君は私の実験結果を失敗として終わらせたいらしいな!」
「こんな状況で失敗成功なんぞ考えるな馬鹿!ただ僕はお前と心中なんぞしたくないだけだ!」
「つれないなぁ」
「いいからマットまでなんとかたどり着くぞ!体右に傾けろ!」
無理やり体を傾けて何とか向きを変える。山吹はジェットパックを微調整して落下速度が上がらないようにしている。案外繊細な作業もできるらしい。自主製作のわりに性能はいいのかもしれない。
「いいぞこのまま……」
「私はとても不服だ!」
「僕はお前との心中の方が不服だ!」
言い争いをしながらもマットの上までやってくることができた。
「このまま垂直降下だ。山吹」
「わかった。少し推力を下げる」
山吹は仕方なさそうに小さな声で言葉を返した。
どうやら何とか学校の敷地内で事を収めることが出来そうだ。
「まあ、地上に降りたら説教覚悟するんだな」
「ふん、そんなもの訳ないわ」
山吹はしかめっ面でそう答えた。……ただ、今回ばかりは説教だけで済む問題ではないと思う。もしかしたら退学も考えられる。まあ、こんなことをしたのだから仕方ないだろう。
どさっとマットの上に降り立つことで怪我無く僕と山吹は静観することができた。
「矢田さん、山吹さん大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
天音さんの声に返事を返すと、僕は無事だとアピールするために立ち上がって手を挙げた。
集まった学校関係者や野次馬、学祭の客が安堵したように顔が緩んでいった。
「矢田さん!」
「天音さんありがとう。おかげで助かった」
僕がマットから降りるとサークルの皆が取り囲んだ。
「心配したぞ。全く危なっかしいな。止めるなら発射する前に止めろ!」
「すみません絵笠先輩。僕もそのつもりだったんですが、うまくいきませんで……」
「そうか、まあ無事で何よりだ」
「はい。ご心配をおかけしました」
「全くだ。さて、我々は自分の持ち場に戻ろう!」
僕は後ろを振り返った。山吹は教員に連れられて校内に入っていくようだった。
「山吹さん、どうなるでしょう?」
「さあな。それは……分からないよ」
『お知らせします。本日の学祭はこれにて終了とさせていただきますご来場の皆様本日はありがとうございました。学生諸君は片付けに入ってください』
放送が流れ、今年の学祭は予定より1時間早い終了となった。
たった一日で感動と衝撃、絶体絶命のハラハラ、自分の歴史に残したくないような黒歴史を味わうことになったこの日を僕は一生忘れないと思う。
山吹はどうなったのかわからない。後日になっても処分について語られることがなかったからだ。
そのまま山吹の居ない日々が流れ、いつしか冬になっていた……。
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