第11話 対面

 一冊本を読み終わった。5分で読めるショートストーリー集だった筈なのだが……5分どころか一編1分で読み終わってしまった。僕の読む速度が速すぎるのだろうか?いや、普通の筈だ。たまに天音さんの様子を伺っていたし、僕にしてはゆっくり読んだのだ。

 時計を見ると30分程経っていた。あともう少ししたらコンサート開始となるが、天音さんはどうするのだろうか?

 このまま待っていては埒があかないように感じた僕は声をかけた。


「……どうするつもりなのだ?」


「やっぱり矢田さんでしたか。ページをめくる速度からしてそうだと思っていました。明らかに読む速度が速いですから」


「そんなに速いと思ってないのだがな」


「世間一般で言えば相当速いですよ」


「そうなのか?まあいいや。それより天音さん君のことだ」


「……大丈夫です、もう決めているのです。ただなかなか心の準備ができなかったので、こうしていたのです。……矢田さん着いてきてはもらえませんか?祖父のいる控え室まで」


「わかった。では急いで行こう。もうすぐコンサートが始まってしまうからな」


 天音さんは小さく頷いてくるりとこちらを向いた。普段の天音さんからは想像できないような強ばった表情をしている。

 その顔を見ると僕は何も言えなくなってしまった。



 コンサート間近の楽屋にやってきたが、独特の緊張感が漂っている。何とも進みずらいが、天音さんと共にを弦一郎氏の元へと赴かねばならない。僕は意を決して楽屋の前に立ち、ノックをした。


「天音さん、さあ……」


 頷いて天音さんが声をかけた。


マリンです。本番前に申し訳ありませんが、入ってもよろしいでしょうか?」


 30秒程、静寂が続いた。恐らくだが天音さんには数分にも感じられているだろう。


「…….入りなさい」


 低く落ち着きのある声が扉の向こうから聞こえてきた。これが弦一郎氏の声だろう。


「失礼します」


 天音さんが扉を開けて中に入ると長い乱れた白髪が独創的な雰囲気を醸し出している不思議な風格を放つ老人が椅子に座ってこちらをじっと睨みつけている。


「……お久しぶりです。お祖父様」


 そう、この人物こそ世界に名を馳せる音楽家、天音弦一郎本人であった。

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