第7話 怒れる矢田

 腹が減ったから飯を買いに出たのはいい。交代の先輩が来てくれたのも大変ありがたいことだからこれもいい。だがしかし、何故このひねくれ者がいるのだ!

 おのれ卑劣なる山吹修一郎、そして天音さん。僕は夏の焼き肉屋と今日のことは一生恨む。


「おいおい、いつまで般若の面が如き顔をしているのだ矢田氏よ。少しは楽しそうな顔をしたまえよ」


「誰のせいだと思ってんだよ」


「さてはて?誰のせいであろうか?皆目見当もつかんなあ」


 何食わぬ顔で白を切る。頭かち割って脳みそリセットさせてやろうか?そうすれば少しはまともな人間となりうるであろう。


「矢田さん、少し落ち着いてくださいよ。矢田さんの人生ここで終幕となってしまいますよ?」


「うん?なんのことだ」


「白を切るのが下手ですね。山吹さんの頭かち割ろうとか考えてるでしょう?」


 ……天音さんはエスパーか何かなのだろうか?人の思考を読まないでいただきたい。


「矢田さん気づいてます?矢田さんって結構顔に出やすいんですよ?」


「その通り。君の考えなど顔を見れば誰でもわかる。君の場合口より目が物を言う」


「そんなことは断じてない!」


「実際にそうなのだから仕方があるまい」


「君はそのあまりにも小さな怒りの壺を大きくする努力をしたまえ。そうでなくては君は凡人からポンコツになってしまうぞ?」


「そんなことには絶対にならない!」


「おいおい、絶対などという言葉を安易に使うものではないぞ矢田氏よ」


「確実にわかりきったことであれば絶対といっていいだろう」


「全く、君というやつは……」


 山吹はやれやれといった感じで手を広げて首を振る。相も変わらずムカつく男だ!


「そんなことよりも、着きましたよ料理研のブース」


 天音さんの指さす先には、そよかぜの園にあてがわれたこじんまりとしたテントの6倍はあろうかという大きなブース。そこには長蛇の列ができており、料理研の学生が慌ただしく調理と販売を行っている。

 何という待遇の差であろうか。私は実行委員長に抗議を申し入れたい!


「ほおう、これは長い。我々が買えるものは焦げ付いたフライパンしかないやもしれんな」


「そんなものは売らないし、ちゃんと洗って再利用するだろう。しかし、本当に長いな。1時間は待たないとならないぞ」


「そうですね。ほかにも回りたいところはありますから昼食を買うのに1時間もかけられません。買えなかったら並んだかいもありませんしね。諦めましょう」


「随分とあっさり諦めるのだな天音さん」


「ええ、まあここのカツサンドとスムージーが買いたかったのは矢田さんを足止めするために咄嗟についた冗談ですから。私はなんでもいいので適当に済ませましょう」


 この策士め。本当はなんでもよかったのか。しかし咄嗟に考え付くとは学祭の案内を丸暗記でもしていたのか?僕はどの売店が何を売っているのかなんて知らなかったぞ。


「それでは食堂で済ませるかい?あそこに人はほとんどいなかった」


「なんで知ってんだ」


「食堂前廊下の窓から外に出たのでな」


 窓から外に出たのか。しかもうちのサークルの売店に一番早くたどり着くではないか。どおりで早かったわけだ。


「仕方がない。このひねくれ者の意見に合わせてやるか」


「おお、少しは素直になったかね?」


「そんなわけあるか!外が暑いからだ。もう一度言うぞ、外が暑いからだ!」


「そうかそうか。やはり全くもって素直ではないな」


 山吹はご機嫌な様子で来た道を戻ってゆく。自分の開け放った窓から再び校舎内に侵入しようという腹積もりか。


「矢田さん行きましょうか?」


「ああ、仕方ないから行くとしよう」


「本当に素直じゃない」


「何か言ったかい?」


「いいえなんでも?さあ行きましょう」


 天音さんはそそくさと山吹についていく。


「……何と言ったんだ?」


 少々気になったがまあいい。どうせたいしたことではない。

 僕は一歩足を踏み出した。

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