第4話 天音空

 何故だかどんどん騒ぎが大きくなってきた。そんなに演劇サークルの劇は完成度が高いのだろうか?しかし、僕の知る限り彼らのサークルはやたらとマニアックな題材しかやらないから数分もたたずに人はその場を立ち去る筈なのだ。それが立ち去るどころか、騒ぎが収まることがないなどあり得ない。

 その時、天音さんの方から着信音が聞こえてきた。


「あ、すみません矢田さん。電話に出ても良いですかね?」


「構わないぞ?」


 天音さんは売り場のテントから外れ電話に応答しているようだ。

 僕は辺りを見渡して天音ファンクラブが天音さんに近づいたりしないか警戒した。

 人と一緒にいるときに彼らは天音さんに近づいては来ない。しかし、彼女一人となればすぐさま偵察部隊がリーダー格に連絡をして数人で取り囲むのである。全く狡賢い奴らである。


「……すみません、戻りました」


 なんだか顔色が先程よりも青ざめているように感じるのは気のせいであろうか?


「先ほどの電話、あまり良い話ではなかったのかい?」


「ええ、来たらしいです。何故か正面玄関から入ってきちゃったみたいなんですよ、ウチの祖父」


「それは……騒ぎになるなぁ」


「普通こんな事にならないように裏口から入るはずなのに……あーだから爺様は嫌いなのよ〜」


 天才には変わり者が多いというが本当らしい。ちなみに山吹はただの変人である。決して天才ではないからそこは間違えてはならない。


「全くだよ、本当に言うこと聞かないんだウチのじいじはさっ!」


 店の前にジャージのよく似合う見ただけでスポーツをしているのがよくわかる小柄で可愛らしい女の子が立っていた。

 目はつり目で威圧感がるが、それよりもなによりも異常に美しかった。


「あら空」


「ど、どちら様で?」


「あー私の妹の空です。小柄ではありますけど合気道や空手といった格闘技からサッカー、バスケなんかの球技もスポーツなら一通りなんでもできちゃう凄い妹です」


「凄い妹って程じゃないって!それにしてもこの学祭すごいや。高校とは大違いだわ。この大学に入ること決めてよかった!楽しそうだし、お姉ちゃんとも一緒だし」


「やっぱり空も家から出たいのね……」


「音楽家になんてなりたくないもんね。私は動いている方が断然好きだ!」


 本当に元気な女の子だ。やっぱり運動部に在籍しているとまるで違う。


「とりあえずこの辺り見て回る。ああでもその前にじいじもどうにかしないといけないか……。また後でね」


 天音さんの妹、天音空は人の間を縫うように速度を落とすことなく走り抜けていった。


「すごい子だな。しかしこの大学に入学とはな……」


「あの子私にいつもついてくるんですよ。今回も同じだと思います」


「姉を慕っている良い妹ではないか」


「それはそうなんですけどね……」


 やはり天音さんの顔色は悪いし、話の歯切れも悪い。やはり天音家の事情は複雑なのだろう。


「あ、12時」


 天音さんがそう言うと同時に正午を告げるチャイムが校内に鳴り響いた。

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